おサムライさーん④
実は、こないだゴーブレに負けたあと手押しスモウ必勝の手を考えていたんだ。悪ぃがこの場で試させてもらうぜ。
「互いの間合いの内に身を置いたまま対峙。接触は手のひらのみ許されていて、先に足の位置を動かした方の負け……で合っておるか?」
向かい合わせになったモモタ殿が、ベリルに決まりごとの確認をとる。
「そー。あとグー握ったり背中に手ぇ隠したりは、テンカウントまでってローカルルールあるし」
「テンカ……⁇」
「一〇を数えるまでって意味らしい。ベリルは妙な言葉で数えるが気にしないでやってくれ」
「承知した」
ガキの遊びみてぇなモンでも勝負は勝負。ガチンコな空気感があたりを占める。その気配を察したベリルは、
「見合ってみあってー……」
いつも以上に勿体つけ、
「はっきょー…………い——のこった!」
不意を打つ間で開始の声をあげた。
囲む者らもいっしょになって「のこったのこった」と、老若男女関係なく俺ら二人を煽る。
さぁて、まずは手をニギニギしながら相手の様子を窺うとするか。
一見すると無防備。だが、肩の裏っ側まで弛んでる。
おまけに手のひらはこっちに向けたまんま、押すには都合のいい高さで誘ってきてらぁ。
受け流されちまいそうな気配バリバリだが、もちろん乗るさ。
「——うおっ、さっそく父ちゃん仕掛けたし!」
「「「のこったのこったー‼︎」」」
予想どおり手応えまるでなし。伝わってくる低めの体温だけが、いま手のひら合わせてるんだと確かめさせてくれる程度。
だが相手に力みがねぇんなら、そうなるように仕向けてやりゃあいい。
俺は触れた手の小指側を巻き込む。身体の芯に腕を寄せてやるようにして。
すると当然——チカラを逃がせる向きはねぇ!
「その体躯で理合まで使うとは⁉︎」
口調は驚いてるが、この御仁の目の奥は違う。ニッタリと喜んでやがるんだ。
ついさっきまで穏やかなツラして『いつでも斬る』みてぇな油断ねぇ目つきしてたくせによ。
となりゃあおそらく——ほれキた。返し技だ。
モモタ殿は芯に寄せられて強張る他ねぇ腕と肩と背、足りん、膝から上ぜんぶを弛緩。と同時に脇を開く。
すると、こっちを押し返すことなく指の先が内向きへ⁉︎ 放っといても体勢が崩れちまう。
——いったん離れるか? いやダメだ。つけ込まれるに決まってる。
——かといって、いま押されたらヤバい。だけど対応しようと力んだら相手の思う壺。こりゃあ圧かけてきた時分を狙い、跳ね返してやるしかねぇな。
と、俺は待ちに入る。
が、瞬発的な押し引き。
——ここまで読まれていただと!
待ち構えてたせいで反射しちまった。このままだと前に向けたチカラがキレイにいなされて終わりだ。
俺は咄嗟に前後の動きから、腰を沈めて一気に伸びあがる上方の動きへ。踏ん張った足の指が地面にメリメリ埋まる。
結果、モモタ殿は僅かに足裏が浮き、こっちは親指半分ほど前に。
…………勝負あったな。
「いやぁ参った。某の負けのようだ」
「——まて待て、勝ちを譲らねぇでくれ。いまのはどう見てもはじめの位置から動いた俺の負けだろ」
「某の足は地から離れたゆえ、この勝負はトルトゥーガ殿の勝ちであろう」
こりゃあもう水掛け論ってやつだ。不毛な第二回戦はじまりの気配。
しかしベリル含めた周りの者はそうでもねぇようで、
「ん? ぜんぜん動いてなくなーい」
まだ勝負の途中だと思ってるようだ。
ったく。コイツ、決定的な瞬間を見逃しやがったな。
「立ち合い人のオメェがそれでどうする。俺のつま先が動く方が先だったの、ちゃんと見とけよ」
「いやいや、某の足の方が早く浮いたところをだな——」
「も〜。それなら引き分けでいーじゃーん。決着はお相撲大会でってことでさーあ」
これほど技で追い詰められたのは初めてだ。となればモモタ殿との本チャンのスモウは、さぞ楽しめるに違ぇねぇ。
「スモウ大会で一本取り返すべしか。うむ、ここはベリル殿の申し出に従うとしよう」
どうやら互いに同じ考えらしい。
勝敗はウヤムヤになっちまったが、俺らの手押しスモウに触発されたようで、チビどもはパンパンあちこちで競いはじめた。
そのなかでも目立つのは、わんぱく坊主のチコマロだ。背丈の合いそうな者らを次々に相手にしてってる。
こいつをサカナに酒のつづきをと思ってたら、
「あっ——つつ、いったぁ……」
けっこうリキが入っちまってるようで、勢いよく尻餅つくチビもいた。
まっ、転んでも土の上だ。大したことはねぇ。最近の俺はいちいちガキに甘っチョロくていけねぇや。
「……ふむ」
席に戻ったモモタ殿は、なぜか思案顔だ。
「どうしたんだい?」
「宴の礼に剣舞でも披露しようかと」
ほぉう。そりゃあいい。
剣と刀と類は異なるが、俺もせっかく貰った聖剣を持て余してるし、いい勉強になりそうだ。
それに、さっきの体捌きの延長にある剣技。これに興味を持たん方がおかしいぜ。
しかしモモタ殿は「そう考えていたが」と、話を引っ込めちまう。
「もっと別の礼がよいかと思ってな」
「というと?」
「ケガをしない転び方を手解きしよう」
いまいち必要さがわからん。が、この御仁がそう言うんなら大事なことなんだろう。
その穏やかな眼差しの先いるのは、チビどもなんだからよ。




