魔導パドルシップ、出航!④
ペラリ……、ペラリ……。
俺とベリルはアンケートを捲っていく。
領民の意見は予想外の結果だった。なんと新しい住まいに移ることに好意的な答えが大半を占めてたんだ。
この結果は、思い切って明け透けに書いたのが功を奏したのかもしれん。
「みんなおウチが足りなくなるのかなーって、なんとなく感じてたのかもねー」
「かもな」
一部から『少し考える時間がほしい』との答えはあったもんの、いきなりぜんぶの家を建てられるわけじゃねぇんだからな。
新しい住まいが建ってくのを見ながらじっくり決めてもらえばいいさ。ムリに立ち退く必要なんかねぇ。
「とりあえず、お客さん用の家とか共同キッチンとかお風呂なんかを動かせば、造船所のスペース足りそーじゃね」
「それで足りるか?」
「広場も使うし」
「おいおい、それだとチビどもが困るだろ。俺らは禿山で稽古すればいいにしても、体育とかができなくなっちまうぞ」
「ちっちっちっ。屋上に広場作っちゃうから」
なるほど。それなら不便はかけんか。
「落っこちんように柵もいるな」
「ひひっ。遊具も作っちゃうし外で宴会とかできるよーにイイ感じの公園にしちゃうもーん」
そうかいそうかい。屋上で宴会っつうのも風情があって悪かぁねぇ。
「めっちゃ風流しちゃうもんね〜」
◇
たっぷり三〇メートルほど幅をとって水路を掘り直した。併せて底も深くしたんで、なかなか骨の折れる作業だったぜ。
救いは、水の手グルッと一周ではなく半周に満たない距離で済んだこと。
それにしたって禿山を削るところからはじめたんで、エライ苦労させられた。その部分の塀も作り直しだったから余計に。
「けっこー安上がりだったじゃーん。壊したコンクリートとバンブー使ったから、思ったよりセメント少なくて済んだしー」
ベリルはそう言うが、実のところ手間賃を勘定に入れたらそうでもねぇんだぞ。
とはいえモノをムダにせんのはイイことなんで、いちいち文句つけたりはせんけど。
「明日からおウチ建ててくんでしょー」
「おう、その予定だ。つうかよ、」
なんだかんだでここ一年半、稼いだカネのほとんどを石灰にしちまってる気がする。が、イエーロの代まで残せるモノでもあるんだ。ならカネの使い道としちゃあマシな方なのかもしれん。
「なに?」
「いいや、なんでもねぇ」
「ヘンなのー」
「んなことより船の方は順調なのか?」
ここしばらくは土工にかかりっきりで確かめてなかった。技術者交流会の付き添いもヒスイに任せっきりだったしな。
「いまはいろいろ改良してるみたーい。造船所ができるころには大っきいの作れるよーになってんじゃね」
ベリルが引いた絵図どおりだと、広げた水路を造船所の中へ引きこむカタチになる。だから建てんのにはモノスゲェ手間と労力が掛かっちまうんだ。
「ムダにならずに済みそうで、ホッとしたぜ」
「あーしもー。これでようやくマルガリテちゃんにお使い頼めるし」
遥々東方へ航海する冒険がベリルにとってはお使いか。ったく。マルガリテが聞いたら泣くぞ。
そういや話は膨れちまったが、事のはじまりはコイツが『コメコメ』言い出したからなんだよな。
よくもまぁここまで漕ぎ着けたもんだ。
「父ちゃんってばめっちゃ見てくんじゃーん。なーにー? そんなにあーしがカワイイ?」
「いいや。スゲェ食い意地だと呆れてただけだ」
「——マジむっかー! そーゆーことゆー、言っちゃうんだー」
「わぁったわぁった悪かった。いちいち細けぇことで腹を立てんな」
「まったくもー」
建物こさえたら、次は船。さすがにバルコと船大工三人じゃあ手が足りんだろう。となると俺らもチカラ仕事を手伝わねばならん。
まだまだベリルにコキ使われる毎日はつづきそうだぜ。
翌日——
俺らは黄色い兜を被り、背中に『と』って書いてある真っ赤な半被を羽織り、広場に集合。
「縄張りからはじめる。いちいち絵図を確認しながらで構わん。長く使うんだから丁寧にやってけ。いいな!」
「「「応ッ‼︎」」」
「ちょいちょい水飲んだりしなきゃだかんねー」
「「「応ッ‼︎」」」
「よし。取りかかんぞ!」
威勢のいい返事と共に各自持ち場につく。
カン、カン、カン……。
辺りに杭を打つ音が響く。
「おい、曲がってんぞ! 三本目の杭だっ」
「こっちか?」
「逆だ!」
ときおり怒声が飛び交い、建物の位置が記されていった。
陽の照りが強くなる手前くれぇになると、
「はいはーい! そろそろ休憩ねー。麦茶と塩飴の差し入れだし」
ベリルが作業の手を止めさせる。
この小休止を挟んで、つづいて骨組みだ。
柱と筋交い以外のバンブーは太さ長さが均一にされ、端には切り込みがあり容易に組むことができる。
はめ込んだあとは、削り取ったバンブーの青い部分を編んだ縄で縛れば、たとえ俺らがよじ登ったとしてもグラつかねぇ。
こんなふうに混凝土の芯を組んでると、
「トルトゥーガの皆さんは傭兵団と聞いてましたが……」
「大工仕事も見事にこなすんですね」
「しかも見たことない技術があちこちに……」
船大工のカールとピーノとテーロが、ベリルに話しかけてた。
おおかた木工をメシの種にしてる者として、俺らの作業に興味が湧いたんだろう。
「まーねー。王都でお城の次に高い建物も、トルトゥーガ組のシゴトだし」
「みなさんの手際も見事ですけど、」
「加工された木材の質が段違いだよな」
「まったくだ」
「でっしよー。カールたちに作ってもらう船にもおんなじふーに加工したバンブー使ってもらうかんねー。あと父ちゃんたちのお手伝いもありだし」
「そいつは心強い」
まだ造船所もできてねぇのに、もう船作りの話してらぁ。
「おうベリル! ちゃんと監督しとけ!」
「ほーい」
「邪魔してしまってすみません、トルトゥーガ様」
「いいや、見てるぶんには構わんさ」
なんなら手伝ってくれてもいいんだが。
しかし船大工たちは、俺らの仕事っぷりを具に観察しては覚え書きになにやら記してくだけで、手ぇ貸す気配はなかった。勉強熱心なこって。
実のところ、丈夫な大鬼種でもねぇヒト種に三階建ての骨組みを登らせんのは危ねぇんで、見学してるだけが正解だ。
「よーしオメェら、日が傾くまでにキリのいいところまで仕上げちまうぞ!」
「「「応ッ‼︎」」」




