スモウ大会、準々決勝⑨
今日も鉄板の前で炙られんのかよ……、と萎えてたら、
「父ちゃんはあっちー」
テーブルを指差される。
「まさかたぁ思うが俺にも参加しろと?」
「そのまさかだし」
「待てまて。昨日オメェは、上位の者だけに絞った決勝戦をやると言ってただろ。そこへ横から割り込むのはどうかと思うぞ」
「だってだってー、ワル辺境伯やる気なってんだもーん」
言われて見てみれば、屋台の前にいくつも並んだテーブルの一つを占拠したウァルゴードン殿がいた。
つうかアンタなんで残ってんだ。帰ったんじゃなかったのかい。
「しゅっしゅっ! 勝負だしワル辺境伯っ。しゅしゅっ、明日の前哨戦だぜーいっ」
んでもってベリルは、小っこいグーでヘナチョコパンチを繰り出しつつ煽る。
べつにこんなもんで負けたって俺ぁなんとも思わんぞ。たぶんウァルゴードン殿も、
「我の実力、その一端を刮目せよ」
……違ったらしい。
しぶしぶ席につこうとする俺にベリルはコソコソと、
「今日、材料めちゃいっぱい仕入れてっから。売り上げ貢献マジでよろだし」
だとさ。
ちなみに、ヒスイはダークエルフ一党を連れてさっさと帰っていった。これからルリの結婚を内々で祝うんだと。
俺もそっちがよかったんだけどな、ベリルを置いてはいけん。
で、イエーロも帰ったのかと思えば、
「なぁベリル、ちっとも仕込みが追いつかないんだけど」
厨房で働かされていた。
ったく、どいつもこいつも。明日はスモウ大会の準決勝だってのにいったいなにやってんだよ。
とはいえ俺も他人のこと言えねぇか。
◇
十個目を超えたあたりから大食い大会は一気に過熱した。参加してる者も、見物客らも。
「あっ。約束どーりハンバーガーはゴチるけど、飲み物は自腹でねー」
うわ、ケチくせぇ。
ついでに言やぁ俺とウァルゴードン殿はハンバーガーすら自腹だ。こっちは無理やり参加させられたっつうのに。
この熱気が客寄せにもなったらしく、帰り際の一般客が列を成す。大繁盛ってやつだ。
しかもベリルは抜け目なく行列を巡り、
「お客さんは何個にするー? とりあえず少食な人でも二つか三つくらいがオオスメだし」
男の意地を刺激してまわる。
とくに女連れや仲間同士で来てる者は、見栄を張るからな。煽られりゃあイチコロだ。
例えばこんな具合に……。
「お嬢ちゃん。なん個までとか制限はあるのかい?」
「マジごめんなんだけど、大食い大会もやってっから一人五個までー。お兄さんたちめっちゃ食べそーだし足んないかなー」
「なぁに小腹を満たしたいだけだから、そんくらいでいいさ。なぁ」
「ああ、オレらも軽く五個にしとくか」
おいおい、オメェら騙されてんぞ。
食い切れんってことはねぇだろうけど、ゼッテェ帰り道ハヒハヒ鳴く量だって。
似たような手口で、ベリルは客単価を倍々に増やしていったんだ。
「貴様、なぜ手を止める?」
「俺ぁまとめて食う派なんですよ。あとで捲るから気にせず差ぁつけといてください」
適当ぶっこいて、ちょうどいい腹具合でやめといた。これで俺のぶんまでウァルゴードン殿が食ってくれるだろう。
さて、大食い大会の結末はといえば……、まだらしい。
ベリルにとって嬉しい誤算なのか、なんと材料が足りなくなったんだ。
「これだと勝負がつかないよ!」
「そうだ! 次を早く。あと一息でオレが勝てるんだ」
「はんっ。オレはあと三つは余裕だが」
「なにを! こっちは四つだ」
さっきから品出しが滞っちまってる。
「兄ちゃん、買い出しいってきて!」
「一人で持ってこれる量なんて——」
「魔導列車使えばいーじゃーん! もーこっちに来る人いないんだしさー」
イエーロもコキ使われてんなぁ。なんだか懐かしい光景でもあり、つい、ほころんじまう。
「フンッ。余裕を見せおって」
見当違い甚だしいウァルゴードン殿。まだまだうちの利益に貢献してもらえそうだが、いい加減にしとかんと明日に差し支えちまうな。
「ここは俺の負けでいいや」
「……ふむ。そうかそうか、我の勝ちか」
一瞬手抜きに気づかれたかと焦ったけど、どうやら俺に勝てて相当ご満悦の様子。
二杯三杯と麦ジュースでゴクゴク喉を癒して、
「では、明日を楽しみにしている」
と満足そうに帰っていった。
「ひひっ。父ちゃんナーイス」
性悪なツラしやがって。
「アコギな商売もほどほどにしとけよ」
「あーしそんなんしてねーしー。プロモーションしてるだけだもーん」
