長男の帰郷②
まずは一勝。
へへっ。昨夜は粋がってる長男をキッチリ酒に沈めてやったぜ。
すっきり爽快な目覚めを迎えて、今日は、昨日すっかり忘れちまってた禿山要塞の案内をする予定なんだが……。
「オメェ、本気か?」
「ベリルから聞いたよ。親父でも侵入に失敗したって」
「そいつぁアイツのホラだ。俺は間違いなく塀の向こうまでいったぞ」
「うん。で、落とし穴に嵌ったんでしょ。ゲラゲラ腹抱えて話してくれたから知ってる」
ぐぬぬ……。兄妹揃って生意気になりやがって。
「よぉし、いい度胸だ。そこまで言うんならやってみろや」
いちおう塀の先にある落とし穴の罠だけは外しておいた。なんかあったら困るんでな。だからこれはただの遊びだ、遊び。
魔導ギアを着込んだイエーロは、久しぶりの感覚ってふうには見えねぇ。
「あっちでも稽古を怠ってなかったようだな」
「もちろん。実戦ほどの経験はないけど、近衛兵の訓練にお呼ばれしたり、いろいろやってたよ。きっと前より身体は動くんじゃないかな」
ほう、大した自信だ。こいつぁ見物かもしれん。
「じゃあ、いくよ」
性悪なベリルのことだ。俺の滑稽っぷりを面白おかしく話しはすれど、仕掛けについては一つも語っちゃあいねぇだろう。
イエーロの挑戦直後——
二つの水音でそれがハッキリした。
「プハッ……。ええ⁇ なんで塀が崩れるの? どんだけ性格悪いんだよ、アイツ」
堀に落っこちたイエーロは水面から顔を覗かせて、遠く王都にいる誰かさんへ文句を垂れた。
「おうおう。さっそく失敗してんじゃねぇか。試せんのはあと二回だぞ」
「つ、次こそは!」
意気込むも——ドボン。
立て続けに塀の上が割れるって罠にかかり——またドボン。
敢えなく失敗に終わった。
「オメェもまだまだだな」
「ハァ、ハァ……。ここから跳んで、よくあんな狭いところに立てたね」
「そこらの者といっしょにしてくれんな。俺ぁ動きの精密さだけは段違いだからよ」
「そっか。親父とはそういう勝負にならないように気をつけないと」
おっと、こりゃあ一つ手の内を晒しちまったか。
「まぁ上がれ」
未だにプカプカ水堀に浮いてるイエーロに手を差し伸べてやる。
すると——わかりやすいんだよ——瞬時に俺の手首を掴み、引きずり込もうとしてきやがった。
もちろん親指の付け根んところを摘んで、クイッてしてポイッ、だ。
ザブンと水飛沫をあげて、イエーロは再び水の底へ。
ややあって浮いてくると、空気を求めてハァハァ息を乱してらぁ。
そこへ『まだやるか?』そういう意図を込めて手を伸ばしてやると、首を横に振って、こんどこそ手を握ってきた。
「そういう技も使うんだね」
「オメェさぁ。俺に勝つつもりなのは構わんが、親父の親切に対していまのはねぇんじゃねぇか」
「あははっ。いけるかなと思って、つい」
「アホたれ。もうちょい相手見る目ぇ鍛えとけ」
「肝に銘じておくよ」
身体を乾かして一休みしたら、あいだに昼メシを挟んで、午後からは工場や作業場を巡る。
ここではもちろん、
「イエーロ遅いぞ」
「真っ先にオレらんところに来るかと思えばさ」
「なっ。オレらとの友情は後回しかよ」
「そうだそうだ」
「あははっ。ごめんごめん」
「「「——で、土産どこ?」」」
ホーローたちから悪ガキらしい歓迎を受ける。
「イエーロ。俺ぁ教員と船大工たちを案内してっから、終わったら声かけろ。べつに急がなくてもいい」
いましばしは昔馴染みと大人になったのを忘れて、はしゃいでおけ。邪魔になる親父は退散しとくからよ。
◇
「待たせちまったな」
「とんでもねぇです」
「たっぷりご馳走になっちまって」
「食って飲んでさせてもらったぶん、キッチリ仕事しやすぜ」
船大工らは、うちの連中とノリが近くて話しやすい。
だから余計な挨拶なんか省いて、さっそくバルコの作業場へ連れていった。
「コイツが新しい船作りを任されてるバルコってぇ船乗りだ。で、こっちが船大工の——」
「カールっす」
「ピーノっす」
「テーロっす」
自己紹介を済ませたところで、
「バルコ。まずは、水車がついた船の模型作りからだったな。いまどんな具合だい?」
状況を擦り合わせちまう。すると、船大工三人から焦りを含んだ声があがる。
「待ってくだせぇトルトゥーガ様」
「船に水車って……。あまりに船の常識から外れすぎてますぜ」
「タイタニオ様から魔導歯車について聞いちゃあいましたが……」
そっからか。
「トルトゥーガの旦那。ここはアッシが説明しておくんで。のちほど進展については報告に伺いやす」
