魔導パドルシップ、出航!⑩
けっこうムチャな運航をしたんで、魔導パドルシップは数日かけての点検となった。
これは船大工たちの役目だから任せておけばいい。
人手が必要なら声かけるように告げ、俺は別の仕事に取りかかる。そうだ。こっちはこっちで集めちまった船乗り志望たちの面談が待っているんだ。
「んーと、おかわり自由の三食オヤツ付きザコ寝生活でー、見習い期間中のお給料は少なくてゴメンだけど月に大銀貨一枚ねー。あと三ヶ月の試用期間もあり。これでもいーい?」
のっけからベリルは船乗り志望らに条件を突きつけた。意外と悪くはねぇ。むしろ見習いたぁ思えん好条件だ。
これは集まった連中も同感らしく、
「そ、そんなに、もらえるんですか?」
とキョトン顔。
「小悪魔オーナー。見習いに与えすぎでは……」
同席してるバルコが口を挟んだ。モロ苦言ですってツラして。
「そーゆーもん? よくわかんねーし。でも、あーし感覚で初任給十万円とかめっちゃブラックなんだけど。あっそーそー、お休みは週に二回だけで、有給とかはねーし。ひひっ、マジひっでーし。あーしなら絶対こんな条件じゃバイトしなーい」
見習いってのは役に立たんばかりか教える手間が嵩んじまう。だから普通はメシの世話が精一杯なんだけどな。
うちの傭兵団だって、もし兵を雇い入れるんならその程度にするだろう。
当然の結果だが、誰ひとりとして辞退する者は現れなかった。
「アッシの方で篩にかけやす」
「あんまし可哀想なのしちゃメッだかんねー」
「姐さん——いや、マルガリテ提督率いる小悪魔艦隊に相応しい船乗りに育ててあげてみせまさぁ」
二人とも納得げに頷いてるけどよ、まったく意思疎通ができてねぇように見えるのは俺だけか?
◇
仮雇いされた連中は、すぐに船に乗れるもんだと思ってたらしい。少なくとも船に関わることを叩き込まれるもんだと考えたんだろう。
だが、船乗り見習いの修練は——
「オラオラ! 潮の流れがねぇ場所でそのザマか。給金を受けとる前に魚の餌になっちまうぞ!」
水練からだった。
「そこのオマエは水草か! プカプカ浮いてんなっ。全力で掻け。ひと掻きでグイグイッと進むんだ!」
もちろん泳げねぇ者もいて、
「水んなかで目ぇ開けとけ! 染みるだぁあ? 塩水はもっと染みるぞ。甘ったれんな! 身体を水に慣らせ、水の重さをその身で覚えやがれ!」
このザマだ。
珍しくベリルからの苦言もあって、いちおう浮きの板は持たされてはいるが、アップアプ四苦八苦してやがる。
だが、それも十日二十日と経てば……。
「見事なもんだな」
思わず手放しで褒めちまう成長っぷり。
泳ぎが達者になっただけじゃあここまで感心せん。妙技も妙技、脱力した者を抱えて仰向けに浮きながらスイスイ泳いでんだから驚きだ。
もちろん技量の差はあるが、これなら海にドボンと落ちても助けるまでの間は保たせられるに違ぇねぇ。
「小悪魔オーナー。アッシが甘かったようで、残念ながらまだ脱落者は出とりません。次からはもうちょい厳しくしようかと」
「——いやいやいや。あーしとしてはもっと丁寧に教えてあげてほしーんだけど」
「へい。丁寧に海の不条理を叩き込んでやります」
「なんかバルコ、変なスイッチ入っちゃってるしー」
こうベリルが呆れるほどの理不尽が、翌日からはじまった。
まず起床時刻だが、バラッバラ。
夜討朝駆けを想定してってのは俺らにもままある鍛錬だが、バルコが施した設定はメチャクチャだった。
時化がきただの、海獣が現れただの、浸水だの、ああだこうだ理由をつけては起こす。
しかも日中の鍛錬は変わらずつづける。いや、前にも増して難易度をあげたモンをやらせる。
足腰立たなくなるまで縄を引かせて、腕ぇプルップルにヘバったところで縄結びをさせるんだ。
んなもん手ぇ震えてまともにできんに決まってんだろうに。だってのに、見ててもよくわからんケッタイな結び方を覚えさせては実践させていく。
他にも縄を編んだ網の上で走らせたり跳ねさせたり、まるで曲芸みてぇなマネを強いてった。
「すごいすごーい!」
ベリルは手ぇ叩いて喜んでるが——
「あっ⁉︎」
と、落下。ヒヤリとする場面も。
もちろん固い地面に叩きつけられて怪我するなんてことはならず、咄嗟にバルコが受け止めるが。
そのあとには、
「これでオマエは一人の手を止めた。わかるか? このトチり一つが、この手間一つが船に乗ってる全員の生命を危険に晒すんだ」
「……は、はい」
「わかったらヘマこいたぶんを取り返せ! 登り降り十回追加‼︎」
「はい!」
説教とキッツい罰が待っている。
ある意味でベリルの扱きよりツラそうだ。なにせ、休まる暇を与えねぇんだからよ。スンゲェ身体に悪そうだぜ。
いちおうヒスイの回復魔法を勧めたんだが、バルコは頑なに拒んだんだ。甘え、だとな。
「あんまし科学的じゃないし。でも、海ってこんくらい大変なのかもねー」
呑気に言うな、コイツは。
「でもすごくなーい?」
「なにが」
「だってさーあ、こんだけめちゃくちゃさせてんのに、誰も辞めてないじゃーん。普通ありえないってー」
たしかに。そこらの傭兵団なら、ヘタすりゃあ正規軍だって脱走する者が続出してもおかしくねぇ。
それほどに詰めてるはずだが……。
「故障者も出とらんな」
「ねー。昔っからの友達みたいなすっごい連帯感だし。みんなでフォローし合ってちゃってー」
なにか取り入れるモノがありそうだと、俺も見学に熱が入る。ベリルも感心してるふうだ。
「トルトゥーガの旦那。ちょいといいですかい?」
そこへバルコがよってきた。
「おう。なんだい」
「少々手伝いをお願いしたく」
と、バルコが申し出た手伝いとは——
「父ちゃんVS見習い船乗りさん全員っ! めっちゃ面白そーっ」
俺を敵に見立てての船上模擬戦だった。




