戦場でデモ販する父⑪
一斉に攻めるっつっても、当たれる面には限りがある。だから右翼全軍が無謀に突き進むってことにはなってない。
ただ、さっきまでの引くか守るかって消極的な雰囲気が一変して『自分を前に出せ!』ってヤル気に満ちてやがるんだ。
これでよし。あとはタイタニオ殿と口裏を合わせとくだけ。
「トルトゥーガ殿、先ほどの叱咤は……?」
「聞いたとおりです。指揮官自ら大手柄を挙げ、それにつづけと申したまで」
「いや、しかしだな……」
「矜持に反することでしょう。ですが異種族の侵略軍に勝つためです。堪えてください」
「そういうわけでは……。いいや、あいわかった。これ以上は無粋であるな」
これで、カタチ的にはタイタニオ殿に手柄を譲ったことになった。当然、さっきの救出劇の手柄もパー。
だが、それよりもデッカい利がある。
「この借りは必ず返す。重ねがさね、かたじけない」
なーんつう有り難い申し出と、拗れた関係を修復させたってことで得られる信用はデカい。
それになにより——俺らは誰憚ることなく最前線でやり放題になったわけだ。
「もちろん。うちは貧乏だから大歓迎ですよ。では、俺ぁまだ仕事が残ってるんで。母ちゃんと娘の土産代くらいは稼がなきゃならんもんでして」
「充分に稼いだだろうに」
そう返すタイタニオ殿に会釈して、俺は最前線に戻った。
治療なんかも必要だろうし、これ以上ウダウダ世話を焼くのも野暮ってもんだろ。
◇
ずいぶん前線が押し上げられちまってる。
だが、どこがバチバチやってる最前線かは一目見てわかった。戦場で暴れるスッポンはとくに目立つからな。
しかし、そこにはもっとド派手な目立ち方をしてるヤツがいたんだ。
無謀っつうか馬鹿げてるっつうか。思わずゲンコツを握っちまうくれぇのアホがいた。
呆れる俺の視界に飛び込んできたのは——人の頭くらいまで跳ねたスッポンの背から、さらに跳ね上がるバカ息子の姿。
その影になってく輪郭が、みるみる小さくなって、
「ヒャッホーイ! これスッゲェエエエエエーッ!」
なーんて叫びが聞こえたら——オークを頭上からブスリだ。穂先は地面まで食い込んでる。
「ヤロー共、坊ちゃんにつづけ!」
「「「応ッ!」」」
身軽なブロンセが煽ると、同じく軽技が得意そうな連中がスッポンを飛び台にして空へ舞う。
ややあって、頭の天辺から——ズブリ——ズブリ——ズブリ!
ちっと狙いが外れても斧部を振るって、薪割りみてぇに頭からバックリ真っ二つ。
誰だよっ、あんな命知らずな戯けたマネをやりだしたのは! チッ、俺かっ。
つうか真似すんな、ボケ共! 無駄に危ねぇだけだろうが。
俺は一刻も早くタイタニオ殿んとこまで駆けつけるために飛んだんだ。攻撃のためじゃねぇ。
だが傍目に見てるとわかることもある。
あれ、どこに落ちるかも定かじゃねぇし、なにより落下地点は敵の真っ只中。普通に考えてありえん。
しかしだ、目の前に注意を注いでる敵にとって、上からの攻撃は不意打ちもいいところ。完全に意識の外からの攻めになってるんだ。
加えて、威力が半端ない。ほぼ一撃で始末つく。
「見ろテメェらっ、坊ちゃんが敵将の首を取りなさった!」
「応ッ! さっさと帰り道つくんぞっ」
ゴーブレが指示を出し、降り立ったヤツの回収まで上手いことやってやがる。
俺が跳んだときほど奥深くまで行かなきゃ、そこまで難しいことじゃないのか。
しかも敵前線を掻き分けてくから、オーク共は列にもなれてねぇ。隙だらけの横っツラを晒すハメにもなってるんだ。
そんで、迎え役に徹してるゴーブレらガタイがデカい連中は、スッポンを中心に安全地帯を確保……か。
だんだんと狙いも上手くなってるみてぇだ。
オーク共にも指揮官はいる。ソイツは目を皿にして戦場の流れを把握して、下手クソなりに状況を判断してるわけだ。
その無防備な頭上から、いきなり首をちょうだいするってぇ流れが、出来上がりつつあった。
うちの連中が気張ってるから、俺は味方を掻き分けてまでは進まないでいい。
そうやって他の軍勢に紛れてると、
「よ、鎧を着ているのだぞ!」
「なぜあれほど高くっ」
てな具合に驚嘆が耳に入ってきて、
「まるで神話の戦いだな……」
「ドラゴン退治の話か?」
「ああ。竜を従え竜を屠る騎士、古の竜騎士のようではないか」
「天高く舞い上がり、稲妻の如き一閃で敵を退ける。まさしく目の前の光景だ」
小っ恥ずかしい比喩まで聞かされるハメに。
俺らは大鬼混血の傭兵だぞ。そういうのやめてくれよな。照れんだろうがっ。
「よしっ。我らも竜騎士殿らの戦に加わろうではないか」
「ああ、そうだな! 彼らの足元を守るくらいの役には立てるだろう。者共っ、我につづけぇええええ!」
タイタニオ殿の部下であろう騎士たちも、なにやら漲らせて自ら手勢を率いて進みはじめちまう始末。
構わねぇがよ。突出しても次は助けてやらねぇぞ。
と、心中で悪態をついてみるが……。こんちきしょう、戦場のど真ん中だってぇのにニヤけちまったじゃねぇか。
ズンズン進む戦列。そこに加わって、どうにかこうにか俺は最前線まで戻れた。
近くで見るとわかる。指揮するヤツが片っ端から狙われてんのが影響してて、全体的に敵の腰が引けてる。
きっと大将のビビりが、周りまで伝わっちまってヘッピリ腰にさせてんだな。
これならさっき大袈裟こいてた騎士殿たちも、滅多なことにはならねぇだろ。
「あっ、父ちゃん!」
「「「旦那ッ!」」」
こうして、俺はうちの連中と合流できた。
ようやく解いた握り拳は、ベッタベタに汗ばんでた。開く前に、ゲンコツのまんまバカ息子を小突いときゃあよかったぜ。
「ゴーブレ、戦列をガンガン押し上げてやれ! ブロンセ、イエーロ! テメェらは手柄になりそうな首を片っ端から狩ってけっ。俺も飛ぶぞ!」
「「へい、旦那ッ!」」
「へへっ、そうこなくっちゃ」
生意気にも戦場で白い歯をみせるイエーロの頭に、やっぱりゲンコツを落としとく。気ぃ抜くなってんだ。ったく。
「いいか! 魔導ギアを纏った俺らの凄まじさを、ゲップでるくれぇ喰らわせてやんぞ!」
「「「応ッ!」」」
そしてまた、俺は戦場の空へと飛んだ。




