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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第五章

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面接すっし②


「父ちゃんって勉強苦手じゃーん」


 いきなりだな。


「あーしも苦手だし。でもさー、面白い話は聞きたくなーい?」


 また話が飛ぶ。こういう場合は、なんも考えず耳を傾けておくに限る。


「面白ぇ話なら誰だって聞きてぇだろ」

「でっしょー。だからそれできないセンセーはヤッ」


 つまりは学問に秀でてるかじゃあなく、話しぶりが面白いかどうかで選んでんのか。それってどうなんだ?


「なぁベリル。そもそも学問なんかツマらねぇもんだぞ。俺だって必要に迫られてやっただけだしよ」

「はあー? ぜんぜんちゃうし。父ちゃんは社会科見学んとき、聞いてて面白くなかったん?」


 ベリルが言ってる社会科見学とは、ワル商人ことノウロの商売の体験談、水車職人モリエンドやハタ織り機の発明者ボビーナによるカラクリの実演などをチビたちに見聞きさせた催しのこと。


 たしかにあれは興味深かった。

 俺としちゃあ、チビたちが楽しそうに食いついてるさまの方が印象的だったが、『なぜそうなる?』と好奇心をくすぐられたのも確か。


「あれだって勉強だし。あーゆーふーに、本人が面白いって思ってることを教えてあげてほしーの。あーし、本人が大好きじゃないことの話なんか聞きたくねーし。みんなだってそーでしょ。んで、楽しいって思ったことってトモダチとか家族とかに話すじゃーん。もっと知りたくなって質問したりー、自分なりに考えたり調べるよーになるんじゃね? そーゆーのを経験してほしーわけ。役に立つかは二の次でよくなーい」


 ……長ぇ。が、おおよそベリルの意図するところはわかった。

 けどそれ、かなり敷居が高ぇんじゃねぇか。


「……最悪、決まらん可能性もあるな」

「したら直にスカウト行くし」

「それは却下だ」

「なんでさー」

「テメェの都合のいいオツムは、どなたが教員を募ってくだすったのか忘れちまったんか」

「お妃さまのメンツとかそーゆー話?」

「そうだ。最低でも二人はとれ。前にも言ったが、オメェの振る舞いはチビっ子ハウスの先々に響く。そいつを忘れんな」

「……はーい」


 さてさて、言って聞かせてはみたが、この問題児が素直に聞くかは怪しいところだ。

 どうしても決め切れんときは、こっちで選んじまうしかねぇな。


 つうわけで翌日からはただの付きそいではなく、俺も選ぶ立場で面接に参加することにした。


 

 ドアが鳴り、ベリルが招く。


「よろしくお願いします」


 ここまでは昨日の焼き直し。誰にしたらいいのか決め手がまるでなし……。

 だったんだが、入ってきた男は少し違った。

 どっちかといえば教員志望者は一線を退いた歳の者が多いのに対して、コイツは若ぇ。つっても三〇前後くれぇか。

 なりより俺が気になったのは、いつまで経っても席につかん態度。かと思えば、


「お掛けくださーい」

「失礼します」


 勧められればアッサリ腰かける。

 その姿勢も深すぎず浅すぎず背筋は真っ直ぐ。重心がキッチリと腰に乗っていて、隙がねぇ。

 かといって武人のように鍛え込んでるってぇ身体つきじゃあなく、ヒョロヒョロ。


 よって俺の第一印象はスゲェ律儀。もしくは神経質なヤツだった。


「自己紹介からどーぞ」

「シエンシオと申します。年齢は三二。昨日までは文部庁に勤めており、学者として日々、算術や身近に起こる現象についての知識を深めてきました」

「昨日まで?」


 思わず口を挟んじまったぜ。


「はい。昨日付けで退職してきましたので。つまり『昨日まで』です」


 そっちじゃねぇよっつう答えが返ってきたが、おかげでもう一つコイツについてわかったぞ。面倒くせぇ喋り方するヤツだってな。

 そう俺は評価を下げたんだが、ベリルは正反対のようで、覚え書きには丸が増えていく。なかには『やる気ハナマル』と書き殴ってもある。


「では、自分の長所を聞かしてくださーい」

「いまの問いは、相対的に他者よりも優れていると自認しているところ、という認識でよいでしょうか?」

「んと、たぶんそれー」

「となりますと、私が自覚する長所が他者からは短所として捉えられかねません。その点にはご留意ください。では端的に。私は他者よりも優れた洞察力を有しております。これには他人が気にならないことまで目についてしまうという負の側面もあります。具体例をいくつか……」


 話、長っ。

 でも不思議と内容は入ってくるんだよな。

 役所でやらかしたエピソードなんか思わず笑っちまいそうになったくれぇだ。

 本人には滑稽話のつもりはなく、至ってクソ真面目に語ってるから吹き出さんよう堪えたがよ。


「一つ、いいかい」


 たしかに俺らが聞くぶんにはいい。きっとややこしい算術の話も滞りなく伝えてくれるんだろうと期待できる。だが、


「シエンシオだったな。オメェさんが学問を教えんのは、まだ読み書きをはじめたばかりのチビたちだ。ハッキリ言って同年代の子供より出来は悪ぃかもしれんぞ。そいつらがわかるように話せんのか?」


