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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第五章

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運動すっし……。①


 それは、トルトゥーガに戻ってすぐのことだった。


「ベリル様。なんど確かめても結果は……」


 悲痛なありさまを目の当たりにした仕立て職人サストロは、終いまで言葉を紡げず。

 耐えきれなくなったベリルは、


「——い、いやぁああああああー! うそうそうそうそ、ウソって言ってよサストローっ」


 すべてを否定するように悲鳴をあげる。

 もうなんどめか。


「……こればかりは私ではいかんともしがたく」


 熟練の仕立て職人は神妙な面持ちを返すばかり。


 俺は込みあげてくるモノを抑えるのに必死で、嘆くベリルを慰めてもやれねぇ。

 せめて肩でも叩いてやれたらいいもんを、それをすれば必死こいて腹んなかに留めてるモンが溢れっちまう。


「ベリル様……」

「ねーサストロ……、正直に教えて。あーしどうなっちゃったの? あーしの身体っ、どーなっちゃったのさっ‼︎」


 裾を引っぱりガクガク尋ねた相手を揺さぶる。

 ここまでなんども繰り返してきたこと。ベリルは幾度も拒んだ受けいれ難い現実を、また確かめた。


 サストロは厳かに口を開く。


「確実に二つ、サイズが増えております」

「いやぁあああああ〜‼︎ 言わないでっっっ、聞きたくなぁあああ〜い!」

「ブフッ——ブワッハハハ! オメェやっぱりデブってんじゃねぇかよ! グワ〜ッハッハッハッハッハ、ハヒッ、ハヒィ、ああ〜腹いってぇ」


 もう笑いすぎて涙が止まらんぜ。


「……しゅ〜ん。あーしおデブちゃんになっちったしぃ」


 前々から指摘してきただろうに、いまさらか。

 ようやっとベリルは、テメェが肥えたと認めたんだ。



 家に帰って——晩メシどき。


「あら、ママはまん丸なベリルちゃんも可愛らしいと思うわよ」

「ゔうう……。それ、あーしのセルフイメージと違ーう! ぜーんぜん、ゼーッタイ違うもん」

「だったら身体動かすしかねぇやな」

「ヤだっ。つーかロカボすっからヘーキだし」


 また妙なこと言いはじめたな。


「そりゃあなんだ?」

「ロカボはロカボだし。炭水化物? パンとかお芋とか抜くの。これ、めちゃ痩せちゃうかんねー」

「まあっ。ママはそんなこと許しません。メッよ、メッ」

「ええー。だーってーあーしデブっちゃったしー」

「ゴハンはちゃんと食べなくては。ベリルちゃんはまだ六歳なのだから」


 俺もヒスイの意見に賛成だ。おまけにコイツはちっこいまんま。なおさらメシ抜くなんて許可できん。


「メシはしっかり食え。世の中には食えなくて困ってる者もいるっつうのに、贅沢言うのも大概にしとけ」

「…………はーい」

「あと、麦汁は没収な」

「ひぃ〜ん」


 樽のまんま置いときゃあ酒になるかもしれんしな。

 そしたらベリルの健康のためにも代わりに腹へ収めといてやろう。へっへっへっ。俺っていい父ちゃんだぜ。


 そして、その日からベリルを昼間に見かけなくなった。



 言いつけを守らん問題児ではあるが、ケガするようなアホなマネはせんだろう。そこだけは信頼してる。

 だから日中なにしてようが領地にいるあいだは好きにさせていた。がしかし、


「チッ。参ったなぁ。ここの数字、ベリルに聞かなきゃわかんねぇぞ」


 こういう事態が稀に起こる。

 だいたいのことはアイツの思いつきに振り回された結果なんだから、当然といえば当然か。


 で、俺はあちこち探してまわるわけだが……。

 サストロんところに行ってもいない。

 かと思えば、船作りの作業場にもホーローたちんところにもいねぇ。


「アイツどこ行ったんだ?」


 次から行き先くれぇは告げてくようにさせんと。この隠れんぼしてる時間がムダだぜ。


 その後もあちこち聞きまわって、ようやっとこさ見つけた。


「こんなところでなにしてるのかと思えば……」

「ほっ、ほっ、ほっ……。あ〜父ちゃんかー……見てのとーり、いま、ほっ、ほっ……エクササイズ中、だし」


 倉庫の隅で足踏みか? いや違う。よく見たら真ん中に軸のあるデカい筒んなかをてろてろ走ってんぞ。


 取り込み中ってことでしばらく待ってると、


「はひっ、はひっ、はひっ……。ほいっと! ふぅ〜…………。あーもー、あーしガンバってたのにー」


 ぴょこんと飛び降り、さっそく文句たらたらだ。けど、たとえ息切らしてても口数は減らねぇらしい。


「そいつぁ悪かったな。ところでそりゃあなんだい?」

「ハムスターのやつ」