バルコの申し出をありがたく受けて、俺は作業場をあとにした。
さてさてお次は、チビっ子ハウスの面々んところへ。つっても広場なんだけどな。
たしかハウスってのは家っつう意味だったから、近いうち相応しい学び舎を用意してやらにゃあならんな。
前に試したバンブーを芯材にした混凝土はイイ感じに丈夫だったし、ベリルが帰ってきたら話してみるか。
「ゴーブレ。教員に雇った二人はどうだい?」
「ちぃと変わっとりますが、よくやってくれてますぜ。気のいいヤツらなんでチビたちとも上手くやってくれてるようでさぁ」
「ほぉう」
遠目に見ると、いまは算数の時間らしい。
「センセー、かぞえるコツとかないのー?」
「そうだね。いろいろとあるけど、指を使ってみるのはどうかな」
「テでかぞえるの?」
「うん。指を折って数えるのもいいけど、五本あるからそれよりいくつ多いか少ないかで加算をしてみるんだ。おっと間違えた。ここでは足し算と言うのだったか。例えばだね、六と四を足すと?」
「六だとゆび、たりなーい」
「いくつ足りない?」
「一つ」
「では反対の指を四つ折ったら?」
「一つたりない——あっ。十だ!」
「正解。そういうふうに、はじてのうちはすぐに想像できる数を目安にしたら捗るんじゃないかな。それは人によって違うからやりやすい数を探してみてごらん。あと、いくつといくつを足すと十になるのかを調べてみると、計算が早くなるかもしれないよ」
「「「はーい」」」
あの理屈っぽい男がガキに合わせてちゃんとやってるじゃねぇか。どうやら俺の杞憂だったらしい。
シエンシオの算数が終わると、しばしの休憩を挟んで、つづいてはマニティの国語の授業がはじまる。
「お昼に食べたこの果物、どうだった?」
「「「美味しかったー!」」」
「そうね。ワタシもお昼のゴハンがあって、甘味まで出してくれるなんて思いもしなかったわ。でね、今日のお勉強はこれを見て、思いついた言葉を言っていこう」
昼メシに出されてた果物だ。一つくすねてたんか。まぁ細かいことは言うまい。
「みんなで順番に地面に書いていって、最後まで残った人の勝ち。一番たくさん答えられた人には、この果物をご褒美にあげます。あっ、センセーも食べたいから参加するね」
「「「ええー、センセーずるーい!」」」
「イジワル言わないでセンセーも仲間に入れてよ。それじゃあチコマロくんからどうぞっ」
「え、えっと……アカい!」
ってな具合に喋って手を動かしてって感じで、学習は進められていく。
これは語彙を増やすのみならず、モノをいろんな側面から見る目を養うことにも繋がってく。
なかにはトンチンカンな答えもあったが、そのワケを話させてみりゃあ納得いくこともある。
この『言う』と『聞く』が、チビどもにとってイイ刺激になってるようだ。
よく考えたもんだなぁと感心して見ていると、
「トルトゥーガ様。いらしていたのですか」
シエンシオが話しかけてきた。
「おう。初っ端から投げっぱなしだったんでな。苦労かけてねぇかと思ってよ」
「いいえ。投げっぱなしなどとんでもありませんよ。ベリル様は多くの教材や教育案を書き記されていました。それをさっそく参考にさせてもらっております」
そうなのかい。意外にもほどがある……、なんつったらベリルに悪ぃか。
いいや、これはアイツの日頃の行いからの感想なんだ。引っこめる必要はねぇわな。
「半月ほどは、うちに慣れるつもりでのんびりやってくれや。しばらくしたら喧しいのが帰ってくるからよ」
「ええ。ありがとうございます。学習課程そのものを学ぶというのは、私の知識を深めることにも繋がるとは思っていましたが……、すでに多くの実りがありました。考えるのみとやってみるのでは大違いで、発見の多い毎日を過ごさせてもらっています」
実りがあるんなら結構なことだ。
そっからしばらくシエンシオの小難しい話を聞かされてると、
「親父、お待たせ」
イエーロが呼びにきた。
正直助かった気分だぜ。言ってることはわからなくもねぇんだが、シエンシオと話してると頭が疲れちまっていけねぇ。
広場をあとにして、イエーロには装飾品や革製品の作業場を案内した。
その途中でイエーロは女衆にとっ捕まる。
連中が知りたがってたのは想像どおり、王都での暮らしぶりやクロームァとの新婚生活について。
あれこれ根掘り葉掘り聞かれて答えるたんび、キャーキャー黄色い声が湧く。
思ってた以上に、うちの長男は女の扱いが上手いのかもしれん。




