チビっ子スモウ大会④
もれなくトルトゥーガのガキどもはよく食う。非常にいいことだ。いまは腹いっぱい食わせてやれるしな。
そんなかでも食欲旺盛なチコマロが、昼メシを前に、
「…………はぁ」
物思いに耽ってやがった。
はじめは敗戦に落ち込んでのかと心配もしたんだが、もっと重症のようだ。
こんなもん誰の目からも明らかで、チコマロはプレシア嬢に心奪われちまったらしい。
ガキなんだし分不相応とは言わんどいてやるけどよ、あんな負け方したヤツなんかまず相手にされねぇぞ。
「チコマロ。しっかり食べなよ」
とうとう試合を控えてるエドにまで発破をかけられる始末。
「次こそ勝つためにも、いまは食べて強くなんなきゃ」
「……うん」
「それに、チコマロに応援してほしいな。そしたらボクもっとガンバれるから」
話が右から左へなチコマロだった。が、なにをどう捉え違えたのか、
「……応、援……か。そうだよな! オレ、応援しないと」
目の前のメシを口んなかへガツガツ放り込んで、モグモグゴックン。
「旦那っ。オレ、小悪魔センセーに応援のやり方、教えてもらってくる!」
「そ、そこまで大袈裟にしなくっても——」
「いいや。オレは誰よりも目立つぜ。プレシアさまに届くように思いっきり応援するんだ!」
「…………え⁇」
「じゃあ行くから。エドも試合ガンバれよ」
そう言って、チコマロは走り去っていった。
スモウ大会期間中は常より衛兵も多いし、迷子の心配はねぇが……。
「なぁエド」
「はい」
「こんどはアイツの頭も鍛えてやれ」
「それは、ボクにはムリっぽいです」
「だよなぁ」
「あら、身分違いな想いだなんて素敵。うふふっ。ベリルちゃんがどんな助言をするのか楽しみではなくて?」
んなもん考えるまでもねぇよ。
◇
……ほれ見たことか。
土俵が設置された競技場所の隅に、桃色の半被を着たチビがいた。誰かは語るまでもってやつだ。
その背中には『プレシア命』と書いてあり、片手には妙なカタチの扇を持ち、反対の手には——魔導ペンライトだったか——光る棒を。
そんなナリしたチコマロは、腕組みしてズンッと仁王立ち。
いまのそのさま……、オメェの母ちゃんが見たら泣くぞ。
しかも、よりにもよって似たような連中をゾロゾロと引き連れていやがるんだ。
ありゃあチコマロと同じく予選でプレシア嬢に負けたガキ共か。
『あーゆー感じの応援グッズもありかなーって。みんなも自作してみてー。あっ、でも魔導ペンライトは発売予定だし。マジ光るから』
あんなしょうもねぇモンどっから用意したのかと思やぁ、持ち込んだのはベリルらしい。
いったいチコマロたちはなにを吹き込まれたのやらだ……。
アイツはいちおうトルトゥーガの者だと知れてんだぞ。しかもガキとはいえ代表としてここにやってきてる。つまりはみっとねぇマネすりゃあ俺らの恥にもなるんだが、ベリルはそのへんわかってんだろうな?
……ハァ。わかってるわけねぇよな。いや、気にするわけがねぇ。正しくはこっちか。
ちなみに件の問題児の衣装だが、
「あれは『ブレザー』というジェーケーの装いだそうです」
「そうかい」
俺からするとなにがどう変わったのか、ようわからん。
だが、女衆からは好評みてぇで、
「小悪魔ちゃん可愛い!」
「うちの子にもああいうの着せてみようかしら」
「シャツならでは装いよね」
なんてぇ声が俺の耳にも届いてきた。
さてさて、本題の休憩明けのチビっ子スモウ大会準決勝は——
『ひがぁ〜しぃ〜、ハナタレぇ〜や〜ま〜あ』
ノシノシと、だが機敏に、揺るぎない歩みでハナタレ山が登場。衆目がどんだけ湧いたって気にもしてねぇ。
大したもんだ。ガキのくせにずいぶんな貫禄を身につけてるんだからよ。
『にぃ〜しぃ〜、プレシアちゃん〜ん〜う〜み〜い』
観客へ向けてプレシア嬢は優雅にカーテシー。会場は湧きに湧く。
が、誰よりも激しく反応したのは——
「「「ハイ、ハイ、ハイハイハイ! プレシアさま〜! ハ〜イ、ハイハイ! 待ってましたー! ガンバレガンバレ、プレシアさま〜‼︎」」」
と、絶叫しつつ腕をブンブン回して右へ左へ。ブンブン身体をぶん回すケッタイな踊りを披露したチコマロたちだ。
『ぷぷっ。ヘタっぴすぎー。マジきっちーオタ芸してっし』
気の毒に。
アイツら、ベリルのオモチャにされたんだな。つっても自ら志願したんだから同情すらできねぇや。
しかしあんまりの変わりよう。
初々しく照れまくったところから絆され惚けて、挙句には熱狂気味な声援。それが束になって。
これに一番困惑すんのは他でもねぇプレシア嬢本人だ。
『ふひひっ。テレテレ恥ずかしがっちゃうプレシア嬢ちゃん、マジカワユイし』
「「「わかるー! スゲェわかるー! ハイハイ! プレシアさま、世界一可愛いよー‼︎」」」
つうかチコマロたちホント煩せぇな。
いってぇどんな手品を使えば人間をあそこまでダメな方に変えられんのやら。
『アンタら推し活もほどほどにねー。あんまし迷惑かけっと嫌われちゃうぞ〜』
このベリルのひと言でチコマロたちは急に黙る。ソソソッと我先に隅っこへ。
『まったくもー』
呆れる気持ちはわかるけどよ、そもそもオメェが嗾けたんだろうが。ったく。
『えっとねー、選手紹介の前にお知らせねー。この試合から土俵んなかで話してる声、みんなに聞こえるよーにしたし。つーわけで、両選手、アピってどーぞっ』
『オデ、モコ。ハナタレ山だど』
突然のムチャ振りにも物怖じせんのだな、アイツは。
『プ、プレシア……デ・タリターナです』
「「「——プレシアさまー、可愛いよー!」」」
『外野っ‼︎ てかチコマロたちうっせーし! はぁ〜も〜。あーし、マジでヤベェの目覚めさせちったー?』
ベリルがウザッたがるほどにチコマロたちは鬱陶しさ全開で、そいつがプレシア嬢の羞恥を刺激しちまう。
自らこんな舞台に立ってんのに、はにかみ屋な性根は変わってねぇんだ。
それでも、
『み……みなさん、ご覧になっていただいてどうでしょう? 少しでも手押しスモウの面白さは伝わりましたか?』
ハッキリと言葉を紡いだ。
『プレシアは女の子ですけれど……、たくさんお稽古して、いっぱい作戦を考えてきていて、そうしたら男の子とも押し合いっこの試合ができたのです。それがすごく楽しくて、プレシアは学院のお友達にもオススメしたいなって、いまはそう思っています』
チャリティー云々ではなくプレシア嬢一個人として打ち込んだ感想だ。
拙い言葉ではある。だけど本音の部分を語っていて、そいつが観客の心を打った。
大勢の前で立派に話す貴族令嬢と、まったく動じないハナタレ山に、会場は沸く。
チコマロたちも妙な踊りで土俵の周りをヘンテコに舞う……が、これはいらねぇや。
こうして、チビっ子スモウ大会の本選がはじまった。




