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亀に跨がる幼女⑥


 ちっとも待ち遠しくなかった訓練の初日——


「せーれーつ!」


 亀型魔物のスッポンに跨ったベリルが、居並ぶ強者どもを前にして偉っそうに訓示を垂れる。


「ええー、テンプレなら『このウジ虫どもー!』とか、なんたら軍曹的な過酷な訓練をするとこなんだけどー。あーしってば口汚いセリフ言うのとか苦手じゃーん」


 いまのツッコミ待ちってやつか? オメェは充分に口汚ぇ。自信持っていいぞ。


「あとー、熱血とか根性論とかも好みじゃないから、あんまし厳しくしませーん。みんなでゲラゲラ笑いながら訓練しましょー」


「「「…………」」」


 まぁ、こうなるわな。みんなは『ガキの遊びに付き合わされんのか』って思ってんだよな。その気持ちはわかる。でもな、残念だが違うんだ。


「あーし、笑えって言ったし」


「「「……⁇」」」


「はーい。みんな笑えなかったのでー、広場を全力ダッシュ十周っ。イエーロ三等兵より遅かった人は全員やり直しー。兄ちゃん、ビリケツだったらあーし許さないかんね」

「——ひっ!」


 兄貴に圧をかけたベリルは、その足元へ指を向け……。


「よーいドン!」


 という発声の直後——地面が爆ぜ、あたりに炸裂音が響きわたる。


 腰を抜かしてる間なんてねぇ!


 即座に、俺とイエーロは全力疾走した。一発合格しなけりゃくたばる未来しか見えねぇからだ。

 だが、うちの娘だからと付き合ってただけの連中は、やや出遅れちまう。

 それでも俺らの必死の形相をみて戦士の勘が警鐘を鳴らしたのか、バタバタ駆けだした。


 俺を先頭に、少し遅れて団子になってる。で、イエーロを抜けてない連中がチラホラ。そのほとんどが若ぇヤツらだ。


 グルグル広場を回り、残りは二周になった——その時だ。


「あーあー、あーし笑えって言ったんだけどなー。みんな忘れちゃったみたーい。そーゆーことならー、あーしも何周目か忘れちゃおーっと」


 の、残りが十周に戻されてしまった。

 ったく。さっそく補足が必要なのかよ。走ってんのに喋るのキツいんだが……。くっそ、しゃあねぇな!


「オメェら情けねぇツラすんじゃねぇ! そういう弱味を見せたヤツから狙われんだ! 強がれ! ゲラゲラ笑え! 歯ぁ剥き出して凄んでみせやがれ!」


「「「応ッ‼︎」」」


 意図が伝わったみてぇでホッとした。なのによ、


「こらー! アセーロ三等兵っ、勝手に喋るなーっ。連帯責任であと十周ついかーっ!」


 ……り、理不尽だ。

 あとよ、訓練とはいえいくらなんでも俺を下っ端扱いはひどくねぇか。



 走ってんのか歩いてんのかわかんねぇくらいになったころ、ベリルは「這ってでも進めー!」と言いはじめた。

 もちろんゲラゲラ笑ったままだ。呼吸が危うくて顔色が青いヤツらもチラホラ。それでも休ませる気はないらしい。


 そうやってドロドロの泥塗れになって、俺らは完走させてもらえた。


「ママー。みんな疲れちゃったみたーい」

「はあい。みなさん、順番に癒してあげますからねっ」


 チッ。どいつもこいつもデレデレしやがって、アホどもが。これが地獄の入り口だってことすら想像できねぇのか!

 ほれ見てみろ。イエーロなんか、なるべく後回しになる位置どりして少しでも休もうとしてやがんぞ。

 よし。せっかくだし俺もそっちに行っとこ。


「へへっ。奥さんすいやせん。でもあっしらより旦那の方を先に」

「いいんですよ。アセーロさんは隠れているようですから」


 うぐっ。細やかな抵抗すらバレるのって、思ってたより恥ずかしいもんだな。



 その後も全員ヘバるまで、野太い縄を担いでの綱引きの勝ち抜き戦をさせられたり、恒例の腕立て伏せやら綱登り、スクワットもさせられた。

 もちろんパンパンに土砂満杯の背負い袋を担いで、繰り返し繰り返し……。ぶっ倒れるたびに回復させられて、幾度も幾度も……。


 そのうちに誰かが口走る。ベリルに恐怖の眼差しを向けながら『悪魔だ』と。

 親父である俺が目の前いるの忘れてんのかって説教してやりたくもあったが、同感でもあった。

 だから少しでもこの地獄が和らぐ可能性を教えてやったんだ。


「あいつな、小悪魔って呼ばれると喜ぶぞ」

「——なっ⁉︎ 旦那の娘さんは自ら悪魔を名乗ってるんですかい。こりゃあ驚いた」

「す、末恐ろしいっすね」

「いまでも恐ろしいわい」


 新米もベテランも一緒くたにぐっちょんぐっちょんにされて、見た目三歳児を畏怖する。とんでもない光景だった。



 そして数日も経てば——


「はーい。しゅーごーっ」


「「「応ッ! 小悪魔殿ッ‼︎」」」


「あーしの魅力のおかげで、みんなの団結力マシマシだし。ひひっ。マジヤッバ。あーしってば、めちゃ罪作りな幼女じゃね?」


「「「わーっはっはっはっはっ!」」」


 誰も彼もが言われるまでもなく、笑う。

 笑ってないのは目だけ。眼光のみが鋭くギラつき、白い歯を剥き出しにして笑えなくても笑ってみせる。


「そんじゃ、押し合い圧し合いありありのランニングからー。ちゃーんと重し背負ってねー。十数えたらスッポンが追っかけまーす。トロトロ走ってるとガブッていっちゃうかもー。はい、よーい」


 ベリルは耳を押さえて天に指先を向ける。


 ——パァァーーーン!


 恒例になりつつある炸裂音を聞くと、総員が駆け出した。

 この競走では肩でぶつかり合い、身体を張って順位を競う。

 いちおう手を使って引っぱったり足をかけたりは禁止されているが、手足の動きや重心のブレを狙って転かすのはありだ。むしろ推奨されている。


 もちろん首を傾げてた連中に補足したさ。

 これは『武器を持って両手が塞がってても相手をスッ転ばす練習であり、転ばされない足腰を作るためでもあるんだ』ってよ。


 でもな……。ベリルの、影がたっぷり差した邪悪な笑みを見るに、追い詰めるのを楽しんでるようにしか見えねぇんだよなぁ。


「えーなになにー、スッポンはお腹空いたのー」


「「「——ひっ!」」」


 その亀っぽい魔物が草食だってのを忘れて、みんな必死に笑う。半べそで走る。ベソかく寸前で引き攣りつつも笑ってみせる。


 ホントに笑ってんのは、ベリルとヒスイだけだった。

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