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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第六章

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スモウ大会、準々決勝⑦


『さっすがモモタロさん! めっちゃスモウわかってる〜う』


 こうベリルはモモタ殿を絶賛するが、まだ土俵の内には入っとらん。

 なにを褒めたのかと言やぁ……。


『やっぱしお相撲は褌一丁でやるべきっしょ。あーし個人の意見としては、下にスパッツ履いて微妙にカッコつけするとか邪道だし』

『ふ、ふむぅ……。スモウは半裸であるべきと、ベリル嬢はそう申しているのだな』

『そー!』


 急に知らんことを話しはじめるベリルに、ポルタシオ閣下はなんとか合わせてくださった。


『なるほどの。掴むところが減るぶんだけ、スモウの押し合いの性質が増す、か』

『……んと、そーそー』


 ベリルのやつ適当な返事して。いまの、ゼッテェ意味わかってねぇだろ。


 対するブロンセだが、こっちも下穿き一枚とはいかんまでも上着は脱いでいた。素足で、脚に密着するようでいて伸び縮みしそうな丈の短いズボンのみ。


『なーる。ブロンセも研究してきてんじゃーん』


 ベリルにしちゃあイイ着眼点だ。


『もしや予選でのモモタ殿の試合ぶりを観て、ブロンセが対策してきたと?』

『たぶんそーじゃね。だってモモタロさんに掴まれたらコッテンされちゃうし』


 だから掴めるところを減らした、と。そういうこったろう。

 ブロンセのやつは元から目端が利く。洞察力に長けていると言えばいいか。人でも魔物でもそれが群れでも、よっく見てから動く。


 おまけに仕込まれたダークエルフの技とも相性がいいようだ。

 アイツはスラッとした腕脚と身体のしなりを活かす方だからな。生まれ持った素養だけならイエーロより向いてるのかもしれねぇ。


 こうなってくると、モモタ殿が妙技を披露すんのが先か、ブロンセが終始惑わして一発カマすのが先か……。

 この勝負の行方に興味が尽きねぇぜ。


「古来より『恋路の邪魔をすると馬に蹴られる』とされているそうだが、その程度の受難なら甘んじて——」

「アンタ、旦那相手にイイ勝負したと聞いている。だったら馬に蹴られたくらいどうってことないよな。むしろオレに蹴られる方を心配したらどうだい」


 モモタ殿のセリフにブロンセが被せた。


「カッカッカ。勝負の前に啖呵をきるのも、また一興。(それがし)も祭りの雰囲気に乗ろうではないか。ふむ……」


 準々決勝最終試合の開始直前、ひと盛り上がりつくる舌戦を期待して『おおーっと、モモタロさんの悪口炸裂?』とベリルは煽りにかかる。

 が——


「普段は女房の尻に敷かれているくらいで丁度よい。ルリ殿と申したか、良い女子(おなご)であるな」


 口の方はからっきしらしい。


『ちょ! モモタロさーんっ。そこは、グヘヘいい女だしオレが勝ったらいただきだし、とかー。もしくは、夫婦ケンカでもベッドでもいっつも負かされてんだろ、とかさーあ』


 下品っ。うちの娘がものすごく下品っ。

 ひいては俺が常からそういう言動してると勘違いされちまうだろが。


「これこれベリル殿。幼い女子がそのような……」


 そうだそうだ! 遠慮はいらんっ。耳年増な問題児にガツンと言ってやれい。

 

 とモモタ殿の小言を期待したのだが、先に口を開いたのはブロンセだった。

 普段から寡黙なくせして、


「怖いな。ある意味で旦那よりおっかねぇや」


 浮ついた空気など気にもせず、呟く。


 言わんとしていることはわかる。こんなチャラけた会話の最中ですら、モモタ殿の目はちっとも笑ってねぇんだからよ。

 仮に、不意打ち仕掛けたとしてもムダに終わるだろう。かえって足を掬われかねん。微塵の油断も隙もねぇ。


 さあ、茶番はここまでだ。


 両者は立ち合い人に誘導され、向かい合わせで仕切り線立つ。


『見合ってみあってー……はっきょい』


 のこった! 待ちきれんとばかりに「た」の発声と同時にブロンセが仕掛けた。

 のっけから——


『ローリングソバットぉおおおー‼︎』


 飛び回転後ろ蹴りだと⁉︎ しかも打点が高い。

 突進する勢いを足の踏み替えで、旋回、踵で踏むような胸板への強烈な蹴り!


 たしかに威力は申し分ねぇが簡単に躱されるだろ。と思いきや、モモタ殿は受けた、だと⁉︎


『——でも! ぜんぜん効いてなぁあああ〜い!』


 肉の弾けるスンゲェ音が鳴りそうなところだってのに、ポスッと触れたのだけがわかる程度。


『なんと! あの蹴りを受け流したかっ』


 カラクリは単純だ。まず上体を柔らかくして受け、その威力を膝の方へ伝えたら最後に地面へ逃したんだ。

 しかし頭で理解するのと実際にやるのでは大違い。ここまで見せた技のなかでも、かなり高度な部類に入るのは明らか。

 いや、技というよりモモタ殿の武術の真髄とでも呼ぶべきか。


 こっちが驚いてるあいだもブロンセは諦めず、着地した途端にいくつも蹴りを放つ。

 だが、その(ことごと)くが無効にされちまった。


 いつまでもトチらずに攻めてられるもんでもねぇ。手応えなしがつづけば雑になる。

 そいつをモモタ殿が見逃すばすもなく——


『足——引っ掛け——』


 そうだ。ブロンセだって凌いでんだ。

 胴への回し蹴りも躱され、取られてコテン。

 ——ではなく、足首と膝の両方を極めらてんのにクルッと宙で回転して離脱。身体を丸め、地面に触れずに窮地を脱した。


『——ちょ、いまの——またクルリした——』


 土俵の上で繰り広げられる目紛しい攻防に、もう実況なんぞ追いつかん。


 一見すると互角。

 つっても実のところは違う。

 蹴りを無効化していくモモタ殿に対して、ブロンセは僅かずつ関節を極められていた。その負担がじわじわとアイツの動きを蝕んでいく。


 まだ表には出てねぇが、このままだとどこかでプッツリといくだろう。

 傍目にはほんの微かな差。でも間違いなく、


『回ってるとこに——回したし⁉︎』


 そのときはくる。


 極め投げから抜けようと宙返りしたところへ、モモタ殿は追加の円運動。

 上下も左右もグルングルンにされて、とうとうブロンセは着地を失敗(しくじ)った。


 結果は、


『——勝者! モモタ・タロウ殿!』


 手足を同時に地面へ。

 頭からグシャリと落としかねんスゲェ勢いだったから、


「「「ホッ……」」」


 会場からは無事に済んだことで安堵の息も漏れた。


 けどな、注目すべきはそこじゃあねぇ。

 あのブロンセを相手にケガさせず土をつけさせたことが大問題なんだ。

 でもって、これほどの達人がイエーロの次の相手。いやでも老婆心を抱かされちまうぜ。


 そんな親父の心配なんぞ他所に、


『ブロンセブロンセ、ほら、負けたしエイドリアーンってやらないと〜』

 

 ベリルはなんかよくわからん煽りをくれていた。

 流れからして、おおかたリルに公開求婚をさせてぇんだろう。

 アイツは端っから、勝っても負けてもこういう方向に持っていくつもりだったのかもな。

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