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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第六章

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おサムライさーん②


 こないだヒスイに絞られて懲りたのか、はたまた思いつきなのか、ベリルは打って変わってのんびりした稽古を勧めてきた。

 ずいぶんと懐かしい。たしかこれ、ベリルがガキのころイエーロを鍛えたときにやってたやつだ。


 突きや蹴りが当たるまでに、たっぷり息を八つほど。これはこれで読み合いがあって、なかなかに面白ぇ。

 当身ばかりじゃあなく、腕を取って投げたり締めたり極めたりと内容も豊か。

 おかげで新技もいくつか増えたぜ。こいつを披露する機会があるかは相手次第だけどな。



 そうやって鍛錬多めの毎日を過ごし、スモウ大会が二ヶ月後に差し迫ったころ——


「てーへんだてーへんだーい!」


 ベリルが喧しい。


「んだよ」

「そこは『こらハチベー騒々しーし』って返してほしーんだけどー」

「テメェはいつからハチベーなんて名になったんだい」

「——んなことより! 大変なのっ」

「だからなにがあった」

「マルガリテちゃんたち帰ってきたし!」


 もうそんな時期か。一年を目処にって言ってたから、てっきり少し過ぎたくれぇに戻ると思ってたが。


「船着場か?」

「そー」


 応えるや否やぴょんっと背中にへばりついたベリルを背負い直す。コイツの短足に合わせてたら遅ぇもんな。


「急いで急いでー。お米ちゃんがあーしを待ってるし!」

「待ってんのはマルガリテだろうが。ったく」



 俺らが船着場につくと、ちょうど魔導パドルシップの停泊も済んでいた。

 丘に降りた船乗りたちは、バルコたちトルトゥーガに残った船乗りや見習いたちといっしょに、テキパキと荷物を運び下ろしていく。

 マルガリテは出迎えよりそっちの作業を優先させたようだ。早く話してぇだろうに。


「マルガリテちゃーん、おっかえりー!」

「ああ、ただいま小悪魔オーナー。トルトゥーガの旦那も変わりないようだねぇ」

「おう。おかえり」


 積もる話もある。俺だって航海のことを聞きてぇし、ベリルもコメが手に入ったか気になってるはず。

 なのに会話は止まっちまった。

 その理由は……、


「オジサンだーれ?」


 見知らぬ男がいたからだ。


(それがし)はモモタ・タロウと申す」

「おおーう! モモタロさんかー。めっちゃ和風名じゃーん。つーか父ちゃんの天敵っぽい名前だし」

「おいベリル、あんまり馴れなれしくすんなっ」


 ハァ〜……困ったやつだぜ。


「躾けのなってねぇ娘で、すまん。タロウ殿だったか。俺ぁここいらを治めてるアセーロ・デ・トルトゥーガって者だ。いちおうミネラリアでは子爵に叙されている」

「ご丁寧な挨拶、痛み入る。しかしトルトゥーガ殿、御息女は某を家名で呼んでくれたのだ。この地とは名と姓の並びが逆であるゆえ」


 なるほど。東方では家の名が先なのか。となると、どうやら馴れなれしくしちまったのは俺の方らしい。


「なんか喋り方もおサムライさんっぽーい。あーし、トルトゥーガさんちのベリルちゃーん。こないだ八歳になったばっかしだし。みんな小悪魔って呼ぶから、モモタロさんも好きに呼んでー」

「承知した、ベリル殿」


 ここで普通なら、三歳児みてぇなベリルがペラッペラ喋るさまに驚くところなんだがな。モモタ殿にはその気配がまるでねぇ。

 他人に無関心ってわけでもなさそうで、ちんまいガキにも丁寧に接してる。とすると、この御仁は人格者ってことなんだろう。

 挨拶一つでそう思わせるたぁ大したもんだぜ。なかなかできることじゃあねぇ。


「やっぱしあれ? モモタロさんは武者修行的な感じで船に乗っちゃったん?」

「ほう。なぜそう思われたのだ?」

「そんなんテンプレだし」

「ベリル殿は、我らの遠い御先祖様のような言葉を使われる。僥倖ぎょうこう。この出会いだけでも遥々海を越えてきた甲斐があったというもの」


 …………。安心すんのはちぃと早ぇか。ベリルにヘンな興味を持たなきゃあいいが。


「おっと失敬、問いに答えておらなかったな。某は剣の道を極めるべく当地へとやってきた。この地では未だ戦も多く、異種族との係争も絶えんと聞く」

「つまり強者(つわもの)を求めてるってことかい」

「そのとおり」


 モモタ殿の話しぶりからして、東方は随分と平和な土地らしい。

 かの地についてヒスイが話すこと自体少ねぇが、聞いてたとしてもそいつぁ相当な昔の……ゴホンゴホン、これ以上は考えんのが吉だ。


「ねーねー父ちゃーん。ひひっ、これってお相撲大会のライバルキャラ登場じゃねー」

「スモウとな」

「たぶんモモタロさんの思ってるのとだいぶ違うかも。空手と柔道と相撲が混じった感じー」

「ふむ。カラーテとジュードーもとなると、某の知るスモウとはずいぶん異なるようだ。しかし、唆られた」


 おいおい。俺ぁ長男のイエーロに加えて因縁あるウァルゴードン殿の相手で手一杯なんだぞ。

 モモタ殿はタッパもガタイもねぇ小兵だが、間違いなく強ぇ。そういう気配がビシビシ伝わってきやがる。

 なにより穏やかな表情を浮かべてんのに、さっきからちっとも目の奥が笑ってねぇでやんの。


「あーしが王様にモモタ殿の紹介状書いちゃるし」

「それはそれは、かたじけない。マルガリテ殿から話には聞いてはおったが、ベリル殿は幼いのに顔が利くのだな。お見それした」

「ひひっ、まーねー。でもその前に〜っ」


 まぁた勿体つけやがって。

 このあとベリルがなにを言い出すかなんて、俺ぁとっくにお見通しだぞ。


「父ちゃんと、いっちょやってみっかー」


 ほれみろ。絶対言うと思った。


「でも手押し相撲の方ねー。お相撲勝負は本番にとっとかなきゃだも〜ん」

「手押しスモウとやらは初めて耳にする」

「んっとねー」


 と、ベリルが約束事を説明しはじめる。こりゃあ長くなりそうだ。


 すると待たされてたマルガリテが「ねぇトルトゥーガの旦那ぁ……」と不満げな声をかけてきた。

 いけね。コイツのことスッカリ忘れてたぜ。


「すまんすまん待たせちまったな。宴の支度ができたら声かけっから、まずはバルコたちに顔を見せてやったらどうだい」

「そうさせてもらうよ。じゃあまた後ほど」


 ヒラヒラ手ぇ振ってマルガリテが去ってくころには、ベリルの方も手押しスモウについて一通り伝え終えたようだ。


「童の遊びのようでいて、……ふむ。なかなかに奥深い」

「おおーう。そーゆーのわかっちゃうかー。父ちゃん父ちゃん、モモタロさんマジ強敵かもよー。面白そーだし試合は宴会のときにしようぜーい。んじゃ、あーしはママに支度お願いしてくんねー」


 ベリルはルンルンと、新しいオモチャでも見つけたかのような足取りで船着場から去っていく。

 残されたのは俺とモモタ殿だけ。


「なんもねぇ田舎も田舎だが、ゆっくりしてってくれ。まずは寛げるところへ案内する」

「かたじけない。ではお言葉に甘えるとしよう」


 礼を示す所作一つとっても隙がねぇや。こりゃあ気合い入れんとヤバそうだ。

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