魔導パドルシップ、出航!⑭
月日は流れ、とうとう船乗り見習いたちを乗せて船を出すこととなった。
俺らがはじめてやったときと同じく、河まで行って帰ってくるだけの道程だが。
それにしたって、急流んなか片輪ブン回して船の向きを変えるわけだ。方向転換して流れに舷を晒してるときが最も危うい。けっしてお遊びなんかじゃねぇ。
難易度についてはバルコからさんざん言い含められたんだろう。甲板に居並ぶ連中は、真剣そのもの。
いま俺とベリルは、出航の様子を船着場から眺めている。
「外から見るとまるで違って見えるな」
「わっかるー。あの水車やっぱし邪魔かもねー」
そういう意味で言ったんじゃねぇんだけど。
「見るからに他との違いがわかるのは、売りになるんじゃねぇのかい」
「は? 売らねーし」
「そうなのか」
これは意外だ。てっきり俺ぁ新しい売り物にするもんだとばかり……。
「基本的に東方との貿易だけのつもりだけど。父ちゃんは売りたいん?」
「いやべつに」
むしろ勘弁してほしいと思ってたくれぇだ。
「落ち着いたら運賃もらって乗してあげるのとかいーかもしんなーい」
「落ち着いたら、か。船乗り育てんのにはカネも時間もかかるからな」
今回は例外が重なった結果だとしても、ここまで辿り着くのに半年は経ってる。そのあいだの衣食住の世話や賃金だって嵩んじまって、いまんとこ大赤字だ。
一人二人ぶんじゃあなく、五〇名近くも……。
深く考えると目眩がしちまうぜ。
「マルガリテちゃんに魔導パドルシップ渡せたら、すぐ二番艦作ってー、で、ボビーナちゃんとこと河で行き来できるよーにするし」
「他所のことやってやるのはまだまだ先の話ってことだな」
「そーそー。なにをするにもおカネと人だし」
知ったふうな口利きやがってからに。
しばらく待ってると、問題なく魔導パドルシップは戻ってきた。
で、またすぐ人員の配置を変えて船着場から離れていく。
これを陽が暮れるまで繰り返すんだと。
ようやく船に乗れるってんで、どいつもこいつもヤル気に満ちてる。頼もしい限りだ。疲れの色なんかまるで見えねぇや。
◇
見習い船乗りたちは、あっという間にリリウム領との行き来をこなせるようになった。
「おうバルコ、もう一人前じゃねぇか」
「よしてくだせぇ。半人前のそのまた半分の半分くらいですぜ。所詮は一方向に流れてく河ですからね」
海岸や潮の流れが影響してくる海だったらこうはいかねぇと、バルコは顔を顰めた。
「早くマルガリテちゃんに渡したいんだけどー」
「それなら、丘から来てもらって受領してもらうほかありませんぜ」
「んじゃ、そーしよーう」
つうわけで漁村に迎えを走らせた。
半月ほど経ったころ——
陸路に草臥れたマルガリテたちがやってきた。
前に王都まで連れてったときと違い、途中から舗装されてて早くつけたはず。だってのに荷台に揺られての移動は堪えたらしい。
「マルガリテちゃん、久しぶりー」
「あ、ぁあ久しぶりだねぇ。また丘で揺らされるハメになるとは思ってなかったよぉ」
「ひひっ。これからはその心配はねーし」
ベリルは早く魔導パドルシップを自慢してぇようだが、肝心のマルガリテは胡散くせぇモノでも見る顔つき。
「姐さんの気持ちも承知しとります。ですが、まずはご覧になってください」
「ホントにこんな短期間でこさえた船が、使い物になるのかい?」
そういう理由か。
聞くと、船の工期は年単位かかるらしい。となればマルガリテの不審感にも合点がいく。生命を預けられるモンに仕上がってると思えんのも、わからん話でもねぇ。
「バルコがマルガリテちゃんにショボいの勧めるわけないじゃーん」
「それもそうだねぇ。小悪魔オーナー、疑っちまって悪かったよ」
「ひししっ。いーっていーってー」
それからしばし休憩のあとマルガリテたちを船着場まで案内した。
魔導パドルシップを見た、その反応は——
「これ…………ホントに船なのかい?」
また不審がった。とくに両舷の水車を。
「軽く乗ってみたらー」
「そうだね、そうさせてもらうよ」
「操船はアッシが鍛えた見習いたちにやらせますんで、姐さん方は乗り心地なんかを気にしててください」
俺は何度も乗ってるんで遠慮しとくが、
「ねーねー父ちゃん」
と、ベリルは同行したがる。
「ああ、オメェも乗ってきていいぞ」
それを快く許可してやれるくれぇには、バルコたちが操る魔導パドルシップは信頼できる乗り物になっていた。
試し乗りは恒例の河まで出て戻るだけ。
しかし短い道のりを行って来てしただけで、マルガリテたちの目の色が変わった。
すぐさま見習い船乗りたちを押し退けて、自分らで動かしたがったんだ。
「小悪魔オーナー、この船の名を教えとくれ」
「魔導パドルシップ小悪魔型一番艦キューティだし」
「長ったらしい名前だねぇ。でも気に入ったよ。ちなみに一番艦ってことは二番艦三番艦とつづくのかい?」
「小悪魔艦隊作るって言ったじゃーん」
「なら、乗員を早いところ見繕わないとだねぇ……」
そう言うとマルガリテは、船着場で整列したまま待機してる見習い船乗りたちをジロリ。隅から隅まで値踏み。
俺はもうすでに慣れちまったけど、コイツが色気ムンムンな美女ってのは紛れもねぇ事実。
そんなイイ女を目の当たりにすれば——
「オマエら、姐さんになんて目ぇ向けてやがる!」
「マジ鼻の下びよーんだし」
「腑抜けはいらないよっ。アンタ、それとそっちの、隣のと、二つ飛んだアンタから五つ先までの者。ついて来なっ」
なにを基準にしたのやら不明だが、マルガリテはサクッと連れていく人員を選んだ。
「バルコ。余った連中は鍛え直しておくんだよ」
「えっ⁉︎ いや、アッシも姐さんと——」
「いいね!」
「…………へい」
「使える者を何人かは残していくからさぁ。それで捗るだろう」
引き抜いた新人ぶんベテランの船乗りが補充されて、今後はバルコ含めた面々で教導に当たるらしい。
「すまないねぇトルトゥーガの旦那。厄介になる人数が増えちまうけど構わないかい?」
ったく、コイツもベリルと同じだ。そういうことは先に確かめてから決めろよな。
まっ、大きく人数は変わらんし、寝床に文句つけるような連中じゃあねぇからべつにいいんだけどよ。
「新しい船ができ次第、リリウム領との行き来もやってもらうぞ」
「もちろんさぁ」
さて、込み入った話はここまでにして、新しく海の者と認められた連中を祝ってやらんと。




