すでに王都はお祭りムード①
「——こ、これは凄まじい乗り物であるなっ」
誰だって知らんモノは怖ぇ。そいつは隙のねぇ御仁でも例外とはならんらしい。
いま俺とモモタ殿は、ベリルが運転する魔導三輪車に牽引された荷台の上。
スモウ大会はまだ先だが、いちおうは主催側なんでやることが多い。
つっても用のほとんどがベリルの付き添い。いくら弁が立つたぁいえ、八歳の娘を一人で出歩かせるわけにもいかねぇからな。
一足先に出立した俺らとは別に、うちからチビっ子スモウ大会にでるチコマロとエドは、あとからヒスイが連れてくる手筈だ。
「常より視線を遠くに向けておくと、多少は楽になるぜ」
「か、かたじけない。やってみよう」
そう答えたモモタ殿だが、グングン迫るみてぇに流れていく地面から目を放せねぇでいた。
「とうちゃーく」
道が整ったこともあって魔導トライクはスイスイ進み、王都までだって日を跨がず到着。
トロコロと半月近くもかけてたのが遠い昔に感じちまうぜ。
「モモタ殿。ここらに俺らの定宿がある。明日朝一で王宮へ案内するんで、今日んところはそこでいいかい?」
「いやいやとんでもない。そこまでの世話にはなれぬ。すでに紹介状までちょうだいしたのだ。あとは某の方でなんとか致す」
俺が頷くと、モモタ殿は未だ揺れの感覚が落ち着かないはずなのに真っ直ぐ立ち、丁寧に礼を告げて去っていった。
「ゆーて王都は治安いーからだいじょぶじゃなーい。てかあーし、ふぁあ〜あ……めちゃ眠みーし」
「おう。お疲れさん」
魔導トライクを宿の者に預け、部屋につくなりベリルはスースー寝息をたてはじめる。
合間に休みはとったが、だとしても丸一日かけての移動は堪えたんだろう。本人の希望とはいえムチャさせちまったかもしれんな。
明日は遅めの出発でいいか。
俺も疲れちまったし、たまには惰眠を貪んのも悪くはねぇわな。
◇
「おっきろー!」
感覚的には目ぇ閉じた途端に叩き起こされた。そんな気分だ。
いちおう朝になってるのは窓が白みはじめてることからもわかる。が、まだ身体が怠い。
ぜんぜん寝足りんってのもあるけどよ、一番の原因は、
「……おいベリル。腹の上で跳ねるなんて起こし方があるかい」
これだ。
昨日はあんだけ疲れ果ててたってのに、ちっと寝たらもう元気いっぱいで、有り余ったぶんをヤンチャにぶつけてきやがる。
こりゃあ若さってやつなのかねぇ。俺はまだ身体の疲れが抜けんまんまだってのによ。
「めっちゃ腹ペコだし」
「宿の者に頼めばいいじゃねぇか。朝メシくれぇ出してくれんだろ」
「ヤだ。あーしお米が食べたいんだもーん」
もう慣れちまって気にもしてなかったが、東方からマルガリテたちがコメを買い付けてきてから
っつうもの、ベリルは朝昼晩の三食で四回も食う。余り一回はオヤツだそうだ。
コイツはその悪習を旅先でも変える気がないらしい。
んな食い方してっとまたデブっちまうぞ。
「イエーロんち行くにしても、まだ早ぇよ。迷惑だろうが」
「ええ〜っ。ムリムリ〜もームリだってー。お腹と背中がくっついちゃうし」
「大丈夫だ。ポコンと出っぱってるからそいつぁ当分先——だほっ‼︎」
この加減知らずめ。ピョーンと腹から顔面に飛びつきやがって。
「このこのこの〜う! おデブイジリする悪いお口はこれかーっ」
脇を抱えあげて剥がしてやる。そしたらベリルのやつぁ腕のあいだでプランプランだ。
「あっ、これヒコーキってやつみたーい。ねーねー父ちゃーん、お腹も脚で持ちあげてー」
「……ったく。こんなもんか?」
言われたとおりにしてやると、
「そーそーこれこれ〜。空飛んでる感じのやつ! マジ童心にかえった気分かも。あっ、ちょいお腹んとこ痛くないよーに、もっと下の方に変えてみてー」
注文多いな。俺、まだ寝てぇんだけど。
つうかそもそもオメェは魔法で浮けるじゃねぇかよ。
「しゅわーっち。父ちゃん父ちゃん、ぎゅいーんって右旋回すっから左下げて」
だんだん手足が怠くなってきてんだが。これ、まだやんの?
結局ベリルが飽きるまでつづけさせられ、
「も〜……。よけーお腹減っちゃったし」
だとよ。
ちぃと他所んち訪ねんのには早ぇが、イエーロんところなら構わんだろ。
「早くはやくー」
「飴でもしゃぶってガマンしとけ」
「そんなんしてたらデブっちゃうし。あーしロカボしてスタイル維持めちゃガンバってんだかんねっ」
「わぁったわぁった。今日はイエーロんとこで朝メシ済ませたあと、あちこち巡るんだ。オメェもさっさと他所行きに着替えちまえ」
「ほーい」
そっから身支度を済ませた俺は、デッカいコメの箱とベリルを担いで、長男一家の住まいへと向かった。
「義父様、こんな早くにどうされました?」
「すまんな。ベリルがコメが食いてぇと聞かなくってよ」
「クロームァちゃん、ごめーん」
チラリと俺の背にある大荷物とベリルを見て、だいたいんところを察してくれた。うちの長男はできた嫁をもらったようだ。
「ふふっ。すぐに炊きますね」
「ありがとー。あーしペロペロ飴食べて待ってるから、ツヤッツヤの銀シャリよろしく〜」
おい、ロカボとやらはどこいった。
「ひひっ。サユサちゃんはもー起っきしてっかなー」
「まだ寝てんだろうから起こしてやるな」
クロームァだって起き抜けに対応したって感じだったんだぞ。
これ以上は控えろと、台所の隣にある食卓にベリルを座らせる。ちったぁ大人しくしとけ。
「いま二歳だっけ? ママとか呼んでくれる感じー?」
「ええ。よくお喋りしますよ」
テキパキとメシの支度をしながら、クロームァは答えてくれた。
その少し遠くへ向けた母ちゃんの声が聞こえたからか、
「ままぁ。どこぉ? ……ん? だーれ?」
俺にとっての孫娘であり長男夫婦の娘、サユサが目ぇ覚ましちまった。
ポケーっと台所へ顔を出したら見知らん顔が二つも並んでて驚いとる様子。
「もうサユサったら。お爺さまとベリルお姉さまでしょう」
「ちらなーい」
指をしゃぶりながら答えるさまがツボに入ったらしく、ベリルは目の色変えてサユサを構いはじめた。
あぁあぁ〜。そんなふうにしつこくすると嫌われっちまうぞ。




