戦場でデモ販する父③
数日も経つと見慣れたのか、味方にギョッとされることも少なくなった。
つっても新手の援軍が到着すると違ってくる。また一から説明しなきゃならねぇんだ。
面倒だが、こればっかりは省くとあとで痛い目をみるからな。挨拶ついでにでもキッチリやっとかねぇと。
未だ戦端は開かれないまま。
うちの連中は身体を鈍らさない程度の訓練でいざってときに備えてる。それ以上はなんもやることがねぇんだ。
俺らは末端も末端。
こっちは精鋭を揃えてきたつもりだが、援軍の規模としてはちっぽけな頭数。だからか到着の挨拶以降は放ったらかしにされてて、なかなか情報が入ってこねぇ。
それでも世間話がてら聞き集めてみれば、なんとなくの状況は見えてくる。
まとめると、だいたいこんな感じだ——
まず、戦地については改めて確認するまでもねぇが、ミネラリア王国とイベリカーナの国境線付近。
猪豚種相手だと国交なんて成立しねぇから、国境ではなく防衛線と呼んでいい。
平たく言えば、ちっとばかりこっちの領土を侵されてるってぇところか。
この戦いの目的は、こっちは撃退、あっちは略奪。
こっちに踏み込まれてる現状を考えると、すでに近隣の村なんかはヒデェことになってるだろう。
元から村未満の集落ばっかりらしいから、たぶんもう手遅れだ。残念だけどな。せめて、奴隷にしようって囚われた連中が後送されてなけりゃあ救いようはあるんだが……。
それ以上に、殺されちまった者についてはどうしようもない。
こんなことはヒト同士の争いでもあることだから、いちいちしんみりしたりしれねぇ。
もしここにヒスイがいたんなら、ブチ切れまくって手がつけられねぇところだろうけどよ。
さて、そんなオーク共の略奪もいったんは止まった。王国軍が出張ってきたからだ。
ヤツらが奪ったもんを根こそぎ持って帰るためには、いったん戦果を貯めておく集積地が必要になる。兵を休ませる場所も、備蓄を置いておくところも欠かせない。
するとやがて、粗末な柵が張り巡らされてって、野蛮なオークの尖兵はそこですべてを賄おうとする。放っとくと住みはじめるってことだ。
奪いたてのメシを食い。足りなければ、また奪う。
捕えた奴隷を無理やり働かせて、イビり倒して、犯して。動かなくなれば、また攫う。
オークは害悪そのもの。さっさと駆除しちまわないと、ここら一帯のヒトのすべてを喰らい尽くしちまいかねない。
だが、戦力が揃わないうちに仕掛ければ被害甚大、勝てるかどうかも微妙なところ。
こうして、居座るオークの軍勢と追い払いたい王国の軍勢がお互い動けず睨めっこに至って、いまってわけだ。
でだ、最重要となる戦力比は、イベリカーナ三〇〇〇に対してミネラリア王国軍一〇〇〇。
加えて各領地からの援軍がある。とはいえ、それを勘定に入れたとしても、たぶん味方は二〇〇〇に届かない。
数のうえでは負けてる。だが、ここに種の個体差を入れると単純な数だけの話じゃなくなってくるんだ。
ミネラリア王国は西方ヒト種が圧倒的に多く、うちみたいな大鬼種との混血は珍しい。
で、問題の個々人の実力差だが、腕力に限っていえばヒト種は猪豚種と対等じゃねぇ。素手と得物でやったって負けかねないくれぇだ。
けれども、魔法のことを考えると逆になる。
猪豚種は魔法が下手クソなんだ。俺もヤツらを笑えた義理じゃねぇんだけどよ。
対してヒト種は妖精種ほどじゃないにしても、魔法の扱いが上手い。それに装備も充実してる。
要は、真っ向勝負さえしなけりゃミネラリアにも分があるってことになる。
ここで大事なのは、王国軍側が道具と魔法によって戦力の均衡を保ってるってところ。
俺らの——トルトゥーガ領の者にとっての目的はなにか?
もちろん魔導武装の実践証明だ。こんなこといまさら確認するまでもねぇ。
そして魔導ギアの特徴といえば、魔力を通わすと高性能になるってとこだ。これほどヒト種にとって都合がいい装備もねぇ。
ここまで条件が揃ってんなら、実証どころか実演までしちまいたい欲が湧くってもんだ。
◇
明朝の開戦が決定した。
ようやく増援の足並みが揃ったってことらしい。
で、我らがトルトゥーガ領軍並びにトルトゥーガ傭兵団だが、まさか指揮を任させるはずもなく右翼の大貴族様の軍団に取り込まれた。
「私がタイタニオ侯爵である。この右翼の指揮を任された」
よろしく、すら言わねぇ。木っ端な子爵風情に下げる頭はねぇらしい。べつに構わんけどよ。
ちなみに中央は王国軍で、左翼はここらを治める辺境伯が指揮を取るそうだ。
できれば、どっちかがよかったんだけどな。よりにもよって一番必死こかなそうなヤツんところに配属されちまった。
「栄えあるタイタニオ侯爵領軍と沓を並べるからには、それ相応の品位というものがある」
ああそうかい。だいたい言いたいことはわかったよ。俺らが邪魔なんだろ。そこまで余裕ぶれる戦でもねぇってのに。ったく。
「ではタイタニオ殿……失礼。タイタニオ指揮官殿を先頭に、我ら伯爵領軍が脇を固めましょう」
俺らはどこにいりゃいいんだ?
後ろで高みの見物でもキメてろってか?
まあ、間違っちゃいねぇ。一番手二番手の勢力が中心になって仕切るべきだ。それはわかってる。
だがよ、俺らとしても割のいい報酬貰ってきてるんだ。それになにより今回ばっかしは活躍しなきゃなんねぇ。いいや、大活躍が必須だ。
簡単には承服できねぇぞ。
「我ら小勢が後方では、遊び駒になってしまいます。そこで、タイタニオ指揮官殿率いる領軍と共に行動させてもらえないでしょうか?」
こっちから頭を下げるくらいなんでもねぇ。けどな……。
「私は最初に言ったはずだが。それ相応の品位が必要だと」
あーあ、やっぱりこうなったか。
品位で戦争に勝てるか、ボケ。
規律云々を曰うんなら聞いてやる耳は持ってるつもりだがな、どうせ指揮系統めちゃくちゃな即席連合軍と野蛮なオーク共の激突だろ。
そんなもん、はじめの魔法一斉射と矢衾以降は突撃突破突進の連続になるに決まってる。それしかできねぇと断言してやってもいい。
そもそもヒト相手じゃねぇんだぞ。わかってんのか?
わかってねぇよな。とはいえ、この場でコイツの言い分をひっくり返せるほど俺ぁ弁が立つわけでも策士でもねぇ……。
「出過ぎたことを申しました」
「構わん。私は無知を責めん。小競り合いしかしらぬ傭兵風情の戯言を聞き流せんほど狭量でもない」
テメェは充分狭量だと思うぞ。
ハァ〜……ベリル、わりぃ。
父ちゃんたち、後ろでカカシ役のまんまかもしれねぇ。




