魔導パドルシップ、出航!⑪
もちろん手加減してやるつもりではいる。が、不安も残る。
つうわけで、稽古なんかで故障者を出したくねぇ俺は、バルコに船上の模擬戦を引き受ける条件を二つ出した。
「ケガした際は奥方に治癒魔法をお願いする、ですかい」
「そうだ。あとはヘロヘロを相手にしてもツマらん。たっぷりメシ食ってグッスリ寝て、全員が元気いっぱいになってからだ」
平地ならまずポカはせんだろう。
しかし、揺れる船の上を想定してなら事故の目があることも考えとかなきゃあならん。俺だってそこまでテメェを過信してねぇさ。
見習いらに満足な休暇をとらせた、翌日——
「想定は船上に飛び乗ってきた海獣を無傷で確保。素手で挑め」
要するにスモウみてぇなモンか。
まっ、妥当なとこだ。素人に毛が生えた程度の連中が得物を振りまわしたら同士討ちの続出だろうからよ。
こっちも無手だってのに、ったく。
「「「…………お、お願いします」」」
ずいぶんと腰が引けてんな。固くなって身体ぁ痛めなきゃあいいんだが。
しっかしこれはまた……。
揺れる船上を再現するためたぁいえ、せっかくの船を壊しちまうようなマネはできん。だから用意されたのは、だだっ広い板。
プールにプカプカ浮かぶ板はバンブーでできていて、二〇や三〇の人数なら沈みそうもねぇ。
「十人ずつお相手してもらうように。いいか、決して個人で勝とうと思うな!」
ほう……。そういう意図か。
板に移って不安定な足場にフラついてる者らに、バルコが訓示を垂れたら開始だ。
見たところ、まだ言われたところを理解してる者はいねぇ様子。
だったら俺がすべきは——
「トルトゥーガ様、よろし——ぐほっ」
ザップンザップン水浴びさせて、わからせる役目だ。
「海獣は口きかねぇだろ——っと」
「い、いきなり——ほえ!」
「囲めかこめ、ええ⁉︎ ——ふやぁあああ!」
「足よ! 足を狙え、ひゃ——きゃっっっ!」
片っ端から板の外へポイポイぶん投げてやる。
十名全員がズブ濡れになったら、おかわりだ。
「次!」
俺を休ませるな、そんくれぇの助言は与えてやってもいいもんを。
バルコのやつ、ホントに自分たちで気づくまでやらせるつもりなんか?
そっからもバカスカ放り投げてく。
ぜんぶで五〇。十人五組がたった一巡でみるみる衰えて、二巡三巡するころには待ち時間で回復しきらんところまでヘバッてた。
「バルコ、加減してやれ」
「ええ〜。それって父ちゃんのセリフじゃなくなーい」
ベリルは黙ってろ。
「ねーねーバルコ。あーしがアドバイスしてもいーい?」
「そうですな……。構いません。おうオマエら、小悪魔オーナーからのご助言だ。細大聞き漏らすな!」
「「「はい!」」」
「そんなピリピリしなくってもいーのにー。まーいや、ぜーいん集合っ」
ベリルは円陣を作り、ごにょごにょコソコソと策を授けていく。
これでちったぁ俺も楽しめそうだ。
「——勝負だし、父ちゃん!」
ビシっとベリルが指を突きつけてるあいだに、目の色が変わった十名が水場に浮かぶ板の上へ。
ほぉう、イイ目つきだ。
まず欲が見当たらねぇ。それと脅えは残ってても怯んどらん。
「ヘイヘイヘーイ! 父ちゃんビビってる〜う〜ヘイヘイヘーイ!」
煽ってるつもりか、アイツは。
いまのでなにがしてぇのかはだいたい読めちまったが、まぁ付き合ってやるよ。
ジリジリと距離をとる一人の方へ俺は向かう。
すると案の定、ソイツは左回りに逃げた。正確には板の端のなるべくスレスレをだ。
そして他の九名は、見えやすい正面やや右側から五名と残り四名が背後から。
つまりこいつは、餌に見せかけた足留めが一、囮役が五、諸共押し込む役が四ってぇ作戦だ。板の傾きも計算に入れてやがる。
やはりベリルが考えただけあって性格が悪ぃ。違うな。ここは素直に、人の反応の隙をついた上出来な策だと褒めておくべきか。
だが甘い。
半歩、また半歩。揃ってまとめてドボンッつう狙いどころから、間合いを僅かに遅らせてやった。本人らも気づかんうちに押し込み役が集合する時分がズレるっつう寸法だ。
そして『いま!』と息を合わせる刹那、半歩だけ早く到着しちまったヤツと——
「なっ⁉︎」
位置を入れ替えた。
タネも仕掛けもねぇ、ただ掴みかかる腕の下を掻い潜ってやっただけの技未満。だが、虚実を織り交ぜてやりゃあ立派な技に化ける。
そんでもって背中を少し押してやれば、俺がいねぇところへ集まった連中まとめて——バッサバサバサ、ザッブーンだ。
派手に落ちやがるせいで水飛沫がこっちまでかかりやがる。チッ、裾が濡れちまったぜ。
