長男の帰郷①
道も作ったしスモウ大会の会場も建てた。残りのチビっ子ハウスの教員も決まったんで、これにて王都での用事は済みだ。
で、いまはトルトゥーガへの帰路についてるわけだが、
「一年ちょっとぶりかぁ。親父、ベリルが『かなり変わったし』って自慢してたけど、そこまでなの?」
行きとは顔ぶれが違う。
いま領地について聞いてきたイエーロ。加えて、タイタニオ殿が紹介してくれた船大工たちと採用したばかりの教員二名が同行している。
その代わりにヒスイとベリルが王都に残った。
なんでもイエーロがおらんあいだ、二人してアンテナショップで働くんだと。あとは店探しもするらしい。
……なんだかウソくせぇな。
つうかベリルのやつ、さっそくバンブートレントの世話を放っぽりだしやがってからに。ったく。
他にも、
『お相撲大会のコロシアム、ちょっと直してとか言われるかもしんないじゃーん』
ってな理由で、うちの連中を半分置いてきた。
こっちもこっちでホントかどうか疑わしいぜ。
でもまぁ、イエーロが帰郷するんなら代わりに残るとまで言われちゃあ否とは言えねぇやな。
俺としても、
「驚く準備だけしておけ」
「そんなに⁉︎」
長男にスンゲェ発展した領地を自慢してやりてぇんだからよ。
◇
まず移動中は混凝土の道に目を見開いて、領地につけば禿山要塞に目をまん丸くする。
「なにをすればこんなに変わるもんなの?」
「んなもん決まってらぁ。ベリルの好きにさせた結果だな」
うちの連中が気ぃ利かし、荷解きなんかやっとくからイエーロを案内してやれと勧めてくれた。
おかげで、いま俺らは水堀沿いをグルリと歩きながら、この一年間について話してる。
「この混凝土の堀も塀もお袋の魔法で作ったんでしょ? 嬉々としてる姿が目に浮かぶよ」
「ちなみに石灰捏ねたのはベリルだぞ。例のポチィで一発だったぜ」
「そうか。やっぱりアイツはお袋似なのかもね」
「なに言ってやがる。オメェだってヒスイ似だろうが」
「そうかな? オレに魔法の才はないよ。かといって親父ほど立派なガタイでもないんだけど……」
なるほど。言いてぇことはわかった。自信がねぇってのもな。
「もうヒスイから聞いたんか?」
「うん。次のスモウ大会で親父に勝てたらって」
「そう心配すんなって。オメェが後を継いでも、しばらくは俺も働くんだからよ。楽隠居は当分先だ」
「……オレ、勝てるのかな?」
「俺ぁ負けてやるつもりはねぇぞ」
「ええぇ」
ゲンナリした顔なんか見せんな。オメェはもう立派にやってる。それをうちの連中に示せばいいだけだ。
俺が足を止めて向き直ると、イエーロもつられて立ち止まる。
「一つ、強くなるコツを教えてやろう」
「そんなものあるの? お袋はダークエルフたちに仕込ませるとか言ってたけど」
「んな小手先の話じゃねぇ。もっと肝になることだ。ヤベェときは、」
言葉を区切って、一番伝えてぇところを拳といっしょに胸にゴツンと叩き込む。
「サユサを思い出せ」
「……いったぁ」
「なにがあっても忘れんな」
「わかった」
一端のツラして頷いた。かと思えば、
「でもそこは女房じゃないんだね。いいの? お袋が聞いたら拗ねそうけど」
親父をイジってきやがる。
ここはキリッと俺も返しとかんと。
「頼むから黙っててくれ。あとベリルにも言うな。絶対だぞ」
「あははっ! たしかにアイツが聞いたら調子に乗って手がつけられないかも」
ああ。いま頭んなかに『なーにー。父ちゃんってばピンチなったら、あーしのこと思い出しちゃうーん? ねーねーどーなんさー。ほりほり言ってみー』などとほざくクソ生意気なツラした性悪娘が浮かんじまったぜ。
チッ。イエーロのやつめ、うざってぇこと考えさせやがって。
「オレ、絶対に勝つから」
おまけに勝利宣言かよ。やってくれるじゃねぇか。
だったら親父として手を抜くわけにはいかん。さっそく仕掛けさせてもらうぜ。
「なんだイエーロ、オメェはそんなにダークエルフの嫁さんが欲しいんか。あんがいスケベなヤロウなんだな」
「——ち、違うから! ベリルみたいなイジり方やめてくれよっ」
おいおいベリルみてぇとは心外だぞ。
「それに! 側室の話はオレ次第だったよね。だったらそこは関係ないじゃないか」
「ほぉう、デカくでたな。あのダークエルフらの誘惑を拒みきると? 正直いって並大抵の精神力じゃあ乗りきれんぞ」
「……そ、そんなに?」
「連中、いまはヒスイに気ぃ使って大人しくしてるだろうがよ。考えてみろ、オメェんとこで働いてもらってるコハクとメノウを」
容姿だけで言やぁ美女んなかでも上から数えた方が早ぇ。好みの問題があったとしてもだ。
そのあたりはイエーロも承知してるはず。ゴクリと生唾飲んじまったのがいい証拠だ。
「あんな色っぺぇ美人が側室でもいいからって迫ってくんだぞ。割とマジな話で、オメェみてぇな女を覚えたばかりの者があれほどの色香に堪えられるとは思えんがな」
手ぇ出しといてやっぱりなしは通用せんぞ。俺もそれは許さん。
「——いいや。オレは親父にも勝って、どんだけ美人に誘惑されても耐え抜いてみせるっ。両方ともやってやるから!」
「いい啖呵だ。覚えておく」
こいつぁどう転んでも面白ぇことになりそうじゃねぇか。
ちなみに本人の意思はともかくとして、俺は誰になろうとうちの長男がダークエルフの嫁をもらうのに賛成だ。
これはヒスイも同じだろう。それだけトルトゥーガ領にもイエーロにも安心が増すんだからな。
まず間違いなくヒスイの方が長生きするだろうから、これは万が一を考えての話だが。
「それじゃあ前哨戦といこうぜ」
「——え⁉︎ いまここで?」
「バーカ。こっちでだよ」
俺はカップを煽る仕草をみせてやる。
「なんだそっちか。オレだって王都でお客さんと飲む機会あったからね。けっこう自信あるよ」
「ほぉう。そいつぁ楽しみだ」
飲むにはちぃと早ぇけど、イエーロの帰郷祝いと教員や船大工たち新たな仲間を迎えた宴に先立ち、俺らは杯を交わした。




