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戦場でデモ販する父⑧


 前向いとけ、前を……。


 タイタニオ侯爵殿は、宮廷魔道士たちによるド派手な魔法攻撃なんぞに目もくれず、ひたすら俺を睨んでくる。滅多にお目にかかれない妙技なんだから見学でもしとけばいいものを。

 コイツが右翼の指揮を執るってんだから、堪ったもんじゃねぇ。


 どうも侯爵が昨日やらかしたぶんは、俺に殴られた同情で帳消しにされたみてぇだ。

 その代わり文句言うなって将軍閣下に釘刺されてたはずなのによ、なんで睨んでくるんだか。

 おおかた口にできない鬱憤を俺に向けてるんだろうけど、矛先は反対側の猪豚種(オーク)共にしとけよな。ったく。


「旦那、そろそろですぜ」


 俺がいらんことに苛立ってるのを察したのか、ゴーブレはわかりきったことを報告してくる。

 フゥ……、と深く息を吐いて、土埃と鉄血と汗垢の臭いが混じった戦場の空気を吸い込む。それから、なるべく機嫌良く「楽しみだな」と返した。



 さてさて二日目も俺らは右翼最後尾でカカシ役だ。スッポンの甲羅に登って、前進してく味方の背を眺めてるだけ。

 少しばかり高い位置からだから、全体がよく見渡せる。


「まぁた突出してるぞ、我らが指揮官殿は」

「結構なことじゃありやせんか」

「どうしてだ?」

「すぐワシらの出番になりやす」


 さっさとくたばっちまえってか? いくらなんでもハッキリ言いすぎだ。

 ったく、ゴーブレのやつ。俺が冷静じゃねぇと踏んで、似合いもしねぇ悪態ついてみせやがってからに。おかげで視野が広がったじゃねぇか。


「もう大丈夫だ。手間ぁ取らせたな」

「とんでもねぇ」


 冷えた頭で考える。常に動きつづける戦場からの情報を取り込みながら……。


 昨日は突然だった。いきなり自分が属してる右翼の指揮官がやられちまったんだからな。


 なら、今日はどうだ?

 それなりに立ち回ってみせてる。いいや、それなりなんて失礼な物言いだな。タイタニオ侯爵殿は、先頭に立って突撃するにしても部下が止められないくらいには、強い。

 周りの使い方も後続への指示も、充分に上手くやってる。

 たぶん昨日は武運なく、不意に一発強烈なのをもらっちまっただけなんだろう。


 もしかしたら俺とのいざこざが発奮材料になってるのかもしれん。

 往々にして、そういう状態で戦場を駆けるってのは危うい。だが、危険を顧みないぶんだけ強ぇんだ。


 キッチリ前線を張ってみせ、矢尻の如くオーク共の肉壁を貫いてってる。


 だから頭を切り替えなきゃならん。このあとどう戦が展開していって、俺はどう立ち振る舞えばいいのか。それをある程度予想しとかなきゃなんねぇ。


 必ず近いうち、ポカする。

 それが将じゃなけりゃあ問題ない。補充の兵を送ればいいだけだ。

 しかしタイタニオ殿は前線も前線、最前線で槍を振るいながら指揮してる。

 アホっぽいことしてるようにも見えるが、稀有な技能と褒めるべきだろう。とてもじゃねぇが俺には真似できん。


 だが、それでも褒め称えるのはポカするまでだ。そこまでついてきた連中まとめて地獄行きになっちまうんだからな。


「旦那……」

「ああ。指揮官殿が危うくなったあたりで行動を起こすぞ。命令違反にはなるが、負けるよりかマシだろ」

「承知しやした。ワシらはいつでも」


 どう割り込むかは決めた。

 指揮官殿が危機に陥ったところを、俺らが颯爽と救ってやる。

 タイタニオ殿、この貸しは高くつくからな。せいぜい財布の心配をしておけよ。



 ヒト一人の声なんて戦場のなかじゃあ怒声悲鳴に掻き消されちまう。だから指揮官の下にも、指揮を受けて味方を動かす隊長たちがいる。

 だが……。


 予想どおり、そこから崩れはじめた。


 どんだけ間違いのない指示でも、伝達での失敗は起きるもんだ。

 もし俯瞰してたんなら綻びのうちに繕う手もあるだろうに、先頭きっちまってるから見えちゃいねぇ。


 前線のホツレはだんだんと鍵裂けみてぇになっていき、終いにゃあ周りから擦り切れてデッカい穴になる。


 いまが——その一歩手間!


「オメェら、我らが指揮官殿の危機だ! さっさと駆けつけんぞ!」


「「「応ッ!」」」


 待ちに待った出番に、我先にとスッポンを駆けさせた。

 つづく連中が走りやすいよう邪魔な味方を掻き分けて、立ち塞がろうとするオーク共を踏み潰して、道を平らにしてってやる。


 そうやって俺らがあと一息ってとこまで前線に迫るころ、最前線にいたタイタニオ殿は想定よりも追い詰められてた。

 先端を尖らせようと細く細く削ってくみてぇに、突出した先っちょだけが——ポキっと。前と左右だけじゃなく、後ろまで取られてたんだ。


 マズい。急がねぇと!


 前へ前へとオークを押し込めて、あと少しってところで、クソッ!


「旦那ッ、コイツら硬ぇですぜ!」

「んなこたぁ言われんでも——」


 よりにもよって、スッポンの爪を受け流す凄腕が立ち塞がったんだ。しかも似たようなのがゴロゴロと。


「オニ ダ。ヌカル ナ」


 ブーブー喚くだけじゃねぇってか。チッ。落ち着いたヤツまでいやがんのかよ。


 通常のオークと同じく背丈は二メートル前後。そこは俺らと大して変わらねぇ。だが、幅がまるで違う。軽く二人ぶんくれぇあるんだ。

 ただのデブなら楽なんだがよ——


「邪魔すんな、ゴラァアア!」


 デケェ金槌と巨体を覆い隠せるくれぇの大盾まで持ってて、突いても薙いでも、ちっとも攻撃がとおらねぇ。ちくしょうめ!


 身軽なブロンセあたりは上手いこと隙を突いちゃあいるが、そこまでの手傷を負わせてられてない。

 大鬼種(オーガ)の血が濃いゴーブレたちですら、立派なガタイが相手の図体の前に霞む。


 一対一なら負けてない。時間をかけたらなんとでもなる。が、その時間がねぇんだ。


 ここまで出張ってきたってのに、助けにきた大将がやられちまったんじゃあ洒落にならんだろうが!


「こんのデブ、どけや!」

「オマエガ サガレ オニ」


 一丁前にシールドバッシュをかましてきた。当たったのはスッポンの側頭部。もちろん装甲があるから効きやしない。

 それでも足止めされちまう。


 いっくら苛烈に攻めても壁みたいな大楯を抜けねぇ。太っとい得物も断ち切れねぇ。ちっとも前へ進めねぇ。


 イラつきが限界に達したとき、デブ猪豚種共が張った肉壁の奥から——喉を引っ掻いたような、悲鳴がっ‼︎

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