「そうかい」
しばらくして魔導列車が到着。そっからイエーロが食材でパンパンの木箱を運んできた。
「親父、手が空いてるなら手伝ってよ」
どうやら荷を下ろさんと次の便がつかえちまうらしい。
だからってイエーロにまでコキ使われるたぁな。
積み荷おろしだけで済むはずもなく、このあと結局、鉄板の前で汗を流すハメに……。
上手い具合に追加の食材が空になった時分に、大食い大会の決着もつく。
優勝したのは、王都住まいの冒険者をしているという男だった。
「おめでとーう。はいこれ、割引クーポンねー」
「ふぅ、ふぅ……。ああ」
ソイツはイスにもたれかり、ギリギリいっぱいな返事を返した。
他にも激戦の果てに、テーブル周りにはゴロゴロ転がる者が続出。
さすがに食い物を粗末にしてるヤツはいねぇが、後始末に一苦労しそうなありさまだ。
「あーしら片付けしてくるけど、みんなはゆっくりしてってねー」
当然、このころには普通の客らは帰っちまってるんで屋台の前はガラガラ。
「父ちゃん兄ちゃん、お疲れちゃーん」
さすがに屋台をたたむのは、雇ってる従業員だけでどうにかするらしい。
「あーし、もーちょいやることあるから。これ飲んで待っててー」
ベリルから申し訳程度の報酬——麦ジュース一杯——を渡された。
ん? 大丈夫だよな、こいつぁ奢りでいいんだよな?
ガランとしたテーブルの片隅に腰を落ち着けると、期せずして久々に息子とサシで話す機会となった。
「おうイエーロ。調子はどうだい」
「もうクッタクタだよ」
俺ぁ明日の試合について聞いたんだがな。
「あははっ。そんなに心配しなくても大丈夫。オレ、必ず勝つから」
モモタ殿は半端ねぇぞ。この言葉は喉まで出かかったけど無理やり引っ込めた。言われなくっても、だろうからな。
「親父こそ、ウァルゴードン辺境伯様に勝てるの?」
「なに言ってやがる。こないだ勝ってやったばっかりだろうが」
「こないだって、もう二年も前だよね」
自分も短い期間で強くなったっつう経験から、コイツは数年で戦士は見違えると言ってんだろう。
息子が、テメェで実感できるほどの成長をしたのは喜ばしい。だがよ、そんくれぇのこと俺ぁとっくの昔に知ってんだ。その先についてもな。
「伸び代たっぷりな若人の数年と、戦場で十年以上を過ごした者の違い。オメェにはいい勉強になるだろうぜ」
「……そっか」
と頷きつつも、なにか言いたげ。
話を促す代わりに、麦ジュースで喉を潤す。常より時間をかけて。
そうしてやって、ようやくイエーロは口を開いた。
「本音を言えば、後継ぎのこととかダークエルフの嫁のこととか、オレはどうだっていいんだ」
「ほう」
真意の程を聞き返す。
すると、こっちから目ぇ逸らさずに熱意のこもった顔つきで、
「親父に……勝ちたい、かな」
訥々と。
もしその日が来たとしたら、いったい俺はどう思うんだろうか。
ちぃとばかし想像して……すぐやめた。
「大それたこと抜かしやがってからに。テメェにゃあ百年早ぇ」
息子が俺を目標としてくれてるんだ。だったら、なるったけ高ぇ壁であるべき。譲る気なんぞカケラも見せてやるもんか。
「そんなこと言って、百年も経ったら親父は弱くなっちゃうでしょ。オレはいまの親父に勝ちたいんだよ」
「オウこらイエーロ。テメェちぃとばかしガキこさえたからって調子にのりすぎだ。俺を年寄り扱いたぁいただけねぇぞ」
「オレだって、いつまでもガキ扱いはイヤかな」
一丁前に挑発くれてからに。ったく。
「…………オレ、そろそろいくよ。ベリルがしきりに宣伝してくれたから店の方も大変だろうし、クロームァに任せっきりなのも、ね」
「おう、またな」
「うん。それじゃ親父、また……、」
席を立つとイエーロは数歩進んで、振り返り、
「明日は本気で相手してね」
こう言い残す。
去っていく息子の後ろ姿は頼もしくもあり、その成長は俺にとって少し寂しくもあった。
ややあって、
「父ちゃん。もー終わったー?」
ベリルからアベコベな問いが。
「待たされてたのはこっちの方だろ」
「いやいや、モモタロさん対策を伝授すんのかと思ってさーあ。あーし気ぃ利かせてあげたんだかんねっ」
いらん世話焼きやがって。イエーロには、そんなもんいらん。アイツはもう一人前なんだ。
「付け焼き刃なんぞ通用する相手かよ」
「それもそっかー。ひししっ。あーし明日めっちゃ楽しみだしー」
ああ、同感だ。




