戦場でデモ販する父⑦
ああ、腹減った……。
ガキみてぇな文句を垂れちまってるが、あんだけ大暴れしたあとにメシをお預けにされたんだ。こんくれぇは勘弁してもらいたい。
で、どうして空腹に耐えてるのかっていうと、メシの支度ができたところで呼び出されたからだ。
これまで一度たりとも声がかからなかった作戦会議の末席に。この下っ端の俺が。
なんだか、さっきからずっと隠す気もねぇほどキッキッ睨まれてるしよ。お呼びじゃねんなら呼ばないでくれよな。ったく。
ちなみに、睨んできてるのは右翼の指揮官をやってたタイタニオ侯爵閣下様。たった一当てで王国軍を敗走寸前の危機に陥れた、ある意味で大物だ。
まず間違いなく、イベリカーナ側の戦功第一位はコイツだろ。
重症を負ってたそうだが、宮廷魔道士数名がかりによる回復魔法の甲斐もあって、いまじゃピンピンしてやがる。
しばらく寝とけばいいものを。大事な魔道士の手ぇ煩わせて平気なツラだ。
明日もコイツの下につくのかと思うと、ため息を漏らしちまいそうになる。
そんな居心地の悪い会議なんだが、俺はなんで呼ばれたのかもわからず隅っこの席に座ってるだけ。
あんまりに退屈すぎて欠伸かかないよう必死だ。
「で、あるからして明日の攻撃は本日の成功例に倣い、先制の一撃は宮廷魔道士筆頭ボロウン殿が率いる宮廷魔道士団にお任せしたい」
「承知しました」
まどろっこしい呼称で話しやがって。俺を居眠りさせたいのか?
まあ、宮仕えってことで家名を省いてるぶんマシなんだけどよ。
以降の話も聞き流す……。
というか、頭んなかはメシのことでいっぱい。
当たり前だが戦のあとは腹が減る。こんなの将兵すべての常識だ。
それがわかってんなら『せめて摘めるもんくらいだせ』と言いたい。空きっ腹にいい香りの茶なんかお呼びじゃないんだよ。
「して、トルトゥーガ領軍並びにトルトゥーガ傭兵団を率いるトルトゥーガ・デ・アセーロ子爵殿に明日以降の右翼を任せたい」
——ダン!
このテーブルを叩く音で俺は我にかえる。
ヤッベ。ぜんぜん聞いてなかった……。
少し焦ったが、この乱暴なノックは晩飯に思いを馳せる俺を咎めるものじゃなかったんだ。
「ポルタシオ将軍閣下、私は反対です!」
「理由を話したまえ。ミネラリア連合軍右翼指揮官タリターナ・デ・タイタニオ侯爵殿」
長ぇ。ソイツの地位も肩書きもこの場にいる者なら誰でも知ってるだろうに。
いや、いまのはわざとか。将軍閣下からのイヤミってやつらしい。そういう顔を侯爵殿に向けている。
で、どうしてか侯爵殿はこっちを睨んできてる。なんだよ。俺なんかやったか? まさか鼻ちょうちん膨らませてたとか?
