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おサムライさーん①


 八歳になってもベリルは相変わらずだ。三歳児並みのちんまい背丈も、好き放題やるところも、


「——百人組み手だし!」


 メチャクチャやらせる加減のなさも……、な。


 もうすぐスモウ大会が催されるってんで、ここ数ヶ月はずっとこんな調子だ。

 うちには百人も戦える者はいねぇのに。っとに、コイツはノリだけで喋りやがる。

 

「なぁベリル、こりゃあスモウの稽古だよな。どうしてド突き合いせねばならん」

「ルールはグー握っちゃダメでー、顔面攻撃も禁止だし」


 んなこと改めて言われんでもわかっとる。


「だったら蹴りとか張り手はありっしょ。たぶんフルコン空手っぽくなりそー。つーか、大半の人はそーすんじゃね」


 日にいくつ試合を組まれるか知らんけど、もしその手の展開がつづくんなら慣れておく必要があるってことか。


「だからって百人も相手にすんのはどうかと思うぞ。そもそも、うちに百人も手ぇ空いてる者はおらんだろ」

「でーもー、いろんなパターンやっとかなきゃだし〜」

「そんくれぇわかるがよ」

「つーか、そんなふーにぐちぐち言ってっとー、次はワル辺境伯に負けちゃうかもねー。もしかしたら兄ちゃんにもっ」


 ——こんのやろう!

 勝負はガタイだけじゃねぇんだぞ。つうか前は俺が勝っただろ。

 それにイエーロなんざぁテイッと親父の偉大さをわからせてやって終わりだ、ボケが。


「チッ。わぁったよ」

「ひひひっ。父ちゃんそのイキそのイキ!」


 いまも長男のイエーロは、女房の同族であるダークエルフの凄腕たちに鍛えられている。

 ああは言ったが侮っていいわけがねぇ。間違いなく打撃だって仕込まれてるはず。


「イイのもらっちゃダメッ。ガードもなしだし。基本は避けて、ムリなら受け流しちゃってー」


 またムチャな注文を……。

 だが面白そうだ。


 三階建ての屋上に作られた広場に円を引いて即席の土俵にしてある。そこへ俺が立つと、


「まずはワシからやらせてもらいやすぜい」


 やる気まんまんなゴーブレが向かい側に。


「「「じーじ、ガンバれー!」」」


 ヤロウの後ろにはチビっ子応援団、ってか。

 俺に背中を押してくれるヤツはいねぇ。退路を絶つ性悪娘はいるがな。


「見合ってみあって〜……はっきょーい——のこった!」


 ここはガツンとぶつかりてぇところ。だが、それじゃあ当て身の稽古にならん。

 ゴーブレのやつ穏やかなツラして身体の中心だけを庇う、緩めの構え。余分な力みがねぇから隙もなけりゃあ攻めの気配も感じとれん。


「のこったのこったー!」


「「「のこったのこったー!」」」


 チビっ子たちのキャイキャイはしゃぐ声と、オッサン連中や若い衆の野太い声が交じって煩ぇ。だってのに喧騒が遠い。

 歴戦の爺さんが纏うただならぬ気配に、俺としたことが主導権を握られちまってんぜ。ったく、固くなってどうすんだい。


 ここは一つ意表を突く——牽制の足先蹴り。


 膝頭をコツンと、出鼻を挫く狙いで放った。

 が、ゴーブレは柔らかく脚を入れ替える。


「うおーう、スイッチしたし!」


 左右の手足の間合いが変わった。たったそれだけで……チッ、やりずれぇ。

 けどな、こんなもん考えるまでもねぇや。ガツンと詰めちまえばいっしょだろっ——とぉ⁉︎


 こんどは俺の初動を阻止。

 トン! と、鋭く突き出された掌底でもって(かいな)の内側を打たれたんだ。

 妙な感覚だぜ。あんな軽い当て身で俺が止められるわけねぇのに。しかし実際に動きを制されちまった。


「ひひっ。護身術の動画でやってたとーりだし」


 なぁるほど。ベリルの入れ知恵か。


 感覚として身体を外側へもってかれた方が不利なのはわかる。もう一つ二つタネもありそうだが、対策はできるさ。

 俺は半身になり脇を締めた。

 これでさっきの技は使えんだろう。


 足の指先で地面を掻くように、ジワジワと。

 まるで鏡に映してるみてぇに、ゴーブレも。

 やがて互いの間合いは重なり——手ぇ出せば届く!


