すでに王都はお祭りムード⑨
前々から王都はスモウ大会の雰囲気一色だったが、式典以降その色合いが濃くなった気がする。
それに触発されたってわけじゃねぇんだろうけど、今朝も早くからイエーロは特訓に出かけてったそうだ。
宿で朝メシを済ませたあと、アンテナショップ改め小悪魔ヒルズへ訪ねたら、出迎えたクロームァからそう聞かされた。
わざわざ親父が王都まで来てるんだぞ。ちったぁ絡もうとすりゃあいいもんを……。
ちなみにヒスイも朝から俺らとは別行動。
ダークエルフのコミューンに行くと言ってたんで、おおかたイエーロの尻でも叩いてるんだろう。
「父ちゃんってば、みんなに遊んでもらえなくってカワイソー」
そういう言い方やめてくれよな。
「バッカオメェ。まだブロンセがいるぜ」
「それが、兄もルリさんと出かけていまして……」
んだ、いねぇのかよ。せっかく奢ってやろうと思ったのに。
「もしかしてデートだったりー?」
「いえ。出ていくたびに服がボロボロになっているので、違うかと」
「ほーほー。つーことはルリちゃん、あれホンキにしちゃったんかー」
「おい、いまの『あれ』ってなんだ?」
俺の問いに、ベリルは口許を波線にする。面白くってしかたねぇってところか。
「勿体つけんなや」
「ひひっ。あの二人、ズルズルいきそーだったからテコ入れしてあげたのー」
アゴをしゃくってつづきを促す。
「よーするにねー、ルリちゃんに『お相撲大会で優勝した壇上からプロポーズされるとか、マジよくね?』って感じのお手紙しちった〜っ。けっこー前に〜」
「——ッ⁉︎」
こ、このバカたれめ。なんつうことを吹き込みやがんだ。
「きっと愛の鞭でビシバシ鍛えられてっし」
「…………だろうな」
いまごろブロンセがダークエルフの技を仕込まれてんのは確かめるまでもねぇ。
いってもアイツは器用だし、ゴリ押しのうちの技よりは向いてんのかもしれん。となると案外いい線までいくか。
「テメェの足で歩いて帰ってきてんだよな?」
「ええ。ひどく疲れた顔はしていましたけど、気持ちが萎えたような目はしていませんでした」
妹のクロームァから見て大丈夫そうだってんなら問題はねぇか。
つうか、そもそも男女間の話に首を突っ込むのもヤボってもんだしな。
んで、そのヤボな問題児はといえば、
「ねーねー父ちゃん。見にいってみよーよー」
ヤジ馬してぇんだと。
◇
「へー。こんなとこあったんだねー」
「前も通ったことあんぞ」
ベリルを連れて訪れたのは、王国兵の練兵場の近く。王都の城壁を抜けた先にある幅広な一本道だ。
スモウ大会の当日は多くの人が行き交うことになるんだろうけど、一部はまだ舗装が済んでねぇようで、各地から集まった者が身体を動かす場となっている。
いちおう、端に敷いてある魔導列車のレールの辺りは避けるように使ってるようだ。
「——いたいた!」
ベリルが指差す方を見ると、目当てのブロンセではなかった。
「うむ。なかなか筋がよい」
そこにいたのは東方からやってきた剣術家のモモタ殿。
どうやら手押しスモウを指導しているらしい。んで、教えられてんのは、
「おっちゃん! もっかいっ」
リリウム領の見込みあるチビ、ハナタレ山ことモコだった。
しゃがんで背丈を合わせたモモタ殿に何度も挑んでってる。しゃにむに腕を突き出しては転がされて、また立ち上がる。
はじめに転び方を教えてあんのか、やたらコロコロッと転がり服は泥だらけ。でもケガしてる様子はねぇ。
「なんか師弟関係っぽいし。あの組み合わせヤバくなーい。チコマロとエドのコンビ、大ピンチじゃーん」
そう口では言うが、ベリルはニヒニヒと楽しそうだ。まっ、気持ちはわからんでもない。
「いったいどういう経緯で……」
半ばまで出かかった疑問は、
「そこの童もいっしょに稽古せぬか?」
実際にモモタ殿がどう振る舞ってんのかを見て、すぐ解けた。
「マジメっぽい人だけど、モモタロさんって何気にコミュ力高くね。優しそーだから誤解とかされなさそーだしー」
なんぞ含みがあるように聞こえんのは俺だけか? 言外に『父ちゃんとは違ってー』とでもつけ加えたそうに聞こえたぞ。
「あっ! あっちあっちー」
こんどこそブロンセを見つけたようだ……が、なんだい、あの絵面は。
「ん? 鬼ごっこ⁇」
ごっこもなにも俺もブロンセも紛れもねぇ鬼だ。混血って意味で言やぁちっと違うのかもしれんけど。
んな言葉遊びはどうでもいい。
問題はアイツら。どう見てもスモウの練習してるように見えねぇんだ。
「めっちゃルリちゃん幸せそーだしー」
「…………ああ」
チビどももいる公共の場所で晒していいもんたぁ思えんほどにな。
恍惚とした笑みを浮かべるルリを捕まえようと、ブロンセは右へ左へ。だがルリはヒラリヒラリと躱わすんだ。
「ふひひっ。土俵んなかで『つかまえてごらんなさーい』しちゃってるし。めちゃエッチぃし」
そう。辛うじてスモウの稽古だとわかるのは、それが土俵らしき輪のなかでおこなわれてるから。
けっこう本気でブロンセは間合いを詰めてんのに紙一重で避けられ、伸ばした手は宙を掴むハメに。合間あいま、ふくらはぎや太ももをペシペシ蹴られてる。
仰け反りながらでも、ルリは長い脚をしならせて鞭みてぇに打つもんで、ブロンセの追い足は鈍ってくばかり。
遂には立ってられなくなった。
「——あっ! 膝かっくーんって!」
だが休ませてはもらえず、すぐに回復魔法をかけられて、再開。
「真っ直ぐ退がらんのは、厄介だな」
「ほーほー。ってゆーと?」
「ルリは相手の外側、とくに進みづれぇ方に身体を逃がしてんだろ。おまけに蹴りまで残して。ありゃあつづけられるとイヤになると思うぜ」
「なーる。ローキックとカーフキックをペシペシしてススーッと避けちゃうのかー」
コイツ、案外わかってんだな。
だがこれだけのはずがねぇ。ひと目につくとこでいまのを見せてるってことは……。
「ひひっ。隠し球ありそーじゃね?」
「だろうな」
もうスモウ大会に向けた牽制合戦は、はじまってるってことらしい。