 この点が気になった。


「もちろんです。私は自らの長所として『洞察力が優れている点』を挙げました。いまこの場では、面接官お二人の理解度を考慮したうえで、内容や言葉を選んでおります」

「ベリルはまだ六つで、見た目は三歳児くれぇだが」


 俺の容姿に至っちゃあ知性のカケラも感じねぇだろう。テメェで言うのもなんだけどよ。


「文部庁で勤めておりましたので、ご息女の言動や発案諸々は耳にしております。そのうえで、並大抵の大人より遥かに高い知識(・・)を有していると判断いたしました」


 ……知識、ね。

 知恵や知性じゃあねぇところが、コイツの認識の正確さを物語ってんな。


「文部長は引き留めなかったんか?」

「私の意思を尊重してくださいました。役所に勤めているよりも、自由に学問に励んだ方がよいとも」

「はいはーい。あーしからもいーい」


 いちいち質問の許しを得てる時点で、シエンシオの主導で面接が進んでる。なかなかのヤツだぜ。ベリルは気づいてねぇみてぇだけどな。


「シエンシオさんがスパイとか、そーゆー感じの、国から命令されてきた監視役って可能性(かのーせー)ある?」


 アホたれ。それを本人に聞いてどうするよ。


「噂どおりの方のようだ。なんとも面白い問いですね」


 はじめて表情を崩した。


「なんちゃらパラドックスみてーな答えは禁止ねー。言われても意味わかんねーし」

「……パラドックス、とは?」

「よく知んなーい。たしか『矛盾してっけどどーすんの、それ?』みたいな感じ。詳しくはこんどまたにしてー。んーで?」

「なるほど。私自身が自己弁護をして、そこにどのような説得力が生まれるのか……、そういう類の問いなのかもしれませんね。おっと失礼。もし私がなんらかの使命を帯びていたと仮定して、その場合はもう少し柔らかい人柄を演じたでしょう。子供の学習を担う者として求められる優しい人格を前面に押しだして」


 受かりたいならそうするって話だな。ならなぜそうせん?


「しかし、そうしてしまっては他の志望者と変わりません。ひいてはベリル様の興味も引けず、もう少々早く面接が打ち切られていたのではないでしょうか」

「おおーう。なんか計算ずくなとことか、マジ鬼畜な理系男子って感じー。センセーになったらゼッタイ眼鏡かけてもらうし。四角いやつねー」


 ほぼ内定。言い草はひでぇがそう聞こえる。


 そしてベリルから最後の質問。これには一つの条件が追加された。


「あーしが歳相応のおバカな子だとして、お勉強の面白さを教えてみてー」


 さすがにキチぃだろ。ガキが一番嫌うのが理屈を捏ねんのこそ学問だぞ。しかも仮定ってのが、また厄介だ……。

 しかし、シエンシオは言い淀むことなく言葉を紡ぐ。


「今朝食べたパンは美味しかったかな? うん。ボクも美味しいと思った。今日は、その理由を考えてみよう。ん、なんでそんなことをするのかって? 明日も美味しいパンを食べたくはないかい? だよね。だったら今日美味しく作れた理由、美味しいと思えた理由がわかったら、また同じことができるじゃないか。これをカッコいい言い方で『再現』って言うんだ。こんど使ってみて」


 いったんシエンシオは朗らかに笑い、話を区切る。で、つづける。


「まず、パンはフカフカな方が美味しい。ではフカフカじゃないパンとフカフカなパン、さてさてどうやって区別しよう? 先生は同じ重さをかけたら『どのくらい沈むか』で比べてみようと思うんだけど、みんな手伝ってくれないかな」


 こんな具合だ。まだつづく……。

 

 もうコイツに決まりでいいんじゃねぇか。

 と、いつ締めようか考えてたら——


「うひひっ。あーし知ってるもーん。フカフカな秘密はコーボだし〜」


 生徒気分になったベリルがいらんこと言う。


「ベリル様、コーボとは?」

「んっとねー……ハッコーすっし」

「光るのですか?」

「そっちの発光じゃなくって、ハッコー。腐る? みたいな⁇」

「——まさかパンが腐っていると⁉︎ いや確かにモノは腐敗すると膨れることもある。がしかし、痛んではいない。つまりは腐らせるなにかをベリル様はコーボと呼び、ハッコウと腐敗を区別したと。そしてそれを成すなにか——コーボが存在する……と。これはいますぐ確かめなければ‼︎ 面接の結果は後日お手紙でお知らせくださいでは私はこれにて失礼します」


 ガタッと立ち上がって、ドアをバタン。


「「…………」」


 勝手に面接もドアも締めて、シエンシオはさっさと帰りやがった。


「なぁベリル。本気でアレを採用するんか?」

「ひひっ。めちゃ面白そーじゃん。難しーこと聞いてもいっしょになって考えてくれそーだし。あーゆーヘンな人って、チビっ子にゼッタイ人気でるっしょ。大人の事情とかで誤魔化したりしなそーだし〜」


 俺にはヤツが、授業ほっぽらかして研究してる画しか浮かばんのだが。まっ、一名決まりってことにしておこう。

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