すでに王都はお祭りムード⑥
——王宮からの帰り道。
ふぅ……気が重い。
陛下の前で勇者と認定される式典が俺を憂鬱にさせてんだけどよ、それだけじゃねぇんだ。
「あーあ〜スマホあればなー。マジ動画撮りたかったしー」
ベリルの参加を認められたことが一番の原因だ。
ポルタシオ閣下、二つ返事だぜ。あり得ねぇだろ。
いまさら言ってもどうにもならんが、おおかたベリルが参加を捩じ込んでくると目星つけて、事前にお偉方のあいだで決めてあったんだろう。
近々に迫ったスモウ大会の件もあり陛下はご機嫌。うっかりコイツのワガママを聞いちまいかねんからな。だったら先手を打って、ってな具合によ。
つっても、たかだか子爵の娘ごときが他の貴族たちと同列に並べるわけもなく、壁際の近衛たちの位置と伝えられたが……。
「オメェに言ってもムリなもんはムリだよな」
「なにがー?」
「式典のあいだ大人しくしといてくれっつう俺の切なる願いだ」
「ヘーキヘーキ。あーしイイ子にしてるもーん」
早々に諦めた方がよさそうだ。そっちの方が胃の負担が少なくて済む。
◇
——常宿。
目の前の茶はもう湯気を立ててねぇ。
「とても悩ましいわ……」
ヒスイがベリルの式典参列を聞いて、悩んでんだ。割と本気で。
「ママも来ればいーじゃーん。つーかいっしょ行こーよー」
「そうねえ……。けれどママは、ベリルちゃんとは違う場所に並ぶことになるはずよ」
「王様にお願いしてみればー。イイ感じの場所よろーって」
「おいベリル。滅多なこと言うな」
「ダメなん?」
今回の式典は、陛下から勇者の称号を認められる儀式をすることで、改めてトルトゥーガは臣下だと知らしめる狙いがあるんだ。そんくれぇオメェにもわかんだろ。
そんな場で、こっちに忖度させるようなマネできるかってんだ。
……いや。わからんのだな。
ついついコイツの言動に慣れて忘れっちまうが、ベリルはまだ八歳だ。見た目は三歳児のまんま。
「今回は俺が遜るさまを諸侯に見せなきゃあならねぇ。それは理解できるか?」
「王様を安心させるためっしょー」
「それもあるが、ヘタな野心を抱く輩を俺たちに近づけさせんためでもある。こっちとしてもいちいち取り合うのは面倒だろ」
「ほーほー」
「もっといえばだ、俺が表に立ってオメェのやらかしを目立たなくするっつう狙いがあんのも忘れんな」
ここまでベリルに説明すると、
「残念だけれどママはやめておくわ」
ヒスイは式典の辞退を決めた。
もっとも、王国側もはじめっからそのつもりだったはず。
もし仮に俺へチャチャ入れる輩がいたとする。たぶん悪態つくヤツくらいはいるだろう。で、はしゃいでたヒスイは水を差された気分になってキレる。間違いなく。
すると陛下の御前で、その考え足らずな貴族は大魔導にブルッちまうハメになり……。もうこれ以上の想像はいらんな。考えたくもねぇや。
その点も含めて、ヒスイはヤメにしたんだろう。
「誰に似たのかベリルちゃんは少し怒りっぽいところがあるから、ママは心配よ」
確実にオメェ似だと思うぞ。
「あーしめちゃ温厚じゃーん。ゆーて、父ちゃんが乱闘騒ぎ起こさないよーに見張っててあげる的なとこあるし」
ねぇよ。
「よっく聞け。こいつぁ俺からの最大限の譲歩だ」
「なーにー」
「バカ笑いしても構わん。多少の悪ふざけにも目ぇ瞑ろう。どっちも俺が詫びれば済む話だ。だがケンカだけは売るな、買うな。絶対にこの約束だけは守れ」
「あーしそんなんしないってばー」
「いいから頷け。あと忘れんなよ、オメェが揉めたら俺は引けなくなる。わかったか」
「……はーい」
親父の晴れ舞台を楽しみにしてる——かどうかは微妙なとこだが——ベリルに水差すようなことばっかり言っちまった。
後悔半分。残り半分本音のところは、これでもぜんぜん言い足りんくれぇで、なんとも複雑な気分だ。
「つーかさ、王様の前で私語しちゃうくらいお行儀ワルい貴族ばっかなん? あーしの常識からして信じらんねーんだけどー」
陛下にタメ口利くテメェが言うなや。あと、常識があるとほざける図々しさにも驚いたぞ。
「そうやって見栄を張るんだ。こんな場であっても俺は自由に振る舞えるんだぞってなふうによ」
「そーなんだー。あーしの知ってる貴族さんって、実はけっこーまともな部類なんだねー」
「ああ」
「それとさーあ、もっと中央集権的な感じだと思ってたのに。ぜんぜん違うのかー」
聞き慣れん言葉だが、なんとなくコイツが言いてぇことは理解できる。
「大公国寄りに領地がある者なんかは、あっち向いたりこっち向いたり風見鶏して、やっとこさ領民を食わせてる。となりゃあ一概に悪ぃこととも言えん。そこらへん知っておけばいちいち腹も立たねぇだろ」
「やっぱし、どんなとこでも政治ってそーゆーもんなんだねー。ちょいガッカリだし」
それもオメェが大人になるころには変わってるだろうさ。魔導歯車の貸し出しや道作りによって王国のチカラが増してってる現状、これがつづけばな。
「納得いかねぇんなら、ベリルがやればいいだろ」
あからさまに煩わしそうなツラが返ってきた。
「ええ〜っ。マジで王様さまとかメンドーそーじゃーん。あーしがやるんなら女王さまになっちゃうか。てゆーかさ、ふひひっ、女王さまって響きエッチくね? 『女王さまとお呼びっ、パッチーン』とかやっちゃーう?」
まったくもって意味不明だ。
「役人になって国の役に立つ手もあるだろ。つうかそれが普通の思考だ」
さっきよりもひょうきんな顰めっツラを返されて、この話題は終わり。
このあと当日の正装についての話となる。
さっそくベリルがニタニタ。
「鬼ぃ〜のパンツはイ〜パンツ〜♪」
歌いながら勧めてきた虎柄の腰巻きを——即ポイッ——却下して、格好は無難なところで以前作ってもらった黒のスーツに決めた。
「めっちゃ似合うと思うのにー」
なにが悲しくて半裸で諸侯の前に立たねばならんのだ。このアホたれめ。