意外なことに、一巡丸々まったく同じ展開がつづいた。
ちぃとベリルを高く評価しすぎたか。こりゃあ親の欲目ってやつが出ちまったのかもな。
「へへっ」
うちの娘もまだまだチビの域。
などと余裕ぶってたら、
「……ひひっ」
性悪娘の口の端が吊り上がった。間違っても幼児にみせてほしいツラじゃねぇ。
つうことはなんかある。一連の展開にはなにかしらの罠があって、まんまと俺は嵌ってることになるわけだが……。
まるでわからん。多少ズボンの裾が濡れた。おや、膝上まで染みが広がってて、なんならシャツだって。
——こ、これが狙いか⁉︎
「みんなー、待ってるあいだに服ぎゅーぎゅー絞っちゃってねー。びしゃびしゃのまんまだと重いし疲れるし身体冷えちゃうし〜」
こっちには連戦でそんな暇はねぇ。だから水飛沫を浴びるたんびに服に水が染みてって重みが増していく。
加えて末端が冷えてって……。たしかに動かしづれぇや。
くっそ、やるじゃねぇか。やはりベリルは性格悪ぃ。こんどのは心からの褒め言葉だぜ。
「焚き火も用意したからあったまってねー。そーそー、熱々のスープもあるしー」
「——おい待てやコラ! さすがにそりゃあズルくねぇか」
「聞こえなーい。海獣さんは口きかねーし〜」
こんのやろう。
そっからは日が暮れるまで延々ザブザブと、揺れる板の上で多人数相手のスモウがつづく。もちろん俺は時間と共に濡れネズミ度合いが増してく一方。
うゔ、寒っ。ホッカホカ湯気立ててるスープが羨ましいぜ。
腹も減ったしよぉ。朝メシ食ってから休憩も取らせてもらってねぇんだぜ。
「よーし。父ちゃん弱ってるし。最終作戦はつどーう! 匍匐前進っ」
なにするのかと思えば……。
くっだらねぇ。十人全員が寝転びやがった。ずり這いみてぇに近づいてきやがるんだ。
んなもんヒョイッと抱えあげて——
「いっけーい!」
雑になって腰だけ屈めちまった隙を、九名全員が突いてきた。
しかもなぜか持ち上げた野郎が重い⁉︎
「柔道のやつだし。きひっ」
なるほど。こいつぁたしか脱力やら言ってた技か。
チカラ抜いて人の重さが変わるわけがねぇと思ってたが、実際んところはこっちのチカラが散って支えづらくなっちまうんだな。
勉強になんぜ——なぁんて余裕こいてる場合じゃあねぇ。飛びかかってきた連中が四方八方から脚にまとわりついてきてっからよ。
よりにもよって上腕以外はダラーンと緩い。くっそ、膝が回せん。腰も切りづれぇ。
コイツらにできるかどうかは別として、これがバルコほどのヤツだと仮定した場合、ヘタに重心を変えたら崩すか掬いにこられちまう。となれば、強引にいくのはなしだ。
つうかよ、ここまでやれればもう充分だろ。
ひと月足らずの連中がよくやったと思う。賞賛してもいいくれぇだ。こっちも気持ちよくバンザイできるぜ。
「これで確保完了、だろ? 俺の負け——」
「いまいまっ、めっちゃチャンスッ! 残りのみんなで端っこ乗っちゃえーっ。父ちゃんドボンさせたらスペシャルボーナスあげちゃうし!」
「「「あいあいさー‼︎」」」
ハ⁉︎
こっちは負け認めてんのに、待機してた者らは片っぽの隅に飛び乗って——足場の板はグラリグラリ。
「さんはい、みんなしてジャーンプ!」
結果、足場は大きく傾き、
「ま、待てやベリル。こっちは負けみと——ふおっ」
スッテンコロリのゴロゴロひっくり返って仲良くザブンと水浸しだ。こんちきしょうめっ。
「わーっはっは! あーしの勝ちだし」
チッ。このチビめ。
そこそこ頭キたから、
「——ぶへっ」
水場の岸で踏ん反りかえるベリルに水ブッかけてやった。すると当然、水掛け合戦の第二回戦がはじまる。
やがて、団結心が芽生えた船乗り見習いたちは、
「……なぁ、やるか?」
「いまならバレないぞ」
「そうだやっちまおうぜ!」
「目を狙うのよ。誰がやったか見えないように!」
「耳もだ。声でバレるかもしれない!」
「ええ。教官殿を水場に突き落とすわよ!」
「「「あいあいさー‼︎」」」
ってな具合にバルコを巻き込んだのち、集中砲火——ならぬ集中放水。
「ぬお、やめ、コラッ! ぷ——ぶは! 耳に水⁉︎ 潜って足、やめろ引っぱるな、や、やめて、やめ——目ぇええええ〜ッ‼︎」
ドッポーン!
と、仲良く水んなかへ。
今回やった模擬戦は、全員で一つの目標を達成するよう自己を後回しにする、たぶんそういう仲間意識を持たせるってぇ意図だったんだろう。
バルコよ、これもテメェの招いた成果だ。甘んじて水遊びを受け入れとけや。
「……ひくちっ」
さぁて、俺ぁイタズラ娘が風邪ひかんうちに家に帰るとするかねぇ。