 相変わらず説明の方は足りんまんま。


 聞くより早ぇと、俺はベリルがどいたあともカラカラ回ってた筒に触れ、どんなモンなのかと推し量った。


「こりゃあ、どこまでも駆けてられる道具か」

「そーそー」

「もっとデケェのがあれば、うちの連中の鍛錬にも使えそうだな」

「ひひっ。イイモンありまっせー」


 まぁたゲスっぽいツラしやがって。

 いまにも手揉みしそうなベリルがズルズル引っぱってきたのは、


「じゃじゃ〜ん! 魔導ルームランナー」


 という名の、くるぶしの上くれぇの高さしかない台だった。広さは大人が大股開けるほど。

 パッと見、バンブーで作られたんだろう長っ細い筒がいくつも並べられていて、それらを亀素材の革で包んだってぇ作りのようだ。


「こっちの端には魔導歯車を仕込んであるし」


 またケッタイなモンこさえやがって。

 とはいえ用途の想像はつく。いまの説明と話の流れから考えれば、なんに使うモンなのかは聞くまでもねぇや。


「ちょっとやってみせてくれよ」


 ここで俺は慎重策をとった。なぜかと言えば、


「ちっ。バレちった」


 やっぱりか。

 予想どおりベリルのやつは、知らんモノに戸惑う親父をイジるつもりだったんだ。


「えっとねー、まずここに乗るっしょー。あとはー……、ほっ、ほっ、ほっ……って感じで、足つくときに魔力流して走るだけー」


 それ、けっこう難しいだろ。


「したら魔導歯車が回って、ベルトが後ろに流れてくし」


 なるほど。よく考えられてらぁ。

 こいつぁ細かい魔力の入り抜きと身体の動き、その両方が必要らしい。どっちも大雑把なうちの連中にはもってこいの鍛錬になるかもな。


 それはそれとして……、ぷふっ。


「ほっ、ほっ、ほっ、ぉほっ……」


 ベリルは身体操作の魔法に頼らずテメェの体力だけで走ってる。

 腕の振りも脚の送りもメチャクチャで、ぺったんぺったん足掻いてるようにしか見えん。


 そこはチビらしいだけなんだが……、だが、くぷっ。

 ……わ、笑っちゃいかん。そいつぁわかってるんだけどよ、だからって堪えんのは……な、なかなかにキチぃ。

 だって、くっ……だって腹がたぷ〜んたぷ〜んって揺れてんだもんよ。これはこれで可愛くもあるんだが、でもな、く、くくっ……腹ぁ、腹が……っ、腹っ、ぷっ。


「はひ、はひ、はひぃ……。あー、めっちゃ走ったし」

「ぉ……お疲れ」


 おっし。なんとか吹き出すのだけは耐えきったぞ。ベリルも気づいてねぇようだ。


「次、父ちゃんのばーん」

「おう? 俺もやんのか?」

「やってみないとわかんないじゃーん」


 それもそうかと交代して、俺も魔導ルームランナーなるモンに乗ってみた。


「たしか……、足をつくときに魔力を流すんだったな」

「うん合ってる。けど父ちゃん、魔法でズルしちゃダメだかんねー」

「んなことせんでもキッチリこなしてみせるさ」


 ほれ見とけ。親父のムダのねぇ駆けっぷりを。走るってのはこうやるんだ。


「おおーう。めっちゃ早くなーい。父ちゃん、もっともっとー!」


 珍しいな、ベリルが手放しで褒めてくるなんて。

 ……ん? 待て。なにかがおかしいぞ。

 己の直感に従い、煽ってくる娘を見てみれば——


「いひひっ」


 と、邪悪な笑みを浮かべて魔導歯車側にペタン座り。


「カワイイ娘がガンバってるってゆーのに、それ笑っちゃうイケナイ父ちゃんは〜……——こーだし!」

「お、おいバカやめ————こ、こらぁあああ〜‼︎」


 ベリルのやつ、やりやがった。

 魔導歯車にアホほど魔力を流して、くおっ、これ足がっ、後ろにっ、もってかれっ、るぅうううう!


「ほれほれほれ〜い。おデブイジリされたあーしの悲しみはこんなモンじゃないかんねー」

「ま、待てっ。わわっ、おいまた速、くぉっ⁉︎ 悪かったベリル悪かった! ちょ、オメ、いい加減に——って、まだ速くなんのかよぉおおおおー!」


 くっそコイツ、こっちの走れる限界ギリギリを狙ってやがんな。効率よく俺の体力を削ろうと、緩急までつけてきやがって!


 そんで俺がズッコケそうになったところで、ベリルは呆れぎみに呟く。


「なーんで気づかないかなー。ぴょんって横に飛び移ればいーのにー」


 その手があったか!

 ベリルの助言に従い退避しようとした瞬間——起こりを読まれた? 罠か⁉︎

 つま先が一気に後ろにもってかれてズテッ。


 ——とはいかねぇよ!


 なんとかよろけながらも着地。

 ふぅ……。かろうじて親父の威厳は保てたぜ。

 

「ちー。失敗か〜」


 いや成功しただろ。ったく、かなり焦ったぞ。

 まっ、今回はおちょくった俺も悪かったからな。文句は言わんどいてやろう。

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