すでに王都はお祭りムード⑩
広場で稽古してんのは平民だけ。
サボリ関ことプラティーノ殿下やウァルゴードン殿はもちろん、ポルタシオ閣下のお孫さんのアルコとランシオも見かけなかった。
当然か。貴族連中で出場しそうな者らはテメェんとこの敷地でやってんだろうからな。
それはうちの跡取り息子も同じ。
「次、兄ちゃんとこいってみよーよー」
「ダークエルフのコミューンなぁ……」
「あんましノリ気じゃない感じ?」
そういうわけじゃあねぇんだが、手の内を探るのはどうかと思っちまう。
「ママもいるだろーしヘーキっしょ」
「軽くだ。ちょっと顔見せして帰る程度なら構わんぞ」
「んじゃ差し入れもってこーよー。ひししっ。つーかこれスパイみたいだし」
スパイ? 間者のことだったよな。
「んなマネするか」
「いやいや、父ちゃんはやんなくっていーのっ。あーしみたいな小っちゃい子がスパイすることに意味あるし。探偵でも可。めっちゃ人気者なっちゃうもーん」
いったいなんのこっちゃだ。
この口ぶりなら、あまりマジメに取りあう必要はなさそうだ。
「それはそうと手土産はどうすっか。なんぞ案はあるのかい?」
「麦ジュースとハンバーガーのセットがよくなーい。本番前に感想とか聞いときたいしー」
こういうとこ、コイツは実に合理的だと思う。
◇
俺らが小悪魔ヒルズに戻ったのは、ちょうど昼メシどきだった。
先日の式典とこれからのスモウ大会に合わせて来てる客が多くいて、いつにも増して大繁盛。
「おうクロームァ。メシは済ませたのかい?」
「ええ。売り子さんたちは」
つうことはテメェは後回しか。
イエーロが外したまんまだから余計に大変なのかもしれん。
ったく、あのバカ息子が。つっても嫁さんが許したからこそ、鍛錬の日々を送れてるんだろうけどよ。
「なんなら俺らでサユサのメシを世話するぞ」
「大変恐縮ですけど、お願いできますか?」
んなことでいちいち畏まらんでもいいっての。
「ついでだついで、気にすんな。ちょうど台所を借りたかったところだ」
「ゴハンしたら、店番あーしらが変わるし」
は? なに言ってんの、コイツ。
「ベリル様が……ですか?」
「そーだし」
ほれ見ろ。クロームァだって『大丈夫か?』ってツラしてんだろ。忙しいのにムリ言ってやんなよ。
「ベリル、仕事の邪魔すんな。行くぞ」
「邪魔じゃないもーん」
「わぁったから。サユサが腹空かして待ってんだろが」
「うおっ、それは大変だし! サユサちゃーん、ねーねがすぐ美味し〜の作ってあげっかんねー!」
普段のノシノシ歩きからは想像もつかん軽々しい足取りで、ベリルは階段をテンテン駆けのぼってった。
放っとくわけにもいかんので俺もつづく。
台所につくと、
「——お腹空きすぎで、ぐったり⁉︎」
サユサが子供用のイスで白目剥いてた。
つってもベリルの言う理由じゃあなく、ただ単に背もたれによりかかって寝てるだけ。
昼寝してたとこへ喧しいベリルがやってくればイヤでも目ぇ覚ます。
ぐずられるのは大変そうだが、そいつぁ杞憂に終わる。
「…………ふぅん……だーれ?」
「あーしあーし。もー忘れちゃったん? ねーねショックだしぃ」
「……ふあ〜ぁあ……あーし?」
「そーそーあーしあーし。ねーねだよー」
「ん? ねーねぇ? あーしぃ?」
どうやらサユサは、ベリルの名前を『あーし』と『ねーね』で区別できとらんらしい。
俺の方へは指差して、
「じーじ」
ってな具合だからな。
せっかくなんで、これでもかってくれぇ勝ち誇った顔をベリルに向けてやった。
するとムキになり、
「ぐぬぬ……。こーなったら胃袋つかんじゃるし」
台所のあちこち「〝ポチィ〟」と、お得意のデタラメ魔法でメシをこさえてく。
「ぽちー、ちーちー。きゃははっ」
マネしてサユサも身体を揺らす。フワフワ宙を舞う食材や調理器具に手ぇパチパチさせて、ご満悦。
止める気にもなれず、ヤンチャな孫娘のイスが倒れんよう押さえとくに留めた。
「ヘイ。サユサちゃんのぶん、お待ちどー」
「へーいへーい」
「おっと。まだハンバーグじゅーじゅーであっちっちだから、気ぃつけてねー」
四つ切りのハンバーガーを皿に乗せて、手で掴める位置へ。
すかさずサユサの手は伸び、
「いたらきまっ——はふっ」
ハフハフしながら食いはじめた。
「もぉ〜う。口まわりべっとべとだし〜。ふぁぁ……めっちゃ可愛ーんだけど〜。マジ天使すぎて、見てるだけで寿命伸びちゃ〜う」
オメェがそれ言うとシャレにならんな。
「おうベリル。愛でるのもいいがよ、クロームァのぶんも用意してやれ」
あと手土産にするぶんと、俺のぶんも忘れねぇでくれよな。
サユサは腹いっぱいになったら、またスースー寝息をたてはじめた。
イスのまんまもよくねぇんで幼児用の寝台へ移してやる。
「よーし。クロームァちゃんと交代してくるし」
休憩をとらすために代役を買ってでようとしてんのは立派な心掛けだとは思う。だがな……。
「オメェだけじゃあ心配だ」
「——え゛」
なにイヤそうな顔してやがる。
「もしかして父ちゃん、お店に立つつもり? 正気? 営業妨害?」
「なぜ八歳の、見た目三歳児のベリルができる仕事を俺にはできんと決めつける。親父を侮んのも大概にしろや」
「いや、父ちゃんにはムリだってー。接客とかゼッタイやめといた方がいーしー。ここ、ぼったくりバーじゃないんだかんねー」
ったく、親父を嘗めやがって。客の対応くれぇ普段からこなしとるわ。
「いいだろう。そこまで言うんなら勝負すっか」
「ほほーう。インフルエンサーのあーしと、なに競うつもりなーん。ビビって帰ったお客さんの数とか?」
このやろっ。
「ズバリ売り上げだ」
「へえ〜。べつにいーけど〜。クロームァちゃんがゴハン済ませて戻るまでねー。ハンデあげよっか?」
「いらん」
「まーた父ちゃんムキになっちゃってー」
「なっとらん」
俺とベリルはバチバチ紫電を行き交わせながら、売り場に戻った。
それから不安げに何度も振り返るクロームァをメシにやり、
「目にモノ見せてやんぞ」
「脅かして押し売りしちゃダメだかんねー」
「んなマネするか」
父と娘の接客勝負がはじまった。




