戦場でデモ販する父⑤
予定外だ。俺ぁ元から頭を使って戦うタチじゃねぇがよ、それにしたって想定からハズれすぎてんぞ。
指揮官のタイタニオ侯爵殿、まさかの重傷。
一当てした直後のこと。単独で突出して、即落馬させられたあとボッコボコにされたらしい。よく生きてだもんだ。
しっかし坊やの初陣じゃねぇんだから、ちっとは落ち着けよな。ったく。うちのバカ息子の方がまだマシだぞ。
とはいえだ、これは千載一遇と言ってもいいだろう。
腰巾着に名乗り出た伯爵どもがヒーヒー言いながら支えちゃあいる。が、いつ右翼が崩れてもおかしくない。
ハッキリ言って、開戦早々の危機。
権威や沽券ばっかり気にする上級貴族の指揮下に入ったり、宮廷魔道士の新技披露会になりかけたり、ここまで見せ場がなく忍んできた。
だが、とうとう俺たちトルトゥーガ傭兵団が大暴れする機会がやってきたんだ!
「野郎共っ、わかってんなっ!」
「「「応ッ‼︎」」」
「ホントにっ、わかってんのかっ!」
「「「応ッ‼︎」」」
「ホントはわかってねぇんだろっ!」
「「「応ッ‼︎」」」
「上等だバカども! 笑えっ! ゲラゲラ笑いながら目の前の豚野郎共をぶっ潰せっ‼︎」
返事はない。
代わりに、
「「「筋肉盛々」」」
鬼共は獰猛に口の端だけを歪めて呟いた。
と同時に——魔力を帯びた筋肉と鎧が、はち切れんばかりに急膨張。
「オメェら、ヤッちまえっ‼︎」
突撃を指示。辛うじて残る味方の前線すら食い破り、オーク共を蹴散らす。
その先頭にいるのは、もちろん俺だ。
スッポンに跨った俺が真っ先に突っ込む。いいや、頭のぶんだけスッポンに遅れちまったな。
「オラオラ! ヒィヒィ鳴く豚野郎共に、亀頭からぶち込んでやったぞ! テメェらつづけつづけぇえええっ!」
オークは立ち塞がろうとしては、スッポンを目の当たりにして怖気づく。
ドラゴンか紛い物かを見極める時間なんてやらねぇよ。
俺の槍が硬直してるバカを一人貫けば、スッポンの爪と牙の餌食になってるヤツもいる。
つづくうちの連中も、それぞれ楽しそうにヤッてるじゃねぇか。
普段はグッスリ寝てる鬼の本能をズル剥けに剥き出しにして、満足するまで——喰らってやる。
へへっ。それにしてもいつも以上に身体のキレがいい。暴れてるとよくわかる。魔導ギアの凄さを肌身で感じるんだ。
こいつは一切動きを邪魔しねぇ。それどころか魔力を這わせてやりゃあ、斧槍の穂先までが腕の延長線上みてぇに思えてくる——痛ッ!
いけねっ、一発喰らっちまった。
「テメッゴラァ! 痛ぇじゃねぇか!」
オークの膂力で引っ叩かれたって、この程度。これなら長柄の武器も剣刀だって脅威にならねぇ。
逆に、生意気にも金属鎧なんて着込んでる猪豚野郎にハルバートの一撃をお返ししてやる。するとそんだけで鉄板がひしゃげて、刃が肉まで届く。
「グォ、オーガ カ……。イヤ コンケツ カ……」
「ああ混血だ。だがよ——」
引き抜くのも手間に思えて、前蹴りで後続まとめて吹っ飛ばしてやる。
「グホッーッ!」
「豚ならブヒブヒ鳴けってんだ。一丁前に喋ってんじゃねぇ。さあ、つぎ来いつぎ! どんどんきやがれ!」
ミネラリアの王国勢が全滅したって勝てる。俺ら五〇だけでオーク三〇〇〇を相手に回したって、楽勝じゃねぇか。
スゲェぞ……。こいつぁスゲェ万能感だ。
タガを外して動いてみたが、こっちの動きを鎧の方が補助してるようだ。裸よりも軽い、動く、力がこもる!
「旦那ッ、前に出すぎですぜ!」
「うるせぇ! テメェらがチンタラおっせんだ! 俺を咎めてぇんならオーク共蹴散らして追いついてきやがれっ」
「聞いたかオメェら!」
「「「応ッ!」」」
「旦那につづけぇえええええーッ!」
僅かに冷静さを保ってたまとめ役の大男——ゴーブレですらもブチ切れちまったみてぇだ。
いいんだ、それでいい。ヤレるとこまでヤリまくんぞ。なんならホントに俺らだけで食っちまっても構いやしねぇ!
こんだけ低脳なマネをしておいて、俺らは集団行動ができていた。
散々ぱら傭兵稼業をつづけてきたのもあるが、やっぱりベリルのおかげだな。
事あるごとに連帯責任を押しつけてくるアホみたいな扱きのおかげで、俺らぁこんなに元気だ。
ゲラゲラ笑い声で威嚇して、力一杯ビュンビュン槍を振り回して、なのに俺らは他の誰よりも速ぇ。
快調だが立ち止まるのはマズい。囲まれちまうからな。
前も後ろも右も左も、肉の壁。進路も退路も塞いで、遮ろうとしてきやがる。
だが、パンでも千切るみてぇにオーク肉の寄せ集めの肉壁はズタボロに裂けてく。包囲させる間もなく、滅多クソだ。
戦場に立つ兵士の視界は驚くほど狭い。
だからこそ指揮を取る者が必要で、有無を言わさず命令に従わせるために普段から踏ん反り返って威張る。
なにが言いてぇかって言うと——
「旦那ッ! 敵も味方も退いてやすぜ!」
指揮官不在で突出すると、撤退命令すら聞き逃しちまうってことだ。
今回はオーク共も退いたからよかったが、味方だけが退いたんなら一〇〇〇を超える敵の真っ只中に取り残されたかもしれなかった。
んじゃ頃合い見計らって、ゆうゆう帰るか。
「よーし、テメェら偉そうにしろ! 誇れ! 威張れ! なるべくデッカいツラして最後に堂々と陣地へ戻んぞ!」
「「「応ッ‼︎」」」
サッサと下がった腰巾着してた伯爵たちが、どんな報告してるかわかったもんじゃねぇ。
これだけデカい戦だ。働きっぷりにキッチリと点数つける役目のヤツもいるんだろうけど、そのあたりの用心は欠かしちゃいかん。
なにせ、貧乏クジ引かせるのに傭兵ほどうってつけの兵もいねぇからな。
誰がどう見ても俺らが戦場の立役者だと、少なくとも右翼が崩れる寸前から支えたうえに押し返してみせたのは、紛れもなくトルトゥーガ傭兵団だってことを知らしめる。
ケチつけるんなら俺らともう一戦するハメになるぞ、そう覚悟させるくれぇの覇気を示す。
夕暮れを背に、俺らは誰よりも尊大に陣地へ足を踏み入れた。




