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戦場でデモ販する父⑮


「旦那、済みやした」

「そうか」


 ゴーブレから帰り支度ができたと報告を受けて、俺は戦場だった場所、陣地だったところを見回した。


「ただの原っぱと土だけになっちまったな」


 他の軍勢はもうとっくに引き上げてる。当然、王国軍もタイタニオ殿の侯爵領軍も。

 俺らの帰りが遅くなったのは、ギリギリまで商談してたから。スゲェ申し訳なさそうにする相手を『まぁまぁ』って宥めて、根掘り葉掘り聞き取りしてたんだ。


「あーあ〜、オレも勝どき挙げたかったなぁ」


 イエーロの呑気な物言いも、わからなくはねぇ。

 戦を甘く見んなって叱んなきゃならんところだが……。まあいいか。いままで黙ってたのを評価して、いまの軽口くらいは聞き流してやる。


「ホントにここで戦争してたんだね。なんか実感湧かないや」

「坊ちゃん……」


 ゴーブレは、のちのことを心配してんだろう。初陣終えたヤツが家に帰ってからかかる病を。


「いらねぇ気遣いだ。どうせヒスイがアホほど甘やかすに決まってらぁ」

「……へい」

「ん? なんの話?」

「なんでもねぇよ。帰ってからがイエーロの本当の地獄のはじまりだって話だ」

「それってもしかして——」

「もしかしなくても、オメェには戦場よりも商談よりもキッツい仕事が待ってんぞ。うなされる余裕すらねぇほど働いてもらうかんな、工場長(こうばちょう)さんよぉ」

「え、オレが工場長なの⁉︎」

「頼んだぞ」


 だから安心しろ、そうゴーブレに言外に伝えた。


「そうだイエーロ。勝どきは逃しちまったが、勝利の美酒ってやつは味わわせてやる。喜べ。いっつも勝ち戦のうちじゃあ珍しい祝勝会を開くぞ」

「うわうわっホントに! やったー! 父ちゃん父ちゃん、肉、肉いっぱい? いっぱいだよね、ねっ、ねっ?」

「ああ」

「ささ、酒飲んでみてもいい? いいよね? ねっ、ねっ、ねっ?」

「一杯だけな」

「うっほほぉおおお〜い!」


 鬱陶しいくれぇのはしゃぎっぷりだ。


「浮かれんのはいいが、まだ忘れちゃならん仕事が残ってんだろ」

「ええーっ。まだなんかあるの?」

「バッカオメェ。土産モン買わねぇで帰ってみろ、母ちゃんスネんぞ」

「ああー。ベリルも煩そうだね」

「違ぇねぇ」



 概ね順調に帰路を進んでる。むしろ往路より足早なくれぇだ。

 途中、やたらとブロンセに話しかけるイエーロを見て「クロームァにやる土産は決まったんか?」なーんてニヤニヤからかう余裕すらあった。


 そうやって、俺らは禿山しかない貧乏領地に帰ってきた。

 道中で土産を買うために立ち寄った街の印象が残ってるせいか、余計に貧しさが際立ってみえる。


 だが、やっぱり慣れた空気ってのはいいもんだな。

 あれだけの大戦だったにもかかわらず、全員無事に帰って来れたことにも満足だ。


 建物や着る物は、すぐどうこうできるもんじゃねぇ。だが、明日の祝勝会を派手にするくれぇの買い物はしてきてんだ。

 へへっ。見ておどろけっ、女房子供!


「祝勝会は明日な。宴の支度はヒスイに仕切らせるから、俺らぁ傭兵仕事してきた者は、お呼ばれされるまで家でグッスリだ。飲みすぎて参加できんなんてことのねぇように、今夜はほどほどにしとけ。んじゃ、解散っ」


