スモウ大会、予選③
ポルタシオ閣下のお孫さんであるランシオも、サクッと予選を通過。
残るめぼしいところは……、いよいよか。
『ひひっ。次のは、みんなよっく見といたほーがいーし』
モモタ殿の出番だ。
さすがにベリルも弁えてるようで、選手の手の内を晒すようなことは喋らねぇ。
わかるヤツにだけわかる達人の佇まい。それに釣られて他の連中も、ただ者じゃねぇ空気を察したようだ。
一人目から五人目までの試合が進んでって、勝ったり負けたり。そしてモモタ殿の順に。
その立ち姿、上体は真っ直ぐで膝はやや緩く自然体。見事な姿勢に押し合いを主とする競技だと忘れさせられる。
『はっきょーい……——のこった!』
「「「…………」」」
どちらも動じず。
そんな空気を当たり前のように受け流して、モモタ殿は試合前の挨拶を浅く、だが丁寧に会釈。
そっから揃えた足の片方を引く。軽く半身になっただけ。だが——
対戦者は跳ねちまう。触発されたってよりは反応させられたと言うべきか。なんにせよ、意図せず張り詰めた緊張が、爆ぜた。
相手は上背の高い男。そいつがのし掛かるようにして捉えにいく。
いっちゃあ悪ぃがモモタ殿は小兵。だから掴まれて力任せに振り回せばどうこうできる——と、立ち会う男も観客も、会場にいるほとんどの者が思ったに違ぇねぇ。
だが結果は——
不思議も不思議。胸ぐら掴んだ方が、ひっくり返ったんだ。ドテッなんてもんじゃねぇぞ。クルンッと、天と地が逆さまにグルンとだ。
頭から地面に落ちるところを、モモタ殿がそっと出したつま先で支えて大事には至らなかったが。
貫禄の違いを見せつけた一戦。
こうなると会場は言葉を取り戻した順にどよめきが広がってく。
技の凄さにっつう理由もあるんだろうが、禁止になってる魔法を使ったんじゃないかとも。
奉納試合は神様から貰った土俵んなかで試合してんだから、んなことは不可能なんだが、そう疑っちまうほどの投げ技だったのも事実。
魔法が使えない場所だってのは、傍から見ててもわかりずれぇもんな。体験したことがなきゃあ感覚的には理解できんのもムリはない。
『——すごいすごーい‼︎ いまの合気ってやつー? マジでミステリアスパゥワーだし!』
「おいベリル! 見てる者らに魔法は使っとらんと説明してやれ」
『ん? なーる。そーゆーどよどよなわけねー。タイムキーパーさーん、試合の時間止めといてねー。えっとー……』
ベリルから反則じゃねぇと説明が入る。
が、客らには上手く伝わっていない。
『んんーと、どーしよ。おんなじよーな技で、あーしが父ちゃんこってんさせたら、信じてくれる感じ?』
俺、まだ試合前なんだけど……。
なにが悲しくて本番前に土をつけられなきゃあならんのだ。
とはいえ会場の空気がそれを許さない、か。しゃあねぇなぁ。
『もーう。みんな待ってんだから早くはやくー』
止まってるたぁいえ未だ予選の真っ最中。
そんな土俵んなかへ足を踏み入れることに若干の抵抗を覚えたが、モモタ殿や控えてる他の選手たちに目礼して、俺はベリルの近くへ。
『したら父ちゃん、あーしの頭を撫でなでしてみー』
言われたとおりにすると、
『こーゆーふーに、カワユイあーしは悪党に捕まりそうになりまーす。でー』
おいコラ、その言い草は納得いか——ん⁉︎
『おりゃおりゃ、うおりゃ〜‼︎ このこのっ。こら父ちゃん空気読んでー! てーい! ほりゃ、こんにゃろ、ほいどーだ!』
肘の裏にぶら下がってきた。思わず上腕で支えそうになり、そっちへ意識がもってかれたせいでグラつくハメに。
が、タネさえわかれば対処できる。
やり方は簡単。チカラ抜いて腕で耐えなきゃいいんだ。すると、手ぇ引っぱってダダ捏ねる娘となすがままの親父の画の出来上がり。
『はひ、はひぃ……ふい〜……ちかれたしぃ。いちおー父ちゃんグラってしたしオッケーっしょ。つまり! モモタロさんのはこーゆー感じの技だし』
できてなかったくせにドヤッとベリルは締めると、なんとなく観客らも納得した様子。見た目三歳児のチビが僅かでも大鬼種をグラつかせたんだから、それも当然か。
こんなふうにグダッと中断された予選は、再開。
はじめは胡散臭そうに眺めてた客らも、大男がポンポンとスッ飛んでく、または手首や肩を押さえて自らゴロゴロ土塗れになっていく展開に喝采をあげるようになっていった。
『モモタロさん、決勝進出おめでとーう!』
順当だ。
モモタ殿は予選で当たる相手としちゃあ反則級。しかし対戦した者らにとってはイイ勉強にもなっただろう。
技自体の怖さよりも、知らん手管を使われるっつう恐ろしさは覚えておいて損はねぇ。
つづいての予選にはブロンセがいた。
取り組みは進んでって、やがてヤツの出番となる。
ほぉう。一見するとイエーロに似た戦い方。だが根本のところではまったくの別物だ。
さすがはアイツのオンナ——ダークエルフのルリが直に仕込んだだけあって、ブロンセのことをよくわかってやがる。
イエーロの場合、ムダの少ねぇ動きでもってあとになって初動を察される静かな足運びだった。
対してブロンセは、まず相手の視界から消え——少なくとも相対した者にはそう見えたはず。
で、後ろから無防備な膝裏のやや上あたりを足先で刺す。
遠目に見てるぶんには派手で、観客は大いに盛り上がった。
だが、やられる方からしたら堪ったもんじゃねぇだろうな。
『えっと……もう、ムリそーかな? んじゃブロンセ、決勝進出おめでとーう!』
次はいよいよ俺の出番か。
同じ組には将軍閣下のお孫さんのアルコがいる。侮っていい相手じゃあねぇ。
さぁて、どうしたもんか。




