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面接すっし③


 数名まともな教員志望者の面接をしたら、またヘンなヤツがやってきた。

 こんどはオンナ。比較的若い方ではある。だが世間では『もうそろそろ嫁いだら?』なんて言われちまいそうなくらいの歳だ。これ以上は口にせん方がいいか。


 で、ベリルが受けた第一印象は、


「この人もゼッタイ眼鏡かけてもらわなくっちゃ」


 だそうだ。

 マニティという名の女史、とくべつ美人の部類じゃあねぇんだが、控えめで落ち着いてて一部のオトコは好みそうな空気感を醸してる。


 んなことよりも俺が面白ぇと思ったのは志望動機の方で、


「どうしても物語を書く時間が欲しくて……。子供の教育なら、教材に使うお話を書くのもお仕事に含まれそうですし、なにより小さい子は寝るのが早い。そのあいだにワタシは自由に物語の世界に浸れると考え、志望しました」


 だとさ。

 明け透けなヤツ。嫋やかに見えたのは雰囲気だけで、その中見は欲望に忠実なヤツらしい。


「ごめんだけど、チビっ子たち寝てるあいだもお仕事あるからね。どうやって勉強してもらうのがいーのか、とか、他にも記録つけたりめちゃあるし。それでもやる?」

「実家からは『嫁ぐ気も家を手伝う気もないなら出ていけ』と追いだされてしまいまして……。いままでは食品店のお仕事をしながら、暇を見つけては物語を書いていました。でも紙もインクも高くって。古くなった売り物をコッソリ食べて凌いでいたんですけど、このあいだバレてしまい……」

「クビになっちゃった?」

「…………はい」


 気の毒、ではないか。コイツの自業自得だ。


「ふーん。ならいまから超難問出すね。それに答えられたら合格にしちゃうし」

「おいベリル。いつもの学問の面白さは聞かなくってもいいんか?」

「だってマニティちゃんに文章の面白さ語らせたら、明日の朝まで喋ってそーじゃね?」


 ……たしかに。そういう種の変人だってのには俺も同意だ。

 面接で話した僅かな時間でもここまで思わせるだけでも、ある意味スゲェ。教育にとっての良し悪しは別だろうけど。


「ぜひ超難問というのを!」

「ひひっ。めちゃ(むず)いかんね」

「お願いします」

「問題! イイ感じの女子に男子が『月が綺麗ですね』と言いました。これに隠された意味は?」

「私はあなたを愛している」


 即答かよ。でもなんじゃいそりゃあ。


「………マジ⁉︎」


 ベリルが驚くのもムリねぇぜ。やっぱり普通にイカれたヤツだったらしい。

 俺は落とす方向に決めかけた——が‼︎


「せ、正解だし」


 ハ……? なんでそうなる⁇


「これは奥ゆかしくも初々しい二人の逸話ではないでしょうか。そう、二人の出会いは偶然であり必然でもあり——」


 そっからはじまる妄想劇。

 最初のうちは聞いてて蕁麻疹が出るほど拒絶感があった。そんくれぇ甘ったるい色恋話で、それが聞いてるうちにだんだんとムズ痒さに変わってく。


 だが耐えつづけてると終いには、


「——告ったぁあああああぁ〜‼︎ でもカノジョ気づいてないフリとかねーし! でもでもハッキリ言ってほしーのもわかっちゃう乙女心の摩訶不思議ぃいいいいーっ‼︎」


 ベリルは感動のままに絶叫。俺だって密かに潤っときちまったほどだ。


「ははっ、なんだか照れてしまいますね。ワタシの語りよりも、文字で追ってもらった方が素敵だと思いますよ」

「全あーしが、全ミネラリアが泣いたし。センセーとかやんなくていーから出版しよーよー。いますぐ!」

「しゅっ、ぱん⁇」

「おい待てベリル。これは教員の面接だってのを忘れんな」

「おっといけね。つーかさ、マニティちゃんは自分が書いたお話をみんなに読んでほしかったりしないの?」


 ここでマニティは黙る。ややあって、


「考えたこともありません」


 と心底驚いたように語り、


「けれど想像したら、すごく心躍ることだと思えました」


 まだつづける。


「それに子供たちが書いたお話を読むことを考えたら、それもまた尊いことですね」


 屈託のない笑顔で締めくくった。


「ふーむ。条件があるし」

「なんでしょう? ワタシ、お賃金が安くても構いません。どんな雑用でもなんでもこなします。本当にいまさらですけど、それくらいこのお仕事にやり甲斐を感じました」

「いやいや、お給料とかお仕事の内容はちゃんとすっから」


 さっきまでとは打って変わってグイグイくるマニティに若干押されてつつ、


「センセーしてもらうとき、眼鏡とベレー帽は必須ね」


「「……は?」」


 ベリルはしょうもない条件を突きつけた。


「は? じゃねーし、こっちが『はあ?』だし。作家センセーすんなら眼鏡とベレー帽はゼッタイだもん。あともひとつ、」


 俺とマニティの理解の間を待ち、


「あーしがお願いするお話とかも書いてちょーだい。物語だけじゃなくって、レシピ本とかレビュー記事とかカタログみたいのもあるから、そこらへんもお願いしたいかも」


 意味不明だが、これまた面倒くさそうな条件を上乗せ。

 しかしマニティは乗り気なようで、


「他の、文章を書くお仕事ももらえるのですね! 写本などではなく」

「そーそー。……ん?」


 たぶんベリルと同じことで俺も引っかかった。


「マニティだったな。オメェさん、文字書くのが達者なら、写本で食っていこうとは思わなかったんかい?」

「それがですね。どうしても、内容を変えてしまいたくなるのです。もっとこうならいいのに、とか、この表現は違うといったふうに」


 そりゃあダメだな。最も向いてねぇ仕事と言っていいだろう。


「俺からも一つだけ条件だ」


 こりゃあキツく言い含めておく必要がある。


「歴史とか実在の人物を書くことは禁止な。これだけは譲れねぇ。構わんか」


 俺ぁリーティオたちの歌で懲りてるんだ。それに歴史を綴った本で史実を好き勝手にイジるなんざぁあっちゃあならん。


「ええー! 父ちゃんと大魔導ママのラブコメとか書いてもらおーと思ってたのにー。ダメなーん」

「絶、対、ダメだ! これが受け入れられんなら、領主権限で却下すんぞ」

「——か、書きませんかきません! 歴史や実在の人物については絶対に!」

「それじゃー新聞とかインタビュー記事書けないじゃーん。聞いたとーりならよくなーい」

「その手のもんは『一度俺の確認を得てから』と約束できるんなら、考えてやらんでもねぇ」

「うーわ。検閲ってやつだし。あーしは表現の自由を要求すっし!」

「うっせボケ。んなもん知るか。書かれた個人への配慮を優先しろってんだ。アホたれ」

「……うーむ。んじゃそれで」


 オマケみてぇにベリルは「マニティちゃん採用だし」と告げて、面接は終了した。


 このあとも面接はつづいたが、結局、教員として採したのはシエンシオとマニティ。変人二人だけだ。

 面白ぇヤツらではある。そこは認めるが、チビたちに悪影響がねぇかどうか……それだけが心配な人選だった。

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