運動すっし……。③
常に元気いっぱいで鍛錬できるっつうのは、己を高めてぇ者にとって一番の幸福なのかもしれん。
ただしこれは自ら望んだ場合に限った話で、そうでない者にとっちゃあ、
「…………ほぇ」
ただの苦行でしかねぇんだろうな。
我が家の食卓には、血色も肌の色ツヤもいいのにドヨーンと瞳が曇ってるちんまいのが一名。もちろんベリルだ。
いっつもはメシの味一つ一つにコロコロ表情を変えてたが、いまは淡々と無表情で口に食い物を運ぶだけ。
反省させる意味もこめてヒスイが稽古つけんのを認めたが、ちぃと度がすぎてる。
このまんまだと静かでいけねぇや。喧しいくれぇ賑やかな食卓が、いまは恋しく思えちまうぜ。
「なぁヒスイ、そろそろ許してやれ。スッカリ元の体型にも戻ったんだしよ。もう充分だろ」
「しかしあなた、今回のイタズラは——」
「言いたかねぇがあれは俺の至らなさのせいでもある。次は必ず同じことされてもベリルだと察してみせるさ。だから、なっ。コイツだって他人に忍びよったらどういう結果を招くのか理解できただろう」
「……わかりました」
「おうベリル。もう充分に反省したよな?」
声をかけてやるとベリルに表情が戻り、
「ひぐっ……。めっぢゃ反省じだじ……ひっく……」
つづいて勢いよく食卓を飛び越え——うぺっ——俺の顔面へ。
おいコラ息苦しいぞ!
「うわぁあああ〜んあん! 父ぢゃん、あでぃ……あでぃがと、あでぃがどでぇえええ〜。ぴぃいいい〜んいんいん、ぶぇえええ〜んえんえん!」
ったく。ベリルが泣き止むまでメシはお預けになっちまったぜ。
これに懲りてくれりゃあ……いいや、違う。そうじゃねぇ。こっちがベリルの隠形くれぇ見破れるようにならんと。
スモウ大会やら新しい得物やら、これまでも鍛え直すキッカケはあったがイマイチ弱かった。
だが、こいつぁ本腰いれる動機になりそうだ。
◇
鍛錬するっつっても、これまでの仕事を疎かにするわけにはいかん。よって時間を作るんなら朝か晩になる。あとは平素から。
だからってこりゃあねぇだろ……。
「どうしてバンブー運ぶ荷車に地均しが繋がってんだよ」
「だって重いモン引っぱるのって、定番だもーん」
いまは十日にいっぺんくれぇバンブー刈りに出掛けてんだが、その行き来の負担を増やして鍛えろってことらしい。
これまでどおり、魔導トライクで追っかけながらピストルっつうコケ脅し魔法でパカスカ足元を煽ってくんのも変わらずだ。
そんでもって刈りとんのも斧槍ではなく、聖剣を使う。
なんだか罰当たりな気ぃするけど、使い慣れとかんと、いざってときに役に立たねぇもんな。
実際やってみると重心の移しや身体の捌きがまるで違う。一撃の威力だけでみりゃあ段違い。しかし斧槍ほど上手く攻撃を繋げられねぇ。
タケノコが飛んでくんのも、しなる笹の葉や根の束の不規則な攻めも上手く対処できん。
だが、この状況はいま俺がなにより求めてるモンだから、ありがたく攻めに晒されておく。
次第に読みが速く深くなる。
動作の遅れを察知で補おうと、身体中に目がついてるみてぇに己が研ぎ澄まされていく。
そうやって育ちかけを残してバンブーを刈り終えた。
「すごいすごーい。最後の方とかぜんぜん当たらなくなってたじゃーん」
「まだまだ根っこのところを鍛えてる段階だ。常に保ってられる感覚じゃあねぇさ」
「なんか最近の父ちゃん謙虚じゃね?」
俺ぁいつでも謙虚だろうが。
「コイツら魔物は殺気ギンギンだからよ。わかりやすいんだ」
「ほーほー。やっぱしそーゆーのあんだねー」
そこらへんに頼ってたからこそ、ベリルの隠形を見破れなかったんだがな。まぁ考えんのはあとだ。
「身体冷える前に帰んぞ」
「ほーい」
バンブーを満載にした荷車(混凝土製の地均し接続済み)を引くと、後ろから魔導トライクに乗ったベリルが横から後ろから煽ってくる。
かと思えば並走して、話しかけ——る素振りを見せつつ例のコケ脅し魔法を放ってきたり。
ホント、コイツは虚を突くのが上手ぇ。
「ヒスイが熱心に技を仕込もうとすんのもわかるな」
「ええー? なーにー?」
「なんでもねぇ! ほらもっとドンドンこいや!」
「オッケーイ。んじゃ次、ピストルじゃなくってバルカンにすんねー」
「——ハ⁇」
俺の疑問に応えることなく、ベリルは五本指を向け、
「〝ドドドドド〟」
一斉射⁉︎
狙いは適当みてぇだが、点の攻撃から面の攻撃になって避けづれぇ。しかも足の運び先を意地悪く塞いできやがるんだ。
いちいち騙し噛ましてからじゃねぇと、おちおち足を置いてもいられん。一歩一歩に幅の差も緩急もつけなきゃあならず、スンゲェ疲れる。
どうやっても脚だけじゃあ足りんから、視線はもちろん、膝や肘の向きまでハチャメチャに変えてく。
「こら父ちゃーん! あんまし揺らしてっと、くくったバンブー落ちちゃうしっ」
ムチャ言うなや。地均しまで引いてんだぞ。
間抜けに『ドドドドド』っつって、ベリルが手首を返すたんび五連射が襲ってくる。
さらに厄介なのは、口で言ってんのと攻撃がバラバラ。なにを頼りにすればいいのか頭が追いつかん。声を聞いてっと惑わされちまう。
こんなもんいつまでも躱わしつづけるはずもなく、途中からは脚にバシバシ食らっちまった。
「ハァハァ、ハァハァ……、ああぁしんどっ。風呂だ風呂」
「ふい〜。あーしもイイ汗かいたし〜」
もう汗かいたんだか水被ったんだかわらんほどにべッショベショ。
ベリルだって、あんだけパカスカ魔法を連打しながら魔導トライクを操ってたんだ、疲れていて当然か。
家につくなり俺らは軽く身体を解して、湯を溜めた。
で、いざ風呂っつう時分に——
「トルトゥーガの旦那っ。小悪魔オーナーもいますかい!」
船作りを担ってるバルコが駆け込んできた。
「やっとことさ完成ですぜ!」
「マジで!」
どうやら魔導歯車で動く船の模型が出来上がったらしい。バルコは、その試運転が成功したって知らせにきたんだ。
俺ぁいいけどベリルが風邪ひくといかんから、魔導歯車で動く船の視察はザッと汗を流してから。
風呂あがりにホッコリする間もなく、まだ試してるってぇ水場へと急いだ。




