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戦場でデモ販する父⑩


 さて……。

 装備もボロボロで武器まで失った満身創痍のオッサンを庇いながら、敵陣の真っ只中を突っ切らなきゃなんねぇわけだ。


 イイ感じに上空からの攻撃に怯んでくれてはいるが、猪豚種(オーク)はバカだからすぐ忘れちまうだろう。

 そうなっちゃあ手遅れだ。

 いまこの瞬間に、もう一発ビビらす必要がある。


 つうことで俺は、未だに斧槍にブッ刺さったまんまのオークだった肉塊に目をつけた。


 どっちが陣地かもわからねぇが、グルリゆっくり見回してる暇はねぇ!

 当てずっぽうで狙いをつけたら、俺は訓練でやった綱引きを思い出す。

 ベリルが担げって用意しやがった女の胴ほどは余裕である、野太い綱の引っ張り合いだ。


 おんなじ要領で槍の柄を肩に乗せ、腰を低く。

 沈んでいく勢いを急停止。と同時に肩を支点に一気に、ビュンッと伸びる!


 面白ぇくらいに回りやがった。

 俺よりもデケェ肉塊が背中からクルンッて頭上を通過して、目の前を通りすぎる手前で——身体中の関節を固める。

 すると勢いを止めなきゃそのまま地面に叩きつけられたはずの巨塊が、槍の先から真っ直ぐスッ飛んでいく。汚ぇ血飛沫を置き去りにして。


 結果、こっちに向かってたヤツにぶつかって吹っ飛ぶ。後ろのヤツもその後ろも巻き込んでく。


 そして——見つけた。

 一瞬だけ開けた隙間の奥に、こっちに背を向けて前ばっかり気にしてるのが見えたんだ。この先は自陣へ繋がってるに違いねぇ。


「タイタニオ殿! 担いでやれる余裕はない。必死こいて追ってこい!」

「お、おおっ」


 脇目ふって方向を見失うわけにはいかねぇ。だから相手すんのは立ち塞がるヤツだけ、正面のヤツだけ。

 振り返って安否を確認したいが、それもできない。ただひたすら真っ直ぐに。


 斧部でドタマをカチ割り、鉤部に引っ掛けて転がして、穂先で土手っ腹を貫いてやる。


 何人も屠ってくと、だんだん背中を向けてるオークが増えていく。

 考えてみりゃ当たり前か。オークからしたら、目の前の敵に集中してるところに、味方ばかりで安全だと思ってた後方を掻き乱されたんだからな。堪ったもんじゃねぇだろ。


 味方にだって利がある。後ろを気にして狼狽える敵なんざぁ隙の見つけ放題だ。


 いい事ずくめ。

 そう自分に言い聞かせて、悲鳴をあげはじめた身体に鞭を打つ。味方陣営に近づいてるとはいえ、怖気づきゃあそれまでの状況で己を奮いたたせてやる。


「クッソ、ゼッテェ監査官殿から見えてねぇぞ! 俺の大活躍ちゃんと報告してくださいよ、タイタニオ殿っ!」


 聞こえちゃいねぇだろうが、声をかけてみる。端っから返事はないって決めつけて。じゃないと気になって振り向いちまうからな。

 だが——


「ま、任せたまえっ!」


 予想外に元気な声が返ってきた。


 これで俺の手柄確定で褒美もたんまりだぞ。

 飴玉か服か飾り物か? なんでもいい。鏡なんて高価なモンでも土産にしてやれそうだ!


 逃げるに逃げられずって感じのオークをブチのめして、先へ先へ。


 魔導ギアの性能にだって度肝抜くに違いねぇ。敵陣のど真ん中から生還してみせたんだからなっ。当然、評価は急上昇。引く手数多間違いなし!


 普段なら、後のことばっか考えんのは縁起悪ぃって自重するとこだ。だが、そうでもしねぇとやってやんねぇくれぇの有象無象を蹴散らしてく。


 そうしてやっと——


「旦那のお帰りだ‼︎」


 普段は寡黙なブロンセの叫び声が聞こえた。スラッと長ぇ手足を振って、俺のことを周りに知らせてやがる。


「坊ちゃん、旦那は無事でさぁ!」

「父ちゃんスゲェェェ!」


 ゴーブレの大鬼みてぇな野太い声につづいて、ちっとも心配しくさらないバカ息子の声。いいや、泣きそうなツラまで見えてきた。


「テメェら、迎えにこいっつっただろうが!」

「旦那ぁ、そりゃムチャってもんですわ」

「まったくでさぁ」


 口々に俺の無事な姿を見て、歓喜の声で迎え入れてくれる。

 おうおう、そうやってもっと称えてもいいんだぜ。とくに帰ってから俺の偉大さをベリルにとっぷりと聞かせてやってくれ。


 ってな具合に雰囲気に流されて安堵の息を吐いちまいてぇところだが、まだまだやることはある。


 なんとかついてきたタイタニオ殿を、スッポンの後ろ、なるべく目立たないところまで引っ張ってく。


「な、なんだね?」

「ちぃとばかし待ってください。おうオメェ、水残ってるか?」

「へい!」


 近くにいたヤツに聞くと、水筒を放って渡された。ま、戦場だからこんなもんだ。それに俺がなにしようとしてんのか察しもついてんだろ。


「おっと、手が」


 俺は受け取った水筒のフタを開けて、タイタニオ殿にぶっ掛けた。

 

「——っ⁉︎」


 意味がわからん。そういう顔をされたが、すぐ俺の意図に思い至ったようで、


「気遣い、かたじけない」


 深々と頭を下げてられた。

 お漏らしを誤魔化してやったんだ。下腹部が濡れてんのは溢した水と大量の汗、そういうこと。


 素直に礼を言われるのは、なんともムズ痒い。が、いまはタイタニオ殿と親交を深めてる場合じゃねぇ。


「タイタニオ殿、いまが勝機です。俺が下知することを許してください」

「もちろんだとも。私に異論はない」


 べつに大将を譲ってくれって意味じゃないんだがな。そういう厳かな態度だった。


 とにかく許可も貰ったっつうことで、遠慮なしにぶち上げてやんぞ!


 俺はスッポンのうえに駆け登る。そんで、指揮官不在に動揺する伯爵殿や後方でうだうだやってる小勢に向けて、宣うんだ。


「喜べテメェらっ‼︎」


 下っ腹にリキ入れて、叫ぶ。


「我らが大将タイタニオ殿が目にもの見せてくれたぞ! 御自ら敵陣の腑食い破って、その土手っ腹にデッケェ風穴を開けてくだすった」


 指揮官の無事に安堵する気配。その直後に右翼陣営は湧き立つ。


「見ろっ、オーク共の前線はズタボロだ! テメェらいつまで手ェ拱いてるっ。このまんまだと褒美は大将が独り占めしちまうぞ!」


 こっからはとくに後方へ向けて、


「我らが右翼指揮官であるタイタニオ侯爵殿は寛大なお方だっ。独り占めは忍びねぇから『手柄の食い残しをぜんぶやる』と仰せだ! わかったか、テメェら‼︎」


「「「応ッ!」」」


「なら、さっさとオークどもを——喰っちまえッ‼︎」


 最初にうちの連中が怒鳴り声をあげ、それが伯爵殿の軍勢にも後方でカカシさせられてた小勢にも伝わってく。

 行き過ぎた加熱っぷりによって、将も兵も熱狂へと至った。漲る戦意は蛮勇をとおりこして狂気と化す。


 右翼全軍が腹ペコの獣みてぇに、我先にと猪豚種へ襲いかかった。

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