「「「応ッ!」」」


 最低限の薫陶擬きを垂れて、さっさとお開き。


 ようやく帰ってきた我が家は、相変わらずで、とても屋敷なんて呼べたもんじゃねぇ。ハッキリ言ってボロ屋だ。

 そこでふと、いま俺はイエーロと玄関前に並んでるんだと気づいた。


「オメェと帰ってくんのは、はじめてだな」

「ん? 当たり前じゃない。オレ初陣帰りだし」


 そうだけどよ。いっつもの帰宅とは違うモンだぜ、戦場から帰ってきた自宅ってのは。


「まあいいや。おいヒスイ——」


 俺らの気配を察して、ヒスイとベリルは『帰ってきたぞ』と告げる前に出迎えてくれた。


 ——くれたんだがっ⁉︎

 どうしたんだ、それっ‼︎


「あーっ、やっぱし父ちゃん」


 目にしたのは、変わり果てた娘の姿だった。


 頭には、動物のものとはぜんぜん違う黒々した角が生えてて、背中にはコウモリみたいな羽がパタパタって……。


 ま、まだあんぞ。


 後ろから覗くのは、たぶん尻から生えてるんだろう尻尾。そいつぁ鮮血みたいな色した革の鞭のようにしなってて、その先っぽは——どう見ても亀頭を模ったもんにしか見えねぇじゃねぇか!

 なによりヒデェのは手にしてる短杖だ。緋色の柄に銀色が巻きついてんのはいい。が、なんだっ、その杖の頭にある心臓を模した肉色の塊はっ‼︎ 鼓動まで打ってやがるじゃねぇか!


「ん?」


 可愛く小首傾げたってダメだ。


「………ベリル。オメェとうとう正体現したやがったな」

「はあ〜? ママー、父ちゃん頭おかしくなってるし」

「ふふっ。ベリルちゃんの可愛さにびっくり動転してしまったのよ」

「ひひ〜っ。やっぱそーおー?」

「ええ。きっとそうよ」


 まてまて待て、待てよヒスイ。

 どっからどう見ても邪悪な悪魔そのものだろ、コイツ。


「ねーねー兄ちゃーん。このハート形ついてるステッキめっちゃ可愛くなーい? あとこの尻尾の先はスペードになってるしー」

「へえー。よくできるなぁ」


 なってる? できてる? あっ……。


「あら、あなたったら、もしかして本物だと思ったのかしら? こんなふうに簡単に取り外しできるのですよ」


 よく見たら、カチューシャから角は生えてて、ヒスイはそれを外してみせてくれた。


「ベリルちゃん。他所では、みなさんをびっくりさせてしまうから見せびらかしてはダメよ」

「はーい」


 チッ。人騒がせなヤツ。問題幼児っぷりも相変わらずだな。


「うふふっ。帰ってきたアセーロさんに見せると言って、ベリルちゃん、ずっと張り切っていたのですよ」

「ちち、違うし。べ、べつに父ちゃんに見せるためにつけてたんじゃないんだからねっ」


 おうおう、無駄に芝居くせぇな。

 だが、プイッとそっぽ向くベリルを見てると無性に揶揄いたくなっちまうのは、なぜだろうか。


「なーんてツンデレテンプレはいーや。てかさ、父ちゃん、兄ちゃん」


 俺とイエーロは『まだなんかあんのか?』って、きっとそんな顔をしたと思う。

 ここは未だに玄関先だぞ。そう急かすふうにベリルを見やると、


「「おかえり」」


 ヒスイと声を揃えて、出迎えの挨拶をしてくれた。

 込み上げてくるもんがあったのか、イエーロの顔はくっしゃくしゃだ。


 だがよ。先に言っとくべきことがあんだろ。


「おう、ただいま」

「んだぁぁぁ……んぐ、だだいばぁぁ〜‼︎」

 

 ったく。戦場ではヤンチャしてたクセに。


 びーびー泣きじゃくる長男の頭をぐっしゃぐしゃに撫でて、ようやく俺らは帰宅できた。

 これにて第一章は完結です。ここまでお読みいただき、まことにありがとうございます。

 次章の舞台は領内や王都です。都会に行った問題幼児がなにをやらかすのか、ご期待くださいませ。


 少しでも「つづきが気になる」「おもしろい」など興味をもっていただけたのなら、ぜひとも【ブックマーク】【★★★★★評価】【レビュー】を!


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