すでに王都はお祭りムード⑦
——とうとう迎えてしまった式典当日。
いま俺は控え室にいる。
以前ベリルから贈られた一張羅を着ているんだが、この格好と聖剣(金棒の鞘付き)とのチグハグ感、半端ねぇ……。
服装なんぞ気にせん俺でさえどうかと思うほどだ。
すでにミネラリアに属する貴族たちは参列していて、もしかしたら既に陛下もいらっしゃってるかもしれん。
いつ呼び出されるかとソワソワしちまう。
そいつと同時に、
「くひっ。じゃー父ちゃん、まったあとで〜」
と、近衛に誘導されてったベリルがいまも大人しくしてんのか気になってヒヤヒヤしちまってもいる。
こういう落ち着かねぇ気分で待つこと、しばし……。
「トルトゥーガ子爵様。そろそろお時間です」
「おう。案内を頼む」
段取りは到着してからなんども確認済み。
陛下の前で跪いたら聖剣を鞘に収めたまま横向きに置いて、あとは話を聞くだけでいい。終いにお約束の返事を返す、以上だ。
よし、大丈夫。
長い通路を進んでった先で立ち止まると、案内役の近衛は、背丈の倍はある扉を開く。
まず目につくのは真っ赤でだだっ広ぇ豪奢な床敷き。
その両側には諸侯らがズラリと並んでいた。
促されて歩ってく。
前後左右からは様々な視線が。
向けられた多くには羨望や畏怖というケツがムズムズする感情が込められていて、なかには見知った者の好意的なモノや同情的なモノもあった。
っとに。居心地悪くってしかたねぇや。
それらに紛れ、いや、あからさまに嘲りや妬みが混じる目つき。
なにげにこっちの方が気楽に感じるんだから、案外テメェで思ってる以上に俺は屈折してんのかもな。
それらも前を過ぎるときに、俺から腰の聖剣(金棒のの鞘入り)へ目が移った。
するとだ。大半の者は肩を小刻みにプルプルさせ、残りは『聖?剣?どれ?』みてぇな困惑ヅラとなる。
事前にある程度——とくに形状について——の説明は済ませてるはずなんだが……。
聞くと見るでは大違いってことなのかねぇ。
しかし落ち着かん。
このソワソワした雰囲気のせいもあるけど、ここにいるはずのベリルの気配が見当たらねぇのが主な原因。
居並ぶ諸侯の後ろ、壁際に規則正しく整列した近衛の誰かといっしょに観ているっつう話だったんだが……。
あんにゃろ、さてはわざと気配を消してやがんな。
そうこうしているうちに『ここで立ち止まれ』ってぇ目印まで。
それは、よっく目を凝らさんとわからんくれぇ自然に絨毯の模様と溶け込んでいた。
腰のモンを外し、跪くのと併せて陛下に対し横向きに置く。
「アセーロ・デ・トルトゥーガ子爵よ……」
と、何段も高いところに設えられた玉座から、陛下の口上がはじまる。
正直まったく耳に入ってこねぇ。
お側にはポルタシオ閣下らお偉方がいて、そう遠くないとこにタイタニオ殿やウァルゴードン殿もいた。
だが、俺の意思は後ろの方へ向きっぱなしであっちきたりこっちきたり……。
身体操作の魔法で感知を高めてやれば見つけられるかもしれんけど、さすがにこの場でやるわけにもいかん。
もういい。そのまま終いまで大人しくしてろ。
と、半ばベリルの把握を諦めた——が。
いた。
後ろじゃあなかった。
見事なまでの隠形かまして、居並ぶお偉方の脚の隙間っから、こっちへニタニタヘラヘラ手ぇ振ってやがるんだ。
顔を伏せたまんま視線だけで確かめてるから、アイツがちんまいのもあってバッチリ真正面。
なんども目が合い——
おいコラやめろバカっ、ひょうきんなツラ見せんじゃねぇよ!
くっそ。笑かそうとしやがって。
上手いこと周囲の死角を選んでるのと、まるで存在感なしだからか、誰一人として気づいとらん。
いいや違うか。ウァルゴードン殿は察してるっぽい。
つうかベリルのやつ、普通に脚をポンポン叩いて『いぇーいワル辺境伯ぅ』って指二本立てて挨拶してらぁ。
どうでもいいが、さっきからゴホンゴホン咳払いしてんのは誰だい?
