魔導パドルシップ、出航!③
よくよく考えてみりゃあ、水場を増やすにはいったん水の手を仕切って止めなければならん。
しかも混凝土でガチガチに固めてあるから、ただ掘ればいいなんてこたぁない。
手間のかかる作業だが、娯楽が少ねぇトルトゥーガに水遊びできる場所ができるってんで暇を見つけては手伝いにくる者らも多く、作業は捗った。
実のところは女衆に尻叩かれて、休日なのに働きにきた連中が大半みてぇだけどよ。それが実のところだとしても、なんにせよ人手が多いのは助かる。
「プールは二五メートルだし。ちゃーんと測ってくんなきゃヤだかんねー」
当然の如くベリルは偉っそうに口挟んでくる。
「二五メートルには意味あんのか?」
「プールは二五メートルでしょ。常識じゃーん」
んな常識は知らん。
「水泳の授業にも使うんだから。丁寧に作ってくんないとダーメっ」
「わぁったよ」
こんな具合に細けぇ注文をこなし、いくつかの水場とプールとやらは完成した。
びっちり混凝土で舗装もしてあって立派な出来だと思う。言うまでもなく、それをやったのはヒスイだ。
「領主様。ありがとうございます!」
女衆も新しい水場には満足な様子。
もちろんチビたちも服をポイポイ脱ぎ捨てて我先にと飛び込んでく。
「こらー! プール入る前は準備運動しなきゃダメって言ったっしょーっ」
「「「はーい」」」
ベリルが叱ると、チビたちはズブ濡れのまんま並んび、
「おいっちにーさんしー、にーにーさんしー」
「「「さんにっ、さんしっ」」」
掛け声に合わせて体操を。
それが終わったら、
「たっくさん楽しんでいーんだけど、悪ふざけしちゃいけませーん。あと大人が見てないときはゼーッタイに入らないこと。いーい?」
「「「はい。こあくまセンセー」」」
「よろしー。では、プールに——どぼーん!」
訓示垂れてたベリルがイの一番に飛び込んだ。チビたちもつづく。
尻から落ちる者もいれば、頭から突っこもうとして水面で腹を打つヤツもいる。なかには怖がって足先から慎重に浸けてくチビも。
楽しみ方はそれぞれだが、作った甲斐あったと思わせてくれる喜びようだった。
「ゴーブレ、しっかり監督しとけよ。どうせそのうち浮かれてやらかす」
「へい。旦那はどうされるんで?」
「喧しいのがいねぇうちに、船着場の目星つけに行ってくる。何人か連れていくから人手は足りてんぞ」
「では、のちほど小悪魔殿にはそのように伝えときやす」
たまには歳の近い連中と遊んだ方がいいだろうと、俺はベリルを置いて残りの仕事を片付けにいく。
◇
船着場と造船所の候補を探したんだが、思ってた以上に土地が足らん。
これは前々からの悩みの種で、トルトゥーガは狭い。禿山が使えたらまた別なんだけど、うちは平たい場所が少なすぎる。
今日見て回ったところを部屋で覚え書きしてると、
「ただいまー。父ちゃんどーだったー?」
目ぇ真っ赤にしたベリルが尋ねてきた。
「おかえり——っておい。オメェその目はどうしたんだ?」
「これプールで遊んだせーだし。ちゃんとキレイなお水で洗ったらヘーキー」
そうか。ならいい。
「候補地の話だったな。正直あまり芳しくねぇ」
「ふーん。地図見たけど、うちってほとんど禿山だもんねー」
「そういうこった」
こればっかりはどうしようもねぇ。情けねぇ話だがよ。
「ならさー。禿山削るしかなくなーい」
「削って均せってか?」
「それもありだけどー、船が通れるくらい水堀を広げちゃえばいーじゃーん」
それだと解決にならんだろ。船着場は近くに作れても、船を組み立てる場所がないまんまじゃねぇか。
「ほら、前に小悪魔ヒルズ建てたっしょ。あれみたいに、家とか工場とか三階建てにしちゃったらいーし」
「夢のある話だがな、石灰がどんだけあっても足りねぇよ」
「そんなん買えばいーじゃーん」
「……夢のねぇ話、カネがいくらあっても足りんぞ」
「いきなしぜんぶやんなくってもよくなーい。まずはお客さんの泊まるとことか、共同で使ってるお風呂とか食堂とか。あと、うちとか」
ベリルの言いてぇことはわからなくもねぇ。
だがな、屋敷なんて呼べやせんボロ屋だが、俺もイエーロもオメェだって生まれ育った家だろうに。コイツはなんとも思わんのか?
「父ちゃんの気持ちも想像つくけどさーあ、そーゆーもんじゃね。カタチあるモノだいたい壊れるってゆーし」
ずいぶんと儚ぇ言葉じゃねぇかよ。だが間違っちゃいねぇ。
「感傷は無用か」
「う〜ん。そーゆーのはそーゆーので大事かもだけど、現実問題、これからうちの人口増えるわけじゃーん。したら住む場所とか足りなくなっちゃうし」
「だな」
「きっと昔っから住んでる人たちも、父ちゃんみたいに考えちゃうと思うのー」
「だから俺らが率先して住まいを変えろと、オメェはそう言ってんだな」
「ほら『ベリルちゃんのピッカピカな新築マジ羨まし〜い』みたいなポジティブな感じでいったら、受け入れてくれそーじゃね?」
コイツなりに気ぃ使ってんだな。
年寄りだけじゃねぇ。残された後家さん方や坊主たちだって、思い出が残る家からは移りたがらんだろう。
そこらへんも勘定に入れたうえで段階的にっつう提案なわけか。ったく、コイツはちんまいクセに人の機微ってやつをよくわかってやがる。
「もしくは侵略?」
せっかく見直したのに、まーたアホなこと言い出して。
「——あっ。つーかさ、うちの奥ってどんな感じなん?」
「なんもねぇよ。未開の土地があるだけだ」
「だったら広げちゃえばよくなーい?」
「うちは子爵家だ。辺境伯でもねぇと勝手に領地は広げられん」
「それってまた王様に謀反の心配されちゃうとか、そーゆー感じ?」
「そんなところだ」
船が通れるよう水路を広げる程度なら見ねぇフリしてくれそうだがな。
とはいえ、いちおう決まりは決まりだ。いらん疑いとは無縁でいてぇ。
「じゃーやっぱし、おうちをマンションにするしかねーし。あっそーそー、お引っ越しなんかは、みんなにアンケートとってみたらどーお?」
たしか意識調査って意味だったか。
「そうだな。希望者を募ってみるか」
「みよーう。つーか父ちゃん、地上げ屋みたいにしたらメッだかんねー」
地上げの意味はわからんが、ものすごく失礼なことを言われたのはわかる。
「アンケートの草案は任せて構わんか? いいか、あくまで草案だからな。配るのは俺が目ぇ通したあとだぞ」
「わかってるってー。マジ信用ねーし。あーしが勝手なことするはずないじゃーん」
どの口が言う。