 そっからはバシンバシン張り手の応酬だ。

 もちろん注文つけられたとおり、ゴッツい手のひらを払い落とし、膝腰を切って上体にブレをつくって避ける。

 次の殴打へ繋げにくくなるように、腕を外側へ開かせていく。


 張られたところがまだ痛ぇいてぇ。が、ゴーブレも同じだ。やがて雑になる。

 その瞬間を狙い——体重の乗った一撃を——掻い潜って打つ‼︎


「——ッ。ま、参りやした」


 身体の芯に響いた重い衝撃に、とうとうゴーブレは膝をつく。


 だが、俺が勝利の余韻に浸れるのは僅かなあいだだけだった。

 残り九九回もこれをこなさなきゃあならん事実に、すぐ気づいたからだ。


 以降、やたら遠い間合いからチクチク脚ばっか蹴ってくるヤツだったり、出入りが激しいヤツだったり、真正面からゴツゴツ押してくるヤツだったりと……。

 とにかくいろんな手合いを経験させられた。


 で、こっちはようやく気分が乗ってきたところだってに、


「はーい。やめやめー」


 十人いく前に止められちまった。よりにもよってベリルに。


「おうコラみくびんなや。まだまだイケんぞ」


 ぜんぜん息あがってねぇだろ。そう俺は続行を訴えたんだが、


「いやいや、マジ腫れ方ヤベーし。早く冷やさなきゃ。つーかママに診てもらった方がいーってー」


 言われて打たれたところを見てみれば、どこもかしこも赤くて、ちぃと黒ずんでらぁ。


「いーや、父ちゃん座ってて。あーしママ呼んでくるし」


 終わりってんなら今日はもう終いでいいか。

 てってく走ってくベリルを見送って、ドシンと胡座をかく——と、グヌッ! あちこちズキズキしやがる。


「旦那、大丈夫ですかい?」

「おおなんとかな。痛ぇ思いはしたが、おかげで得たモンは多いぜ。今日んとこは身体で覚えさせてもらったからよ、へへっ、借りは明日、たっぷり利子つきで返してやる」

「ガッハッハ! そいつぁ怖ぇや」

「まったくだ」

「こりゃあまた、小悪魔殿に新手を仕込んでもらわんとなりませんぜ」


 ゴーブレらと話してると、心配げにしてるチビっ子らの輪から年長のエドが寄ってくる。


「トルトゥーガさま。おくさまの治癒魔法のあと、ボク、アンマするね」

「おう頼む。今日はいつにも増してガッチガチだろうからよ」


 ややあって、ベリルが泡食ったヒスイを連れてきた。が、様子がおかしい。


「——あなた⁉︎ いったいどうしたのですか!」

「ちぃと稽古に熱が入っただけだ。早ぇとこやってくれ」


 どうも女房は珍しく俺がケガしてんのを見て驚いちまったらしい。

 で、なぜかプリッとご立腹。半分ほどしか治してくれなかった。


「あの……、まだ痛ぇんだけど」

「すぐに治してしまっては、あなたのことです、どうせ忘れてしまうのでしょう。ですから今日はこれ以上は治しません」


 ちぃと厳しく稽古しすぎたか。半ばわざともらってるような攻撃もあったもんな。

 ……しゃあねぇ。自業自得ってことで、ここは甘んじて受け入れとこう。


 でだ。言い出しっぺのベリルは、母ちゃんの不穏な気配を察してスッと透けるように存在感を消す。

 しかしヒスイの目を誤魔化しきれるわけもなく、


「さあベリルちゃん、こっちへいらっしゃいな。ママとお話ししましょう」

「——ひえっ」


 とっ捕まった。


「ととと、父ちゃ〜ん!」


 俺だってこれ以上ヒスイの勘気を被りたくねぇよ。


「——キャンッッ! く、くすぐっちゃ、ヤッハハッ。おはおはおはっはっはっ、おはなっ、しなひひゃ、できぬぅえぇーしぃいいいひやっはっはっはっ、ひゃひぃいい〜ん!」


 だが結局このあと、ベリルは百人組手なんつうムチャこいたことをゲロってしまい、俺も娘と並んで延々と小言を聞かされるハメに……。


 ずいぶん前のことになるが、身体ブッ壊れる寸前まで扱かれたあんときと今回とでどれほどの差があんのやら。だけどもその疑問は口にせず。

 だって余計なこと言ったら説教が長引いちまうもんよ。


 要するに、テメェでテメェを痛めつけるみてぇな訓練が気に入らんかったと。きっとそういうこったろう。


 なんだかんだで、ヒスイにコンコンと叱られたのが一番堪えた。

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