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すでに王都はお祭りムード⑧


 まず俺は立ち上がり、聖剣を鞘——トゲトゲした円錐がみっちりの六角柱——を床に立てた。

 ズッシリとした重みで沈む。いかにも高価そうなフカフカ絨毯に跡が残らんかが心配だ。


 真っ先にやってきたのは陛下。

 この時点ではまだ、抜いてみようとその後ろに並ぶ者はいない。


「やることたぁ単純。抜こうと意識しするだけで、抜けます」


 つづけて柄を握り、ゆっくりと剣身を露わにした。


「「「おおっ…………」」」


 半ばまで見せたところで鞘に納める。

 本来なら御前でこんなマネが許されるわけがねぇ。だが、止めに入る者を陛下は制したんだ。


「斬れ味のほどは抜けたら好きに試せばいい」


 こいつの鋭さは何者であっても持て余す。


「たぶん納剣したまんまの方が使い勝手がいいと思うだろうぜ」


「「「……………」」」


 未だ、一目見ただけの赤黒く禍々しい鞘から覗かせた剣身に、存在感のみに全振りしたような透きとおる聖剣の刃に、誰も彼もが心を奪われたまま。その状態から抜け出せずにいた。


「硝子のようでいて……」

「まったく脆さを感じさせない」

「それどころか……」

「解き放たれた存在感に圧倒されてしまったぞ」

「まったくもって」

「これが神気で象られた、聖剣か……」


 みんなで言葉を紡いでかなきゃあ、一つのセリフもままならん。そんくれぇの心酔っぷり。

 しかし、いつまでもこのまんまじゃあ面白くねぇ……じゃなかった。収拾がつかんよな。


「では、陛下からどうぞ」

「——おおっと、であったな」


 息を呑み、陛下は厳かに柄に触れる。そして目を閉じた。


「…………ムムッ。やはりムリであったか」


 皆、黙る。なにも言えないというのが正しいか。

 だが微かな動きはあって、陛下の次は自分だとジリジリつま先を動かし位置取りをはじめるヤツもいた。


 そんな慎重な空気をまったく読まず、


「これさー、見物料と参加費とったらゼッタイ儲かったのにー。つーかお相撲大会でもやっちゃう? まーいーや。はいはい、みんな並んでならんでー。こっから一列ねー」


 ベリルはさっそく仕切りはじめた。


 これに乗り、ズンズン巨体を揺らし名乗りを挙げたのは——


「二言は許さぬ。我が聖剣を抜いた暁には、本当にもらってゆくぞ」


 ウァルゴードン殿だった。


「さっすがワル辺境伯ぅ。偉い人とかいたって、よゆーで空気読まねーしー」


 おいベリル。相手は辺境伯、普通に偉い人だ偉い人っ。権威と権限だけで数えりゃあ陛下の次だぞ、このバカちんが。


「鞘に納めたまんまの方が、ウァルゴードン殿には似合いそうですがね」

「フッ。抜かせ。が、我もそう思う」


 俺の軽口に応え、引き抜く姿勢に。


「————ッ⁉︎ これほどとは!」


 どうやら鞘ごと持ち上げようとしたらしい。

 へんっ。素直じゃねぇヤロウだぜ。


 そのあとも挑戦者は途絶えず。

 なんだかんだで全員が参加。タイタニオ殿やリリウム殿、官僚たちもが並んでた。しれっと近衛まで。


「ひひっ。マジ聖剣の握手会だし」


 と、仕切っていたベリルまでやりたがる始末。

 といっても背が足りんので俺が抱えあげてやってだったが、それも失敗。


 もう列も位置も身分差なんかもめちゃくちゃ。

 厳粛さなんぞカケラも残っちゃいねぇ。同じ高さに全員が立ち、おんなじモンを試す。まずあり得ねぇ絵面だ。


 しかしこれを収めてこそ——


「皆の者、これでわかったであろう。トルトゥーガは聖剣に頼ってはおらぬ」


 元首だ。


 段取りなんぞなくっても全員が等しく陛下の前に跪く。意外なことに、お行儀よくベリルもペタン座り。


「かの者は己の武と知と勇をもってして、自らが守りたいモノを守るのだ。そのなかには余が治めるミネラリア王国も含まれておる。それで善いではないか」


「「「ハッ!」」」


「急激なトルトゥーガの台頭に思うところがある者もおろう。ならば武勲を立てよ。それに及ばぬならば領地を発展せしめよ、領民を豊かにせよ。その手腕についてトルトゥーガはなにも隠し立てしてはおらぬ。まずは模倣から入るのも善し。国王ですらそうしたのだ。なにを憚ることがある」


 思うところがあるのは、なにも立場が近い貴族たちだけじゃねぇ。陛下だってその一人だ。

 だからこそ、自分を脅かしかねん存在を受け入れる度量を示された。


 だったら俺も応えなければ。

 

「勇者などという肩書きではなく、アセーロ・デ・トルトゥーガ個人として、改めて、国王陛下並びにミネラリア王国に忠誠を誓います」

「はいはーい! あーしも王様に清き一票だし」

「さようか。忠義に報いると約束しよう」


 ここでポルタシオ将軍がパチパチと。

 その拍手に皆がつづきハチャメチャにしちまった式典は一件落着、でいいだろ。



 なんかノリと勢いでやり終えたが、だからこそかもしらんけど……、めちゃくちゃ疲れた。


 予定より長引いちまったんで、御者を頼んだイエーロには馬車ごと先に帰ってもらった。あんだけやらかしたんだから気取る必要もねぇ。だからもう構わんだろ。


 で、いま俺はベリルの手ぇ引いて、のんびり屋台を冷やかしながら宿に向かって歩いてるわけだが……。


「いやー、けっこー面白かったし」


 そういやホッとして頭からスッポ抜けてたが、ベリルのやつ、式典の最中に笑かそうとしてくれやがったな。


「なに言ってやがる。面白ぇのはこっからだぞ」

「まだなんかあんのー?」

「おう。イイ子にしてなかった行儀の悪ぃ娘に大目玉食らわせなきゃあならん」

「そそそ〜……」


 ススッと気配を消すベリルをトッ捕まえる。


「見えてる状態で早々逃すかってんだ」

「あ、あーし悪くないもーん。父ちゃんの表情が固ぇからニッコリさせてあげよーとしただけだし〜」

「そうかいそうかい。ならオメェのお手柄ってことで、」

「そーそー、そーだし。褒めてほめてー」

「よぉし。母ちゃんにもお利口さんなツラぁ見せてやらなきゃあなるめぇ。次は、オメェのひょうきんヅラのお披露目といこうぜ」

「……え゛」


 へへっ。まぁた面白ぇ顔してやがる。違うか。これは引き攣ってるだけだ。


「——やだやだや〜だ〜! あーゆーのママに見せたくなーい、見られたくなーいっ」

「大丈夫だって。ヒスイも褒めてくれるさ」

「いやぁ……、ホントにイヤなんだけど……」

「なんならイエーロとクロームァも呼ぶか? ダークエルフの者らにも声かけて——」

「ごめんごめんマジかんべ〜ん!」


 しゃあねぇ。こんくれぇにしといてやるか。

 これに懲りたら……って、ベリルが懲りるわけねぇよな。

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