すでに王都はお祭りムード⑫
「ベリル様……困ります」
「ごっめーん」
なぜベリルがクロームァから小言食らってるかといえば、勝手に予約をとったからだ。
「他のお客様が気を悪くされてしまいますよ」
「……しゅーん」
俺も止めなかったんで、ベリルといっしょになって怒られてる気分だぜ。
「さて、どうしましょう……」
怒りっつうか本当に困った様子で、俺らの申し訳なさは深まるばかり。
ガツンと叱られるより堪えるな、これ。
「んんーとさー、ポスター作ってお客さんみんなに知らせちゃうとかじゃ、ダメ?」
「ポスター……ですか?」
「ちょい待っててー!」
と、ベリルはてってく上の階に走ってく。
しばらくして筒にしたデカい紙を二つ持ってきた。つってもベリルの背丈からしてだから、五〇センチ四方くれぇか。
広げたそれには、
『着るの簡単、でもオシャレすぎ!
いま話題のボタンダウンプルオーバーシャツ。近日発売! 予約受付中!』
『あなたもお妃さまお姫さま気分⁉︎
社交界でも注目! あの憧れの指輪が限定モデルになって発売だし! 詳しくは店員さんに聞いてね』
こう書かれていた。
囲うように賑やかす絵図はあるが、真ん中にはポッカリ空白がある。
「ちょい見本品使うねー」
と、ベリルはシャツや装飾品を空いたところに紐を通して括りつけて、完成らしい。
「これ壁に貼っとくの。どーお?」
「なるほど! うちにいらっしゃった多くのお客様の目にとまりますね。話しかけていただく機会にもなって、よいかと」
「へっへ〜ん。でしょー」
こんな具合にベリルは得意げな笑みを浮かべて、テメェのやらかしをウヤムヤにした。
◇
俺らは当初の予定どおり小悪魔ヒルズをあとにして、ダークエルフのコミューンへ。
ベリルを肩車したうえに、こさえた手土産のハンバーガーと麦ジュース、それとクロームァに持たされたイエーロの弁当まであって両手が塞がってる。
「父ちゃんとこっちくるの初めてかもー」
「そうだな」
見た感じはここまでの王都の風景と大差ねぇ。
だが、それなりに感覚が研ぎ澄まされた者からすりゃあ警戒心を掻きたてられちまう。そういう雰囲気に切り替わった。
「なんかゾクッてしたし」
「たぶん来客を知らせる類の魔法だろうぜ」
キレイに整えられた石畳の一部に、妙なモン仕込んでるっぽかったしな。
そうやって進んだ先に、コミューンの広場があった。
「おーおー、兄ちゃんたちやってるやってるー」
スモウの稽古? ではねぇようだが、なにやら足の運びやらを丹念に仕込まれてるようだ。
「あら、あなたがここにくるだなんて珍しい。ベリルちゃんもいらっしゃい」
背後から気配を消して話しかけられた。この声の主を俺はよく知ってる。
「ヒスイ。いちいち脅かすな」
「あら、たまたまですよ」
嘘こけ。
そういうの娘の教育によくねぇから控えてくんねぇか。コイツ絶対マネするぞ。
「ママ、ママ。これあーしからの差し入れねー」
「クロームァが持たせたモンも入ってんだろ」
「ありがとう。キリのいいところでいただくわ」
ススッとヒスイの左右に現れたダークエルフが、俺から荷物を受け取った。こんどは来ると察してたんで驚きはせん。ホントだぞ。
「いまってどんな特訓してんのー?」
「あら、アセーロさんは聞いてしまってもよろしいので?」
「どうせ耳にしただけで対処できるような甘っちょろい技じゃあねぇんだろう」
「ええ。けれど知ってるのと知らないでは、計り知れない差があるのもたしかですよ」
「じゃあ聞いておく」
「まあ意外」
「本当に隠しておきてぇ奥の手なら、この場では晒さねぇだろ。だから問題ねぇさ」
「それもそうですね」
ベリルの疑問を放って女房と話してたら、
「なに達人トークしてんのさー。あーしも交ぜてくんなきゃ——ヤッ!」
と、ヤンチャ娘は俺の頭を踏み台にして、ヒスイの胸許へと飛び移った。
「あらあら、ベリルちゃんったら妬いてしまったのね」
「そーゆーんじゃねーしー。でー、兄ちゃんなにしてんのー?」
「惑わす動き、と言ってわかるかしら?」
「あれっしょー。歩幅とか重心とかバラバラにしちゃうやつー」
「ええ。正解よ。ベリルちゃんと少しだけお稽古したものね。覚えがよくてママは嬉しいわ」
ヒスイのやつ、んなことまで娘に仕込んでんのかよ。
「ほどほどにな」
「ええ、もちろんです」
いまいち信用ならねぇ。
ん? 待てよ。もしやベリルのノシノシ歩きも相手を術中に陥れる一つだとしたら……。
「うふふっ」
こりゃあヒスイに聞いても答えねぇだろうな。
ただ、ときおりベリルの動きのなかには、理に叶った洗練されたモンが垣間見えたりする。ついさっき昼ごろにも見たばかりだ。
つうことはコイツ、実はけっこう動けるんじゃねぇの?
だとしてだ、そいつを親父にまで黙っておく必要はねぇだろ。いいや……、きっとあるんだろうな。
だったら、ここは気づかんフリしておくか。
「土俵んなかで、あれをやられたらどこに立ってるのかわからなくなっちまいそうだ」
話を変えて、イエーロの足運びに目先を移す。
「そうですね。未熟な者ならいざ知らず、まるで手応えのない違和感は、腕に覚えのある者ほど戸惑うことでしょう」
「避けたはずなのに食らっちまう、とかもな」
「相手の意識の外から一瞬で決める、これがダークエルフの技の基本ですもの」
おっかねぇ。んなもん力比べが本質のスモウで使う技じゃあねぇだろ。
「立ち会ったところから一撃カマすまで、仕込めたのかい?」
「ええ。すべてではありませんけれど、イエーロくんにはダークエルフの技に適性があるようです」
女房からの技と魔法の資質は、息子と娘、それぞれに分かれて伝わったらしい。
「楽しみだな」
「はい」
「ちょいちょいちょーい。あーしのこと忘れてなーい?」
またベリルが喧しくしはじめたんで、長男の成長を女房と喜ぶ時間はここまで。
このつづきは、実際にぶつかり合ってみてからのお楽しみに取っておくとするか。




