スモウ大会、予選②
——ドン、ドン! ドドン! カタタッタ……ドドーン!
休憩の終わりを告げる太鼓の響き。
これを任されてんのは、近ごろ吟遊詩人と組んで人気者の仲間入りしたリーティオだ。
楽器のことは詳しくはねぇけど、ヤロウはまた腕を上げたようで音色の味が奥深くなっていた。俺でもわかるほどだ。
『みんな席に戻った感じー? もーちょい待ってーって人いなーい? 大丈夫なら拍手ぅううう〜!』
割れんばかりの歓声に包まれて、予選第三試合の選手が呼び出された。
つうかいまさらだけど、なんでコイツが立ち合い人やってんだい。しかも進行までしてるしよ。
おおかた目立ちたがりの虫でも騒いだ結果か?
ま、確かめるまでもねぇわな。
俺の呆れに気づいたようで、ベリルはこっちに寄ってきてコッソリ耳打ち。
「予選のこと決めてなくってー、マジ焦ったし。だから」
だとさ。
どうせ魔導トライク見せびらかすことしか考えてなかったんだろ。となると、さっきの休憩もその場の思いつきってことか。
ったく。つつがなく進んでるから文句はねぇんだけどよ。
『見合ってみあってー……はっきょいのこったー!』
「「「のこったのこったー!」」」
このころには、客も覚えたのか応援の声も『のこった』一色に。
最初の試合で勝った者が三番目の者に負け、つづいてイエーロが土俵に立つ。
前は痩せたのかと思った身体つき。
しかし実際はメリハリが増し、しなりの利く柔軟で濃密な筋肉に置き換えられたらしい。
——パスッ! スパンッ!
へへっ。さっきから足癖が悪くってしかたねぇや。
つま先でツンツン地面を突っついてんのに対して、上体はだらり脱力してる。
だからか下半身を蹴られたくねぇ相手は腰が引けたまま前のめりになっちまう。そこへ最短距離で地を走る足先でもって脚の内側をペシンッ、だ。
効かせるっつうより掬って転かす……、か。
アイツの変則的な構えは、当然、一巡するころには警戒されちまう。
が、イエーロは右に左に。相手の外側を取り、かと思えば急に内へ入っては、また崩す。
ここまでの勝者、ウァルゴードン殿やプラティーノ殿下と比べりゃあイエーロは無名も無名。
だから負けるにしてもせめて一太刀って具合に、対戦相手がムキになるのも当然。キレイに転かされて痛手を負ってねぇのもあってか余計、若造に一泡吹かせてやろうとムキにってなってんだ。
アイツの冷徹な目つきは、そのへんの心情も勘定に入れてるに違ぇねぇ。
もうおバカで可愛かったイエーロじゃあねんだなぁ……。ちぃとばかし感慨深くなっちまうぜ。
すでに勝ち残りはイエーロで決まり。勝ち星を数えるまでもねぇ。誰もそう決めつけた、そのときだ。
対戦相手んなかでもゴツい体格の力自慢が、形振り構わず捨て身の突進。
そいつを——
イエーロは片手で止めた⁉︎
半身で、分厚い胸板に手ぇついて軽々トンッてな具合に。
しかも俺に一瞥くれやがった。ほんの僅かな瞬く間ってやつで、他の者が気づいたかは微妙なとこ。
でもって指の幅ほど掌を引いたかと思いきや、
——ダムッ!
ポーンと、ひと息に大柄な男を吹っ飛ばした。
土俵の外へヨタヨタッと着地した男はもちろん、他の選手らも目が点だ。
観客たちも湧きたつのを忘れちまって、
「「「………………」」」
口をあんぐり。
予選試合の終わり間際にイエーロがカマした妙技は、それほどのモンだった。
似てはいるが明らかに俺の技とは違う。
はじめの制止は別として、あれは重心の移動による一撃じゃあなく、もっとこう、身体のあちこちを旋回させて生じたチカラを一点に束ねたとでも言やぁいいのか……。
いま不意に見せられただけだと判断つかねぇぜ。
なんにせよ、
『はーい時間でーす。兄ちゃ——んじゃくってイエーロ選手、決勝進出おめでとーう!』
ここでようやく会場が喝采に包まれる。
勝ち名乗りを受けたあとこっちへ向けてきた笑みには、アイツがとんと見せなくなって久しいガキっぽさを含んでいた。
きっと終いの妙技は、決勝までしまっておけって言われてた取っておきだったのかもな。
あのおバカ、勝ちてぇんなら隠しとけばいいもんを。相変わらず甘っチョロい。
『ねーねー兄ちゃーん。いまのなーにー? もしかして必殺技的なやつだったり? 一センチパンチみたいなー?』
と、急遽ベリルは魔導メガホンの口を向けるが、
『教えないよ。まだ他にもあるかもしれないし、いまのが切り札かもしれない。できれば決勝で当たる相手にはそう思ってもらえたらいいな』
『ケチ』
『——え、ええ〜っ』
『もーう! あーしそーゆーの聞いてねーってば。エコヒーキになりそーだしインタビュー終わりっ。ほらほら降りたおりたー。ていていっ』
なぜか勝者が立ち合い人兼司会進行にゲジゲジ足蹴にされて、土俵を降りる珍展開。
さっきまでの凛々しい姿から一変した頼りないさまが、観客の笑いを誘う。
『ちなみにいまの人が、小悪魔ヒルズってゆーシャツとか限定モデルのリング売ってるショップの、店員さんだし。店長は奥さんの方ねー』
しれっと店の宣伝を挟み——というかイエーロが店長じゃあねぇんだな——ベリルは貴賓席の方へ手を向ける。
『ちょーど、スモウ観戦中のお妃さまとお姫さまがつけてくれてる指輪ねー。見えっかなー。あっ! こっちに手ぇ振ってくれた〜。限定モデルは、あのリングと色違いだけどデザインはおんなじだし』
なんつう気安いマネを。
『ヘイヘーイ、そこのカレシさんたち〜。カノジョさん欲しがるかもだから要チェックだぜーい』
しばし、ベリルは客や試合の終わった選手をイジる。
そのあいだに次の予選第四試合の出場者が土俵の周りに揃った。
堪んねぇな。まだまだ見逃せねぇ取り組みが目白押しなんだからよ。




