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戦場でデモ販する父⑨

誤字報告ありがとうございます。


 とても大の男があげたとは思えない叫びが、最前線中に響き渡る。


「ヒィィーイヤァァァィヤヒヤィヤァァァアアァアアアアァアア〜ッ‼︎」


 まさか⁉︎ だが状況からいってタイタニオ侯爵殿があげた声に違いねぇ!

 とりあえず、断末魔じゃなかったのは救いだ。未だにヒーヒーキャーキャー喚いてるから、まず生きてる。いいや、生かされてると言うべきか。


 いったいどんな事態に陥れば、あんなにもヒッデェ悲鳴をあげられんのやら。

 それを想像しててもはじまりゃあしねぇな。目の前のデブ猪豚種(オーク)共を蹴散らして、直接拝まねぇ、とっ!


 ——振り下ろした斧槍が弾かれた。


 騎乗したままの高さを活かした攻撃だってのに。コイツ硬ぇ。オークの分際で盾の扱いが小慣れてやがる。

 大盾の底を地面につけて自分側に傾けて、腕じゃなく、分厚い身体の半分を押し当て体重と合わせて受け止めるんだ。

 オマケに、たっぷり乗った脂肪が衝撃を和らげちまう。

 それらを短ぇ豚足で御してるんだから、大したモンだ。


「オニ チカラ ダケ。オデ カツ」


 おうおう、言ってくれんじゃねぇか。

 俺らが腕力だけかどうか思い知らせてやる。こっちゃあ散々ぱら押し合い圧し合いやってきたんだ。


「ゴーブレ、変われ!」

「へい!」


 スッポンの手綱を放って飛び降り、肥満体オークに正面からぶつかってやった。


「デケェ図体して、んな鉄の板っきれに隠れやがってよぉ……。テメェは恥ずかしがり屋か、ォオン?」

「オニ チカラ ツヨイ。デモ オデ マケナイ」

「会話になってねぇぞ、ゴラァアア!」


 目一杯前傾姿勢になって押し、拮抗したところで——脚の支えを緩めて腕を伸ばしきる。

 するとどうだ。俺は体勢を立て直して、いい間合いまで得たぞ。対するデブ猪豚種は、ざまぁみろ、急に正面のつっかえが消えてつんのめりそうになってやんの。


 グラッと揺れた巨体は、無様な横っ面を晒す。

 ——見逃すかよ!

 こっちに傾いた盾を引っ張り戻すのに必死で、俺が側面をとったことに気づいてない。

 重鈍なテメェは避けらんねぇし、その浮いた腰じゃあ受けることも叶わんだろっ。


 ようやく一匹め!


 アゴ下から抉る角度をつけて、俺はデブオークの脳天まで穂先を捩じ込んでやった。


 他の連中もベリルに扱かれた成果をキッチリ発揮してるようで、上手い具合に相手の防御を崩してる。


 だが、このまんまだと間に合わない。

 タイタニオ殿の叫び声が、途切れ途切れに。


 たぶん生かされてて捉えられてる。

 あんなオッサンを捕まえてどう使うつもりかは考えたくもねぇ。どうせ悪趣味なマネするに決まってるからな。

 だからまだ終いってわけじゃない。だとしても、もっと奥まで引っ張ってかれたら手が届かなくなっちまう。


 あと二、三を俺が倒したところで、この肥満体の壁はどうにもならん、か。


 どうするどうする、どうする……?


 ——ちくしょうがっ!


 こうなったら腹ぁ括ってやる。

 コイツらの頭上をひとっ飛びしてやらぁ!


「スッポン! 俺が乗ったら目一杯、跳べ!」

「kyu!」

「ゴーブレッ、帰り道よろしくな!」

「旦那ッ⁉︎ いってぇなにを——」


 悪ぃが説明してやる暇はねぇ。


 俺はスッポンの前脚を蹴り首を踏み、一気に甲羅の頂点まで駆け上がる。んで、深く腰を落として屈んだら——


「スッポン、いま!」

「kyuuuu、kyu!」


 急に身体が下にっ! 足から腰から頭のテッペンまで地面に引っ張られるみてぇな圧がかかった。

 それでも甲羅を押し返そうと足の裏を蹴っぱる。歯ぁ食いしばって膝を伸ばす。


 視界が背丈一つぶんくれぇ高くなったところで、引っ張られるチカラが押し返すチカラを裏返らす!


 そしたら俺は——飛んだ。


 うわっ、マジか!

 ヤベぇ高さ!


 グングン戦場が小さくなってって、空が近づいてくる。やがて、手足をバタつかせても宙しか掻けないところまでいくと、一瞬だけ身体が自由に。


 普段はぶら下がってるキンタマが、浮く。


 瞬き二回ぶん留まって——落ちる!


 こここ、こぉおおおっ、怖ぇええええ〜ッ!

 んだこりゃ⁉︎ 地面が迫ってくんぞ!


 だが都合良く、囲まれてピーピー泣いてるタイタニオ殿も見えた。その周りの一際デカいオークだって。

 俺に近づいてくるのはソイツだ。正しくは——タイタニオ殿の横で、絶賛イビってる真っ最中のデカオークの真上に落ちてってるんだ。


 そこ目掛けて斧槍を立てる!

 ブレねぇようにリキ込めて!


 どれだけ飛んだかハッキリしたところはわからねぇ。たぶんヒトの背丈十人ぶんは軽く超えてんだろう。俺ぁ無事に降り立てんのか?

 そんな心配をしてる暇はなかった。それは救出に集中してるからなんて殊勝な理由じゃあなく、地面が近づくにつれて際限なしに速くなってくからで、目ん玉ひん剥いとくのが精一杯で——


 ——————ズダンンンッ‼︎


 俺は戦場を穿った。


 立てた斧槍は、縦に潰れたオークの肉塊に持ち手まで埋まってた。

 こっちは脚から脳天まで痺れてる。が、立てなくはない。

 んで目の前には、チビっちまった侯爵殿が信じられないもんを見た目を向けてる。


 さあて、こっからだ。ここは敵の真っ只中。右も左も前も後ろも、どこ見ても猪豚ヅラばっかり。いったいどっちに向かえばいいのかすらわかんねぇ。


 ただ、ギリギリ間に合ったぞ。


「タイタニオ殿っ、助太刀させてもらう!」


 俺はあえて、救出とは言わないでおいた。これは帰ってからの人間関係を慮ってのこと。

 うちの大将は間抜けに捕まって泣いてるところを助けられたんじゃない。いまも最前線で身体張ってるとこに、善意の横槍が入ったんだ。そういうことにしておく。


 だから恩に着といてくれ。

 その貸しを回収するためにも、こっから俺史上最大に気張ってみせるからよぉ!


「ガッハッハッ! さあこい。死にてぇヤツからかかってこいやぁあああッ‼︎」


 紛れもない窮地なのに、俺はゲラゲラ笑ってみせた。

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