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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第六章

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スモウ大会、準決勝③


 どっしりとイスに背を預けて腕を組む。間違っても腰が浮かんように。

 ウァルゴードン殿に打ちつけられたところは未だにズキズキ痛む。ともすれば時間が経つほど腫れていく。

 だが見逃せん試合がはじまるんだ。治療なんぞ後回しでいい。


 そう、これからイエーロがモモタ殿に挑むんだ。

 親の贔屓目で差し引いても、どうしてもこういう言い表わしになっちまう。

 それほどの達人と息子がスモウっつう約束事はあれど、


『はっきょーい——のこった!』


 立ち会う。


 一見すると、


『静と動の戦いになるか……』


 そう感じるよな。プラティーノ殿下の言うとおりでもある。がしかし逆だ。


『イエーロは巧みな足捌きで間合いを惑わし、モモタ殿は自然な構えで対応しておるな』


 閣下。実んところそれは正反対で、動いてんのはモモタ殿なんだよ。

 たしかにイエーロみてぇにペンペン跳ねたりはせん。だが、つま先や肘の向きといった相対した者にのみ伝わる微細な挙動で、起こりから潰していく。

 だからアイツは迂闊に仕掛けられず、ムダを強いられてんだ。動かされてると言ってもいい。


『じっと見られて兄ちゃんやりづらそーだし』

『うむ。しかしイエーロが手を出せんでおれば——』


 もうか⁉︎ もう土俵際を背負っちまった。

 くっそ、アイツはいまテメェがなにされてんのかわかってんのかっ。

 送りたい助言が次から次へと喉へ迫り出してくる。チッ。いちいち呑みこむのも一苦労だぜ。


『私とのスモウでは、土俵際から勝負を捲られたが……』

『だいぶ状況違うし』

『だのう。イエーロは自ら退いておるでの』

『そう仕向けられているのだな』


 ようやく状況が掴めてきたのか、実況席もあとの展開から目を離せんらしく言葉数は減る一方。

 当然その空気感は観客にも伝わっていて、会場をら埋め尽くす群衆が揃って息を呑む。


 ここに至って、

 

「イエーロ殿。そろそろ某に見せてはくれぬか」


 モモタ殿から予想外のひと言が。

 これにイエーロは、


「……まだ秘密にしておきたかったんだけどな」


 イタズラ小僧のような不適な笑みで応えた。

 途端——足技主体の構えから、まるでリキみのねぇ棒立ちに。


「ほう。お見事……」


 御仁が唸るのも理解できる。その立ち姿は俺の記憶んなかにあるヒスイにソックリなんだ。


 肩のチカラを抜いて僅かに膝を緩めて立っているだけのイエーロ。

 対してモモタ殿は、刀でも構えるみてぇに腕を腰の前で揃え、中心軸をしっかりと守る半身の構え。

 

『——ちょちょちょ! 兄ちゃんのクセに、なーに達人同士みてーな会話してんのさー。あーしらにはサッパリだし』

『ワシには無防備になったようにしか見えんがの』

『しかしイエーロの後退が止まったのも確かだ』


 会場のどよめきも解説席の慌てっぷりもどこ吹く風。イエーロはユラユラと軽い足取りでモモタ殿に近づいていく。

 ポルタシオ閣下が言ったように無防備、に見えるが、大きく違うのはモモタ殿が距離を保てていねぇ。間合いの内に易々と歩みよられちまってる。


 すでに、どっちの手も届く。


『これってあれじゃーん。先に手ぇ出した方が不利なやつ!』

『いやベリル嬢、先手を取った方が有利なのでは?』

『我々の知る常識ではな。いまの両者はなにを仕掛けられても返せる状態なのだろう。私にわかるのは、どちらも虚で崩すことすら許さないほどに張り詰めた危険な間合いにいるということだけ』


 プラティーノ殿下の言うとおり、ガマン比べになってる。俺とウァルゴードン殿んときとは、まるで逆の展開だ。


「「「……………」」」


 見てるこっちがハラハラしちまって、いまにも叫び出しちまいそうな緊張感のなか——


 イエーロは握手でも求めるみてぇに、モモタ殿の手首に触れた。ただ手のひらを乗せたと言ってもいい。それほどに軽く——


 当然モモタ殿は対処せざるを得ない。

 まずはじめに反応したのは、あれだけ笑ってなかった目の奥だ。歓喜が溢れた、とでも言えばいいのか——


 直後、イエーロの手首を巻き込む!


『コテン返し——』


 くるか! までベリルが言い切る前に——

 誰しもが宙を舞うイエーロを想像したなか——


 モモタ殿が(したた)かに太っといムチで胴を打ち据えられた。否、蹴られてたんだ。

 空気を切り裂く鋭い音も、打点で弾ける鈍く音も、すべてが遅れてこっちに届くほど、速く。


 つうか……。


『モモタロさん、なにげに初ヒットじゃね?』


 そう。スモウ大会んなかで、モモタ殿がまともに攻めを食らったのははじめてだ。


 普通なら、ここで気分をあげて追撃を仕掛けるところ。だがイエーロは退いて、間合いを取り直す。


 でまた、さっきの焼き直しだ。

 イエーロの歩みも、モモタ殿の構えも。

 一つ大きく違うのは、さっきの蹴りが未だモモタ殿のに脇腹に刻まれてるってところか。


『さっきの、モロに食らってなかったー?』

『うむ。予選から見せるモモタ殿の動きならば、いなして和らげていそうだがの』

『それができていないのは明らかであろう』


 俺らの期待感を他所に二人の間合いは縮まってって、イエーロはまた——いや、こんどはモモタ殿に右肩に触れた。


 そして流れるような体捌きが発動すると同時に——ベヂッッ‼︎


『うっうぉおおおーう。兄ちゃん、きょおおお〜れつなカーフキックだしー!』


 で、すぐさま仕切り直し。


 おいおい、まさかこのまま決めちまうんじゃねぇのか。

 手に汗握る。思わずイエーロの予想だにしなかった善戦に昂っちまった。

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