戦場でデモ販する父⑭
戦場の片隅で、屈強を誇る我がトルトゥーガ傭兵団の精鋭たちは…………、テーブルに向かい小さく丸るまって紙に線を引いていた。
昨晩の見積もりがエライ数で、俺一人じゃとても捌ききれん。
つうことで、読み書き計算ができる連中は総出で見積もり作業することにしたんだ。
戦の場でなにやってんだか、とは思うが。
使える人手はたったの二〇名。残りはオークの包囲網に回ってる。
客数は貴族に官僚、騎士や準男爵みたいな個人まで大小含めると軽く一〇〇超え。効率よくやらねぇと商談してるあいだに戦が終わっちまう。
「俺とイエーロが要望を聞くから、ゴーブレたちは清書を起こして客から確認のサインをもらうまで、ブロンセは個別の総数をまとめてくれ」
「こりゃあ写しもいりやすね」
「当然だ」
ガックリ肩を落としたゴーブレには悪いが、やってもらうしかねぇ。
「槍なら槍で一括りですかい?」
「ある程度の寸法も分ける。項目を設けっから、それ数えてぜんぶで何本かまとめてくれたらいい。鎧や盾なんかもな」
同じくブロンセも長い手足を畳んで、背中も丸めた。
「じゃあ頼んだぞ」
手早く指示を出して、見積もり用に枠線ひかせた紙を引ったくる。
「イエーロ、覚悟しとけ。たぶん昨日の最前線よりしんどいぞ」
「アハハッ。父ちゃんってば大袈裟だなぁ。オレだってお客さんと話くらいできるって」
「その言葉、忘れんなよ」
バカ息子が呟く「えっ……?」つう声を聞き流して、俺らは待たせてる客の元へ向かった。
◇
「仰るとおり、魔力を帯びた際の鋭さを活かすって戦法は有効かもしれませんね。なぁイエーロ」
「……え? あ、うん、いや、はい……」
ったく。ボケッとすんな! 妙な言質とられて下手こくぞ。
「では、大盾とショートソード、それに兜の組み合わせで頼みたい。数量は、ひとまず一〇〇で見積もってもらい金額に応じて変更ということで」
覚え書きを担当してんのはイエーロなんだが、さっきから呆けてて役に立ちそうにねぇ。つうかなんも書いてねぇじゃねか!
「承りました」
客に会釈して話を終わらせると、俺は用紙とペンを取り上げて、記してく。
「父ちゃん……、メシ、まだ……?」
「忘れちまうから話しかけんな!」
慌てて項目と数量、備考欄を埋めたら、ようやく一息つけた。
「指、痛ぇよ。おんなじような話ばっかりで頭も痛いし」
「泣き言は聞かねぇぞ。ほれ、こいつをゴーブレんとこ持ってけ」
「ハァ……」
ため息で返事されちまった。
気持ちはわかるが小言が必要か。チッ。気ぃ進まねぇが、しゃあない。
「ゴーブレに愚痴んなよ」
「わ、わかってるよ」
「いいやわかってねぇだろ。アイツはテメェの爺ちゃんじゃねぇ。部下だ。そこんとこ忘れんな」
「ゴーブレには世話になってるし下になんて思ってないよ、オレ」
本音でこれが出てくるところは評価してやる。だが、いま覚えさせたいこととは違う。
「そこらへんの認識は関係ねぇよ。オメェのいいところではあるがな。ただし、大前提として部下ってのは労うもんだ、これを忘れんな」
「……うん」
「アイツら、いまも俺の命令で慣れねぇ机仕事やってんだろ。んなときに跡取り息子のオメェが不機嫌晒してみろ、相手はどう思うよ?」
「オレに、もっとしっかりしろって思うかも」
「だろ。オメェがペッペだってんなら、むしろ、その下っ端が意欲的にガンバってる姿を見せるべきなんじゃねぇのか?」
どうせゴーブレあたりは、コイツが説教されたうえでそうしてるって見抜くだろうけどよ。だとしてもアイツならイエーロの成長に影で咽び泣くぞ、きっと。
「わかったよ。ワガママ言って、ごめん」
「わかりゃあいい。しばらくこっちは俺がやっとくから。いまゴーブレたちが手ェつけてるぶん済ませたら、誘っていっしょにメシに行ってこい」
「うん! じゃオレ行くね!」
メシ行け、それ以外は忘れちまいそうな勢いでイエーロは商談場所にしてる天幕から出て行った。
ったく。今回は休憩が必要だって進言してきたってことにしといてやるよ。
◇
遠くから響く炸裂音が、天幕内にも届く。そんな場所でかれこれ三日は過ごしてる。もちろんずっと聞き取り、見積もり……。
その終わりが、ようやくみえてきた。
途中からは事前に、これまでの商談で挙がった要望をまとめた紙を用意して先に見てもらうことにした。
おかげで順調に客を捌けるようになったんだ。なんだかんだで、みんな似たようなもんを欲しがるからな。
「徴用した臨時兵の装備でしたら、短槍とラウンドシールドの組み合わせに加えて鉢金はいかがでしょうか? どれも戦の心得が少ない者でも使いやすいかと」
「ふむ。そうですな……。いやはや『安価ならば』との条件付きなのに話を聞いてもらって、申し訳ない」
「とんでもありません」
こういう客まで対応していた。
武具の取り扱い経験がない俺らには、いろんな要望は勉強になる。得しかねぇ。
なにより得難いのは——
「領民のために装備を揃えるだなんて、リリウム様はお優しいんですね」
長男の成長を間近で見られること。
「ハッハッハ。いやいや我がリリウム領は領地と呼ぶのも烏滸がましいほどの小領ゆえ、徴用した働き手が一人減るだけでも堪えるのだ。それだけだよ」
「なるほど。その領主としての心意気が領民の心を掴むんですね。リリウム様が率いられた兵のみなさん、他とはヤル気が違うように見えました。領地のために、領主さまのためにって」
「いやはや参ったな。トルトゥーガの御子息に言われるとは、なんとも面映い」
「とんでもないです。すごく勉強になります」
……オマエさ、ホントにイエーロか?
ヘンなモン食ってないか心配になるほど小慣れたヨイショ。なんてぇ優れた営業会話術しやがって。いったい誰の影響だ、それ。
いいや、コイツの場合は素で言ってんのか。
だとしても、相手の名を一発で覚えるあたり感心したぞ。
覚え書きの文字が汚ねぇことに目ぇ瞑ってやってもいいくらい、上出来だ。
そうやって息子の成長を喜んでると——
「父ちゃん、終わったみたい」
「ああ、そうみてぇだな」
外から天幕に、勝どきが飛び込んできた。
どうやら俺らが机仕事やってる間に、オーク共を全滅させちまったらしい。
「…………なんだか締まらないね、オレら」
「言うなよ」
さあて、陣を引き払うまでに、残り僅かになった商談を済ませちまわねぇとな。