いちおう厳粛な場だぜ、ここは。喉の調子が悪ぃのかもしれんが、ちっとのあいだくれぇガマン——
「ゴホンッ! トルトゥーガ子爵殿、宣誓を」
左大臣殿だった。
いかんいかん。俺が応える番がきちまってたみてぇだ。
「………………」
……ヤベェ。いまのでスッポリ返事のセリフが抜け落ちちまったぞ。思い出そうとすると余計に頭が真っ白で……。
辛うじて俺が搾りだせたのは、
「……ち、誓います⁇」
だけだった。
辺りには『え? なにを?』って空気が広がる。
震える肩に頬を押しつけてる者が一部いて、その多くは俺のことをよく知る連中。
ベリルは目に涙を浮かべ、両手で口許を抑えてらぁ。
その他の悪意もってたヤツらなんかも、皆ポカーンと間抜けヅラ……。
「「「…………ッ……ッ……」」」
ど、どうすんだよ、これ。
ほら陛下、早くなんかイイコト言ってまとめてくださいよ。隣の左大臣殿でも右大臣殿でもいいからさ! 早く誰かっ。つうか助けてポルタシオ閣下っ。
痺れ切らしてお偉方の様子を伺えば、君主家臣揃って顔を強張らせてる。
一瞬怒らせちまったかとヒヤッとしたが、肩がプルプルって、口元がピクピクって。
……んだよ、笑い堪えてんのかよ。
元はと言やぁ娘に気ぃとられてた俺が悪ぃんだけどさぁ。にしたってひどくねぇか。
そう思った俺は開き直ってやった。でもねぇと収拾つけられん。それに、不躾な視線にもいい加減うんざりしてたんだ。
「陛下。式典の最中に申し訳ありませんが、カブキ御免状を行使させてもらいます」
いちおうの断りを入れて、俺はドカリと胡座かく。
そんでもってグルリと諸侯らへ目配せ。
「ひとまず、俺が勇者なる称号に相応しいかは置いておくとして……」
さっきまでの浮ついた空気は掻き消えた。
他は理解が追いつかんってぇツラがズラリ。
急に態度を変えた俺に訝しむ視線もちらほら。
「各々方。この物騒な得物が本当に聖剣なのかを、確かめてみたくはねぇかい?」
あたりが騒つく。
「トルトゥーガ殿、いったいなにを……」
いち早く落ち着きを取り戻したポルタシオ閣下が、諫めるでもなく問うてきた。
「正直、俺ぁ勇者なんぞにこれっぽっちも興味ねぇんです。もちろん権力にも、この聖剣だって別になんとも思っとりません。ですから、鞘から抜ける者がいれば譲ってやってもいい。はじめっから陛下が望まれるんであれば差し上げるつもりだったんだ」
この展開に黙ってられなくなったのか——
「おおーう! いーじゃんいーじゃーん、抜けたらプレゼントとかマジ聖剣っぽいイベントじゃ〜ん。やろやろ。ねっ、ねっ、ねー王様いいっしょー?」
いきなり存在感全開のベリル。
当然、居並ぶ諸侯はギョッとする。思わず得物なしの腰に手が伸びかけたヤツまでいたほどだ。
「どーもー。あーし、トルトゥーガさんちのベリルちゃんでーす。みんな小悪魔って呼ぶし。よろしくプリ〜ィズっ」
俺とベリルのやりたい放題に、とうとう陛下は我慢の限界を超えちまったようで、
「——ハッハッハッハッハ‼︎ 面白い。面白いではないか!」
あぁあ、悪ぃ癖がでちまった。
「へ、陛下!」
と右大臣殿が止めてもムダ。
「なにを憚ることがある。こたびの式典の主役であるトルトゥーガがやれと申しておるのだ。遠慮はいらぬ。我こそはと思う者は抜いてみせるがよい。もちろん余も参加するぞ」
こうして、せっかく用意してくださった厳粛な式典は、ミネラリアの権力者たちが一堂に会したお遊び会的な雰囲気に。
さっきまで蔓延ってた様々な思惑なんざぁどこぞの彼方まで吹き飛んじまった。




