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亀に跨がる幼女⑦


 ベリルの猛特訓はつづき、月日を重ねていくにつれて——


「大したもんだよな、小悪魔殿は」

「ああ。あんなに小っこいのに、よく身体の使い方をわかってらっしゃる」

「理合なんてぇもんは修羅場んなかで感覚として身につけていくもんだがよ。よくもまぁ言葉で伝えられるもんだ」

「しかも、頭の悪いワシらにもわかるように教えてくださるからのぉ」


 こんな声が聞こえるようになった。

 訓練の大休止になると、各々身体の筋を伸ばしながらベリルを大絶賛だ。


「あなた、イエーロくんのことを心配しているのですか?」

「まぁな」

「大丈夫ですよ。人は苦労を押しつけた者よりもいっしょに苦労した者に惹かれるものです。それに、」

「ベリルがイヤがるか」

「ふふっ。まず間違いなく」


 少しばかしベリルが褒められすぎてる気がした。このぶんだと、うちの連中がイエーロについてこなくなるかもしれんと不安になったんだ。

 でも、たしかにヒスイの言うとおりかもしれねぇな。


「けれどベリルちゃんは優秀すぎるのもたしかです。アセーロさんと私の子なのは間違いありませんが……。あなたは気になりませんか?」

「どうだっていいや、んなこと。正体知りたきゃ本人に聞いてみろ。あいつが俺を父ちゃんと呼ぶんならベリルは俺の娘だ。それ以上も以下もねぇ。ちっとばかし小賢しいが、それもそれで可愛いもんじゃねぇか」

「ええ、仰るとおりですね。ふふふっ」


 ヒスイはなんか聞いてんのか?

 ま、べつにいい。たとえ自称してるとおりに悪魔が憑いてようが気にしねぇさ。


 それによ——


「どうだい? めちゃくちゃキレてんだろ!」

「おお! ビュッと気合い入った振り下ろしじゃねぇか」

「へへっ。小悪魔殿が言ってた絞りと引きだよ」

「おおそれなっ。あとよ、押すのは引くときだけってのも目から鱗だよな」

「相手の重さを活かして、いい位置奪うってやつか。あんなん普通は考えらんねぇよな」

「感覚で掴んでる者はいるだろうさ。だが、そいつを理合にまで落とし込んでるとこが、小悪魔殿のスゲェところだ」

「テコの利き方とかな。ああいうのを天才って言うのかねぇ」

「そうだの。だが、言葉遣いだけはちとおかしいがの」

「そりゃあ、ワシらも他人のこと言えんぞ」

「違ぇねぇ」


 定番のオチなのか、示し合わせたみたいにガッハッハと笑う面々。

 こんなふうに娘をベタ褒められて、悪い気ぃする親父はなかなかいねぇと思う。俺だって例外じゃねぇしな。


「でもさっき教えてくれた、縮地ってのがわかんねぇんだよな」

「よっしゃ。まだ休憩中だし、いまのうちに聞きにいってみっか」

「おお! 行こうぜいこうぜ!」


 これをベリルが誤解なく受け止めてりゃあ、俺も喜ぶだけで済むんだがな。



 訓練後、夕飯前——


「はぁ〜あ。あーしってばマジ罪な幼女……」


 案の定、ベリルは戯けたことをぬかしはじめた。


「いやーなんか今日もさーあ、休憩時間だっつーのにー、知らないこと聞くフリしてモーションかけてくる男が絶えなくってー」


 やっぱりか。がっくしくるわ。

 あいつら真剣に聞いてるんだからな、そこはわかってやれよ。


「あんなのあーしがテキトー言ってるだけなんだしさー、いちいち間に受けなくてもいーのに。てか、あれって絶対わざとだし。教えておしえてーって、あーしとお喋りしたいだけなのバレバレだっつーの。でも〜……、ふひひっ。ほーんとモテすぎて困っちゃ〜う」


 困ってるふう自慢ってやつか。照れ隠しの強がりみたいな感じではなさそうだ。

 とりあえず、あんまりな物言いもこの際流してやる。

 けどよ、適当って……。んなわけあるかっ。


「適当に教えたにしちゃあ、みんな成果出てるじゃねぇか」

「あっ、それねー。テキトーって言ってもホントにテキトーじゃなくってー、聞き齧ったことをなんとなーく言ってみただけ、みたいな。てゆーか奥義とかそんなレベルのスゴイのだから、そもそも簡単にできるわけないじゃーん。なのにみんなやろうとしてさー……」

「ある程度はモノにしちまってるってわけか」

「そー。やっぱ、あーしに憧れちゃってるのが原動力、的な。みんな『カッコいーとこ見せたーい』ってめちゃ必死だし」


 そう思うのはオメェの勝手だけどよ。


「攻略対象がイカチーおっちゃんばっかなのは微妙だけどー、こーゆーのもありっちゃありかもっ。ひひっ」


 やっぱり好き勝手言いすぎだ、こいつは。


「オメェってさ、実は男好きなんだな」

「——なっ⁉︎ そんなビッチみたいな言い方しちゃやだー。あーしそんなじゃねーし。最後の一線だけは絶対死守して勿体つける小悪魔だし」

「ふっ。そうかい」

「ああ〜っ。父ちゃん信じてなーい!」

「ぷ、ぷふっ。見た目三歳の五歳児に、最後の一線とか……言われても、くぷぷっ……なぁ?」


 笑っちゃまずかったらしく、このあとはキーキーぎゃあぎゃあ文句垂れられた。


「また笑ったら、次はスッポンけしかけるかんねっ」

「おおう、いつでも来いや。返り討ちにしてやらぁ」

「むー! 食べちゃダメだかんねっ」

「いまじゃスッポンも大事な戦力だ。食ったりするかっ」

「ならいーけどー」


 さてさて、ずいぶん長いことベリルと二人きりだが、それには理由がある。

 ヒスイが、イエーロ含めたうちの連中に魔法の手解きをしてるからだ。


 魔法っつっても火ぃ放ったり石礫を飛ばしたりするんじゃなくて、俺が我流で磨いてきた身体を強くする魔法を伝授するそうだ。

 これまで俺が使うだけで、教えてやったヤツもなんとなくしか理解してねぇし、それで充分だった。

 だが、今回はいい機会ってことで、ヒスイ先生がキッチリ仕込むってわけだ。


「あーしもママの講義聞きたかったなー」

「オメェにはまだ早ぇとよ」

「そっかー。あーしも、もっとスゴイのできるようになんないとねー」


 充分とんでもねぇんだけどな。

 でもしばらくは、少なくとも自分で気づくまでは黙っておく。魔法に関しちゃあ、そういう教育方針でいくらしい。


 ちなみにベリルが使う魔法に、こないだヒスイが系統名をつけた。まだ仮称だと断りがあったが、その名も『家電魔法』というそうだ。


「次、どんなのやってみよっかなー」


 ヒスイの言うとおり、伸びのび自由にやらせた方がいいんだろうな。こいつに限っては。

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