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戦場でデモ販する父⑥


 ある意味で大歓迎だった。


 俺らが味方のところにつくと同時に、陣内にあった戦の熱気が一気に冷えていく。


「な、なぁ父ちゃん。オレらなんかやっちゃった?」


 鎮まりかえる空気に当てられて、バカ息子がオロオロ情けねぇツラを向けてきた。

 ビッとしとけよな。ったく。


「イエーロ。腹減ったか?」

「……そりゃ、まあ」

「だよな」


 ここで言葉を区切って、あたりに聞かせるよう一際デカい声をあげた。


「おいオメェら! うちのバカ息子は初陣だってのに、矢傷じゃなく空腹で死にそうだとさっ」

「ガァ〜ッハッハッハッハッハッ! さすがはイエーロ坊ちゃんですぜ。なぁ、オメェら」


 気を利かせたゴーブレがバカ笑いをして、他の連中もつづいた。

 これでイエーロの弱気な様子は腹減ってるからって理由になっただろ。しかも『初陣』ともつけ加えておいたからな、遠巻きにしてる連中にはさぞ豪胆な野郎に映ったに違ぇねぇ。


 そもそも、この寒い空気の原因は俺らの身なりにある。

 粗末な装備って意味じゃねぇ。んなこと言ったヤツぁベリル謹製の回転槍の餌食にしてやる。


「ま、まずは返り血を落としてはどうか」


 ようやく口を開いた伯爵が言うとおり。味方で、しかも同じ右翼にいた彼にここまでビビられんのは、俺らが頭から被ったみてぇに赤黒く血塗れになってるからだ。


 せっかくの機会、ここは一つ……。


「これはこれは。お気遣いかたじけない」


 スッポンから降りて伯爵殿にキッチリ言葉を返したら「おいオメェら!」と、うちの連中に水とボロ布の用意をさせる。


 なにをするかって? そりゃあ見てのお楽しみってやつだ。


 フルプレートほどじゃないにしても、かなりの防御面積をほこる試作魔導アーマー零弐をサクサク脱いでみせた。

 まずは着脱の簡単さを、とくと御覧じろってな。


 つづけて、雑にすんのはちぃとばかし心苦しくはあるが、放った武具にザバザバ水をぶっ掛けた。


「——え⁉︎ ト、トルトゥーガ殿、そんなことをしては痛んでしまうのでは?」


 そういう反応を待ってたんだ。

 いけ好かねぇ腰巾着かと思ってた伯爵殿だが、実直なヤツなのかもな。いちいち素直すぎる反応のおかげで、場がイイ具合に盛り上がってく。


「いえ。たしかに革製や金属製ならそうでしょう。しかし、我らトルトゥーガ傭兵団が装備する魔導ギアはどちらにもあらず!」


 ホントは革紐の部分は濡らしたくないんだが、油たっぷり染み込ませてあるから目を瞑っとこう。

 俺が講釈垂れてるあいだも、イエーロが中心となって水で血糊を洗い流してく。その作業は無頓着に、適当に、とても戦士が生命を預ける武具にするもんとは思えねぇほど雑な扱い。


「——や、槍にも⁉︎」

「水をかけただけなのに、みるみる汚れが落ちていくぞ」

「スゲェ……見ていて気持ちいいくらいだ」

「おい、あれ見ろっ。キズが一つもないぞ……」

「ありえんっ。新品のようにピッカピカなんて!」


 いいじゃねぇか、いいじゃねぇか。

 様子見してた兵や将もぞろぞろと、未来のお客さんたちが集まってきてくれてるぞ。


 さあて、そろそろ種明かしの頃合いかな。


「この武具は仮称ですが『魔導ギア』と申しまして、我が領地で発見された素材を使い試作したモノです」

「この完成度で、試作とな⁉︎」

「ええ。たったいま実戦で性能証明を終えたところですので。とはいっても王国内の小競り合いでは幾度も試しております。みなさんも先ほどご覧になったでしょう」


 ここで勿体つけて、なにを見たかをボカす。

 たぶん俺らの活躍の方にも意識が向いたと思う。いくつもの戦場を共に駆け抜けてきた装備だとも。

 なのに目の前の武具は、真っ新。


「先ほども言いましたが、うちの息子はたったいま初陣から戻ったばかり。ですので、武具の手入れがいかに重要かを説いても空腹に勝てず適当に済ませるでしょう。そんな考えの足りない者に任せても心配無用なほどに、この魔導ギアは手入れが簡単なのです」


 要約、バカでも大丈夫。


「なるほど。素材自体が従来の武具と違うというわけか……」


 で、誰かの呟きに乗っかる。


「——そう! そのとおり。さすがお目が高……あっ」


 いけねっ。いま俺がイジったのは、この戦の総指揮を取るポルタシオ将軍閣下。こりゃマズい。調子こいて喋ってたら、ここで一番偉い人がきちまってたみてぇだ。


「良い兵に良い武具……。さすがと言うならトルトゥーガ殿の方であろう」

「きょ、恐縮です」


 褒められてんのか区別つかねぇな、ちきしょう。ちっと騒ぎすぎちまったのかもな。

 取り急ぎ、俺はゴーブレにチラッと合図して散らかした装備を片付けさせた。


「みなさんお疲れのところ、お騒がせしました」

「ガッハッハッ、構わん。本日の英雄殿が振るった自慢の武具の話を聞かせてくれたのだ。士気も上がろうというもの」


 よし。トンズラこくなら、いま!


 俺らはペコペコ軽い頭を下げて立ち去った。

 そこにはもう、帰還したときの手柄を誇るような偉そうな態度なんかカケラも残っちゃいねぇ。

 もし、可愛げのあるヤツらだとか思ってもらえたら上出来。べつに英雄になるのが俺らの目的じゃねぇし、多少バカにされて侮られても構いやしない。

 大事なのは『英雄になれる武具の宣伝』これに尽きる。


 この騒ぎで魔導ギアは充分印象づいただろう。

 そこそこキャリアのある傭兵が、調子こいてガキみてぇに武具の自慢しちまうほどの代物だってことくらいはな。


 もうちょい上手くやれたような気もするが、まっ、及第点だろ。

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