「チッ。惚けたツラを見せおって……」
顔が気に入らないってか? うちの女房が聞いたらブチキレるぞ。怒ると怖ぇんだからな、ヒスイは。
「改めて申し上げます。ポルタシオ将軍閣下、ご再考を。そもそも此奴では格が足りておりません。栄あるミネラリア王国連合軍の右翼を任せるには二つほど爵位が低いかと。さらに申せば、野盗の如き山出し傭兵団長に大軍の指揮などできますまい」
「ふむ。それだけか」
此奴って、俺のことみてぇだな。
つうか……は? 指揮? なに言ってんだ、コイツ。
マズいな。ツマらなすぎて聞き流してたから、ちっとも話が見えてこねぇぞ。
「いいえ。まだまだ、いくらでも反対する点はございます。まず真っ先に挙げられる理由を申したまで。そうですな……大きなところならば、やはり士気にかかわります」
「つづけたまえ」
「本物のドラゴンならいざ知らず、紛い物の爬虫類に跨がる騎士なんぞ聞いたことがありません」
うちのスッポンの悪口か。
イラッときたが、こんくれぇ堪えてやる。いますぐブッ締めてぇところだがよ。俺の我慢強さに感謝しとけ。
「そんな者を旗印にしてしまえば、あとにつづく者など野蛮な鬼擬きくらいのもの。極めつけは、あの品性も誇りも感じられない鎧です! これでは全体に悪影き——グホッ‼︎」
侯爵殿が殴り飛ばされた。俺の拳で。
「ん……かふっ………」
んで、一発で失神だ。
「「「…………」」」
あーあ、やっちまった。ガキじゃねぇんだからさぁ、こりぁあんまりだろ。さっき堪え性を自画自賛したばっかりじゃねぇか。
ほれみろ、天幕んなか鎮まり返っちまったぞ。
「「「…………」」」
どうやら俺は、キレた勢いで末端の席から上座までテーブルの上を駆けてって、タイタニオ侯爵の横っ面をぶん殴っちまったみてぇだ。
ハァ〜……。目ぇ回しててくれてんのが救いか。死んでなきゃいいや、もう。
「これはどういうつもりかね? トルトゥーガ子爵殿」
好意的だった将軍閣下の視線が痛い。言葉の端々から短慮に対する落胆も伝わってくる。
「手が、滑りました」
「は?」
「タイタニオ侯爵殿が、その口からあまりにネチネチと陰湿な粘液を垂らすものですから。ついツルッと」
「それが罷りとおると思っておるのか?」
だよな。けどな、こっちにだって譲れないもんはあるんだ。そこに踏み込んでくるってんなら、アンタらが大好きな名誉やら矜持ってやつを賭けてもいいんだぞ。
「そうしていただいた方がお国のためになるかと。ですがもし貴族としての責任問題になるのでしたら、我ら総力をあげて明日にでも戦のケリをつけ、返す刀でタイタニオ侯爵殿の首を頂戴するとしましょう。それで文句を言う者はいなくなります」
「言外に『文句を言う者はすべて消す』そう聞こえたのだが」
「まさか」
会話のうえでは惚けてみせてるが、
——俺と、やり合うかい?
と言外に聞き返す。
「ト、トルトゥーガ殿。いくら性能の高い武具を得たとはいえ、いささか図に乗りすぎではないか」
割って入る伯爵殿。ぶっ倒れたまんまの侯爵殿を介抱しながら口を挟んできた。
だが、その声は震えている。ここにいる全員に隠しきれないほどにわかりやすく。間近で見たからこそ、俺らと魔導ギアのヤバさを理解してるんだろう。
とはいえ、いちおうは助け船だ。乗っておくに限る。
「お騒がせして申し訳ない。作戦会議にかこつけて、我々を侮辱されたと感じましたので。包み隠さず申せば、それを許した将軍閣下にも私は憤りを感じております」
ぜんぜん詫びになってねぇな、これ。
いいや構わん。俺には『仕事をくれ』『品物を買ってくれ』と下げる頭はあっても、うちの可愛いバカ息子と問題幼児が必死こいてこさえたモンをバカにされてまで下げる頭なんか、ねぇ‼︎
「フゥ……。いささか会議が白熱しすぎたようだな。よい。水に流すとしよう。トルトゥーガ殿もタイタニオ殿も、構わんな?」
ようやくお目覚めの侯爵殿は「え、ぇえ、あ、はい」と生返事。俺も頷くだけにしておく。
「せっかくの大軍の将になる機会だったというのに、棒に振ったな」
……あぁ、そういうことだったのか。
ここに至って流れが腹落ちした。どうやら俺に右翼の大将を任せようって話だったらしい。
んだよ。やっぱりツマらねぇ話じゃねぇか。
俺らは魔導ギアの宣伝に来てるんだ。それができるのは最前線だけ。当然、指揮官なんか謹んでお断りだ。
「私は分を弁えた男ですので」
「ガッハッハ。トルトゥーガ殿は腕だけでなく口も達者なようだ」
これで元の鞘。引き続き侯爵殿の下で戦働きってことだ。表面上は……な。
おいおいタイタニオ侯爵殿。手打ちにしたばかりだろ、そんなに睨んでくれるなってぇの。
この様子だと、明日の戦場は後ろでずっとカカシ役か、最前線で擦り潰されるか。いずれにしろロクな使い方はされなさそうだ。
あーあ、やらかしちまったな……俺。




