スモウ大会、準決勝②
どっちも譲らずド突き合う。
いい歳こいた大人同士が、ガキのケンカみてぇなバカげた張り手の応酬。延々とだ。
ウァルゴードン殿が渾身の一撃を繰り出せば、こっちは返し技を織り交ぜて、それでも足りなきゃあ手数で返す。
歓声もやむほどダムダム激しく、掌で筋肉を打ちつけ、打ちつけられて打ちつけて……。
『トルトゥーガは腹にも攻めを散らしているな』
『背丈が違うからのう。対してウァルゴードン殿は肩や胸……いいや、当たればどこでも構わんという打ちこみか。どれも見るからに痛そうだのう』
いやに魔導メガホンを通した解説の声が遠くに聞こえる。
「「「のこったのこったー‼︎」」」
興奮した観客たちの声も。
ただ、身体んなかへ伝わってく衝撃だけが一番よく響く。
目に映るモンに意識が埋もれていくようだ。
つってもヒデェ光景で、おっかねぇツラしたウァルゴードン殿が歯ぁ剥いてしこたま打ちつけてくるだけなんだがよ——ほれきたっ。
「——ギッ」
くっそ効いた。
重く深い一発が俺の芯を打ち抜く。
見えてても避けねぇ。そういう突っ張り合戦だ。
とはいえ、いまので息を漏らしたのは痛ぇ。このガマン比べには息継ぎも含まれてるんだからよ。
先に息吸った方が相手の圧に耐えらんなくなっちまう。
だとしても、キツいのはあっちも変わらず。長々と腹打ちを繰り返してるんだ。効いとらんはずがねぇ。
しっかし打ちづれぇ腹しやがって。急所が筋肉と駄肉で埋まってるから、どんだけド突いても届く気がせんぞ。
こんな具合にだんだんと思考が薄れていって……。
弱気が占めていく。
そんなボヤけた刻んなかでも、
『——父ちゃん! キックキックー!』
ベリルの声だけはよく聞こえてきやがる。煩ぇくれぇだぜ。
ったく、そんなにテメェの親父が劣勢に見えてんのか?
不安にさせて悪ぃが蹴りは使わんと決めてんだ。真っ正面からド突き合いで勝つ。それが俺を目標に鍛えてきた者に対する俺なりの応えだ。
ギャーギャー騒がんと、よっく見とけや。
——違う。よく見るべきは俺の方か。
へへっ。目ぇ凝らせば、ウァルゴードン殿の凶悪なツラは、実のところ息苦しさに耐えてるだけだってがわかるぜ。
ツレェのは——ここかい!
つま先から生じた捻りを腰の切れに繋げ、脇腹を抉る角度で、突く。
目印みてぇになった青なじみを、穿つ。
深くブッ込んだ掌の衝撃で腑を潰して、ついでに捥ぎりとる勢いの引き。
かつてねぇほど鋭く打てた。
こっち手は戻ってのに相手の腹のへっこみは残ったまま。
もちろんほんの一瞬のことで、俺の想像が見せた幻かもしれんけど。
だが確実に、
「——————————ッッ‼︎」
届いた。
ツラのつくりが薄いウァルゴードン殿が、いまは充血した目ん玉をポロンと落ちそうなくれぇパッチリギョロ目だ。
吐き出したい息を出せず、吸うこともできねんだろう。ずっと繰り返してきた腹への負担が一気に吹き出したってところかい。
それでも歯ぁ食いしばって打ってくるのはスンゲェ根性だと思うぜ。
けどな、軽ぃよ。そんな脚が痺れちまっての腰が入っとらん突きじゃあ俺は止められねぇぞ。
——もう一発‼︎
過敏に反応したウァルゴードン殿は咄嗟に腕を折り、肘で受ける。
でも構わん。太ってぇ腕ごとブチ抜くだけだ。
「——ッ! ——コッ」
ここでウァルゴードン殿の意地は保たなくなったらしい。
受けて耐えきると決めていた攻撃に対して守りにまわっちまったんだ。いまのは自ら負けを認めたも同然。
「——ッ……れの……た」
残った息で声にならねぇ敗北宣言ののち、ガクリと地面に膝をつく。のたうち回りてぇところをクソ矜持で、体裁整えて。
ようやく俺はガバッと大口を開けられた。
すると体内へ流れこみ、縮まった視界が広く明るく。
観客の様子もよくわかるようになった。
「「「…………」」」
どうやら呆気に取られてるらしい。傍目には瞬く間の出来事で、なぜ勝敗がついたのか未だ理解が追いつかんのだろう。
ほれ、オメェの仕事だぞ。そうやって肩で息をしつつベリルを見やる。
『——あっと、いっけね。行司さん行司さん! 父ちゃんの勝ち名乗り忘れてっしー』
『しょ、勝者、アセーロ・デ・トルトゥーガ様っ』
勝ち名乗りを追いかけて、思い出したみてぇにじわじわじりじりと歓声は広がる。
『これはトルトゥーガ殿の腹打ちが効いた、ということで良いのかの?』
『私には脇腹を叩いただけに見えたのだが……』
『ふっふっふっ。いまのはリバーブローだし』
『——知っているのか、ベリル!』
『ひひっ。まーねー。ここらへんに弱点あってー』
『——つまりトルトゥーガはウァルゴードンの弱いところを攻めたと?』
『そーそー。つーか弱いとこ攻めたとか、や〜ん、サボリ関のエッチすけべー』
『……ベリルよ、なにを言っているのかわからんぞ。だが、まさかそんなところに急所があるとはな』
解説席の茶番のあいだにウァルゴードン殿は立てるまでに回復して、自らの足で土俵から降りていった。
よく敗者にかける言葉はねぇと言うが、一つだけ思いついちまった。そいつは不思議と俺の喉を抜けていく。
「ウァルゴードン殿、またな」
「…………うむ」
振り向きもせず、デッケェ背中からは頷く声だけが返ってきた。




