チビっ子スモウ大会①
「父ちゃん予選突破おめでとーう!」
さっそくベリルは乾杯の音頭をとった。どうやらコイツはまだ仕切り足りんらしい。
いま俺らは個室のメシ屋で、予選通過の祝い兼チビっ子スモウの壮行会をしている。
この席にはヒスイはもちろんとして、他には明日の主役であるチコマロとエドも参加。
さらにはどうしてか、
「いやぁ、やっぱり旦那は強いな」
「ええ。僕もはじめてトルトゥーガ様の勇姿を見ましたが、心が震えましたよ」
吟遊詩人とリーティオまで。
イエーロやブロンセたちはおらん。試合が終わるまではピリピリついちまうかもしれねぇから今回は、このメンツだ。
「ひひっ。勇者さまゲラゲラの歌作るときの参考にしちゃってー」
オイこらベリル、余計なこと言うなや。
「あらまあ、アセーロさんの歌とは興味深い」
「すでに竜騎士のやつと、あとワル辺境伯と橋で決闘したやつはあっからねー。ん? つーかママの歌はないのー? 大魔導なんだし普通にありそーなんだけどー」
「——べ、ベリルちゃんやめて。ないわよね。私、認めた覚えはないわよ」
キッと圧かけられた吟遊詩人は、首をブンブン左右に振って命乞いみてぇに否定した。
「なーんだー。めっちゃヤバめのありそーだと思ったのになー」
「ありません。ねえ」
「は、はい。ございませんんっ」
俺もヒスイのマネして睨んでみたら、あの小っ恥ずかしい歌ぁやめてもらえっかな。
などと割と本気で考えてたら、
「父ちゃんとママの恋バナとか、けっこー面白いラブコメになりそーじゃね」
ベリルのやつ、もっと小っ恥ずかしい、いいや、羞恥に悶えちまいそうなお題を振りやがったんだ。
「——なるなる〜なるわ! 心を閉ざしたダークエルフの娘が勇猛なオーガの青年と恋に堕ちる物語、よくてよ……嗚呼、よくてよ……」
「か、考えておきま——」
ここで俺は本気の睨みを利かす。
ヒスイもヒスイで、別の意味でキッと。
「おいおい旦那、そのくらいにしといてくれよ。トルトゥーガの奥方様もさぁ。オレらはか弱い演奏屋なんだぜ」
「あら私ったら」
「それより、明日はどの選手が見どころなんだい? チコマロとエドの意気込みも聞いておきたいな」
こんな具合にリーティオが割って入り、話題はチビっ子スモウ大会へ。
「あーしチビっ子たちほとんど知んないけど、注目してる子は何人かいるし」
それをさっさと話せばいいもんを。勿体ぶりやがって。
「どうせ、ハナタレ山とプレシア嬢だろ。あとはエドとチコマロくれぇか」
「——ちょ! なーんで父ちゃんが言っちゃうのさー」
「そういえばリーティオから少し聞いてたね、見どころある子がリリウム領にいたって。実際はどんな子なの?」
親子喧嘩(ベリルの一方的なポカスカのこと)が勃発する寸前に、吟遊詩人が差し込む。
「ハナタレ山はハナタレ山だし。オデってゆーし」
それじゃあ説明にならんだろう。
見かねたリーティオが、つづきを巻き取る。
「たしかに鼻垂れボウズだな。モコっていうんだけど、オレもそんなに関わりなくて。頭角を現したのは実家でやったスモウ大会でね……」
と、ハナタレ山の武勇伝を語りはじめた。
さすがは本職だけあんな。アイツの心情でも覗いてきたみてぇに言葉を紡いでくもんだから、聞きいっちまうぜ。
「あまり頭の巡りがよくないようだから、上手な子と当たったら往なされてしまうかも。そうオレは考えてる。……けど、旦那は違うみたいだね」
「おうよ。アイツぁよく見てるぞ。言葉が足りんタチなのは間違いねぇがよ、相手も周りもよく観て察して、そのうえで物怖じせんのだ。ありゃあ強ぇぞ。チコマロ、エド、心しておけ」
「「はい!」」
声は揃ったが、エドの素直に聞き入れる様子とは違い、チコマロは……なんつうか妬いてるっぽいな。
うちのチビんなかでは無双してっから、それもしかたねぇことか。その負けん気は嫌いじゃあねぇ。
「あの、僕の聞き間違いでなければ先ほどプレシア嬢と……。まさかとは思いますけど、タリターナ侯爵家のプレシア様のことでしょうか? ああいやいや、そんなわけないですよね」
「んーんー。タイタニオどのんちのプレシアちゃんだし」
「——ホ、ホントですか⁉︎」
こういう反応が普通だよな。このなかで俺以外の常識人は吟遊詩人だけかもしれん。つうか酒場で稼いでるだけあってコイツは情報通らしい。
元貴族家三男のリーティオは、どこの誰かも知らんかったっぽいのに。
「侯爵令嬢がスモウ大会に出るのか……。それってお転婆どころの騒ぎじゃないな」
オイそこの太鼓叩き。いまのがタイタニオ殿の耳に入ったら磔にされちまうぞ。
「プレシアちゃん、マジお淑やかでめちゃカワイイお嬢様だし。なんかー、チャリティーに参加したいってゆー理由で出るの決めたみたーい」
「「すごく、いい子なのかい?」」
「あーしとタメ張るくらいイイ子だし」
「「……………」」
ベリルの物言いに、二人はどう返してイイのかわからんようだ。
「ひひっ。ゆーてー、あーしが秘策を伝授したかんねー。いろんな意味で男子たちイチコロだもーん」
プレシア嬢は慎みのある令嬢。滅多なことはせんと思いてぇが……、心配だ。
「とくにチコマロみてーなエッチぃ男子なんて、余裕で引っかかんじゃね」
「——オ、オレ、そういうの興味ねぇもん。オンナとかどうでもいいし」
「あっそー。でもあーしレベルでカワイイかんねー。マジで」
この図々しいベリルの物言いに、チコマロは心底不思議そうに首を傾げた。
「……⁇ まだ赤ちゃんなのか?」
「むっかーっ‼︎ そこのわんぱくボウズ、表ぇ出ろっ。あーしと手押し相撲でガチバトルだし!」
「こらベリル。騒ぐな」
「やるったらやるのー! このチビ、キャンゆーまでシメたるしっ」
「小悪魔センセーの方がチビじゃんかよ」
「もう、チコマロやめなって。小悪魔センセーごめんね。コイツ、女の子が苦手なんだよ」
「——は、はあ⁉︎ オレ、オンナなんか!」
ここでベリルは「ひひ〜っ」と、意趣返しの性悪ヅラ。
「そっかそっかー。な〜る、チェリーくんにはちっと早かったかー」
無意味にテーブルに肘をついたり、短い脚を組もうとしてやめたり、とにかくデカい態度でチコマロをイジり倒す。
「うんうんわかるよー、アンタまだお子ちゃまだもんねー。オッケーオッケーイ。そーいやアンタ、ガッコで女子と話すときキョドって目ぇそらしてたっけー。ごっめーん。キレそーになったあーしが大人げなかったし。ソーリーソーリ〜」
「だ、だから、オレ……くぅぅ。違うもん、そういうんじゃねぇもん」
チコマロは真っ赤になって俯く。
あぁあぁ。この様子だと、プレシア嬢と当たったら本当にやられかねんな。




