親方すっし⑨
会場作り二日目——
ベリルが面白ぇことをはじめた。
予定地の中心から外側へ向かって斜めに、さらには外周にグルリとレールを敷いたんだ。
元々そこは階段にする予定だから掘り進める邪魔にはならん。地均しなんかを搬入する際にも使うから最後にカタチを整える予定になってる。
でだ、件のレールでなにをするかといえば、溜まった土砂を魔導四駆を使って運ぶ。
それだけに留まらず、段状に高くする客席部分の端に土を盛ってくれてんだから大助かりだぜ。あとでレールをどかす手間を差し引いてもな。
「珍しいこともあるもんだ。ベリルが役に立ったぞ」
「まーた父ちゃんはそーゆー言い方するー」
「おっと聞こえちまったか。すまんすまん」
「小悪魔イヤーは地獄耳だし」
なにほざいてんのかサッパリだが、悪口だけはよく聞こえる都合のいい耳って意味でだいたい合ってんだろ。
さらに数日が経ち——
掘る作業はひと段落ついた。
このころにはヒスイも顔を出すようになって、地均しを終えたところから順に、混凝土を敷いていく。
道路と違い砂利はいらんらしいので、俺らは貴賓席の芯材を組みはじめた。
それが済めば、あとはヒスイの魔法任せだ。
「ママ、またすごくなってるしー」
「だな」
よくまぁ排水用の筒を包めるもんだと、改めて器用さに驚かされたぜ。
ちなみにこのバンブー製の筒だが、客席の下、地中を通ってる。
真ん中の競技場所には隅っこに溝があって、そこを伝って溜まった水を外に流してやるって仕掛けらしい。
こうして、ひと月にも満たない工期でスモウ大会の会場はいちおうの完成をみた。
翌日——
王都中心部と会場の間にレールを敷く予定もあるんだが、うちの連中は二日休み。
今回は宴会なしの代わりに臨時の給金を与えて街へ骨休めに出した。
ヒスイとベリルも常宿へと戻る。二人して空き物件を探しにいくんだと。
そのあいだ俺はといえば、
「これはまた立派ですね」
「しかもこの短期間に……」
土工と殖産の長官殿の案内をしている。
「じっくり検分しちまってください」
「絵図では見ていましたが……」
「実際に目にすると驚きしかありませんな」
ペタペタ壁に触れたり、客席に座ってみたり、溝を覗き込んだり。
それでわかんのかって検め方で、二人はしきりに唸ってみせた。
「飾り気がねぇんで、そのあたりはそちらでお願いします。うちの娘にそこを任せると、たぶんロクなことにならんと思うんで」
「「えっ、いやぁ……」」
言い淀む、が否定はせんか。ベリルの問題幼児っぷりをよくわかってるじゃねぇか。
「こ、ここまでの仕事をしていただいたのです。仕上げに関しては我々にお任せください」
「ですな。トルトゥーガ殿にはまだレールを敷くというお役目が残っておりますので」
ここで上手いかわし方についてツッコんだりなんかせんさ。ちゃんと「お気遣い痛み入ります」と大人の返答をしておくに限る。
あちこち気の済むまで見回ると、殖産長殿は会場を俯瞰して、
「技術の進歩とは凄まじいものですな」
しみじみと呟く。
いま変わりはじめていること、これから先に起こるであろうこと、そういったモンをひっくるめての発言だろう。
その視線は遥か遠くを見据えている。俺にはそう映った。
「この時代に生まれ、王国に仕える身でよかったと心から思っております」
「王国躍進の世代としてその礎を成せるのですからな」
なんつう立派な心掛けで。
とてもじゃねぇが俺にマネできねぇや。
「いずれ我らの常識では理解が追いつけなくなる日がくるでしょう」
「きっと、そう遠い先の話ではないかと」
「新しい時代を生きる若者に、よい状態で引き継ぎたいものですね」
「まったくです」
新しい時代を生きる若者……、か。
そろそろトルトゥーガも考えた方がよさそうだな。まだケツが青いから、なんて言ってると、進んでいく時代に取り残されっちまう。
傭兵稼業を生業にしてきた古い時代の俺らは、もう変化には対応すんのもしんどい。
べつに役立たずと卑下するつもりはねぇが、それでも理解が一つ二つ遅れるのは事実だ。
このあと長官殿らと王都へ戻る道すがらも、ずっと頭の片隅で考えちまった。
俺んなかではほぼ結論がでてる。
とはいえ、ある日いきなり『はいどうぞ』ってわけにはいかねぇ。なんぞ機会でもあればいいんだけどな。
◇
もう一日ある休みもベリルは物件探しに出掛けてった。今日の付き添いはイエーロがしてくれるってんで任せちまう。
で、いまはヒスイと宿で二人きり。とはいえ、これといって色っぽい展開にはならん。
ベリルが突然帰ってくるのを警戒してってわけじゃあなく、女房は俺が考えごとしてんのを察してくれてるからだ。
ずっとヒスイは物静かな佇まいでいて、ときおりコトリと、こっちが気づくギリギリの音を立てて酒を注いでよこす。
そいつをチビリチビリやりながら、
「そろそろ家督を譲るか」
こんな独り言未満。
それでも応えてくれる。
「あなたの思うままに……。という答えでは、良い妻とは言えませんね。アセーロさんが求めているのは相応しい頃合いや機会ではありませんか?」
よくわかってるじゃねぇか。ホント、オメェは俺にはすぎた女房だぜ。
「なんぞ考えがありそうだな。聞かせろよ」
「せっかくのおスモウ大会ですもの。そこでアセーロさんに勝てたらというのはどうかしら?」
いくらなんでもそりゃあムチャクチャだ。
「ひと勝負して認めるってのはありかもな。それならうちの連中もついていくだろう」
「うふっ。負けるとは微塵も思ってないのですね。それに勝ちを譲る気もない。嗚呼、そういうアセーロさんの負けず嫌いなところ……素敵です」
それだと俺が大人げねぇみてぇだろうが。
「では、イエーロくんが少しでもよい勝負ができるようテコ入れをしてもよくて?」
ん? なんか話が妙な方に向かってねぇか。
「オメェが鍛えてやんのかい?」
「いいえ。私では甘やかしてしまいますもの。ですのでダークエルフたちに任せようかと」
「そりゃあ怖ぇ」
「ふふっ。そう言う割には口元が……」
自分じゃあわからん。が、そうなのかい。
「アセーロさんを満足させられるよう、あのコたちが奮起するご褒美を提示しなくてはなりませんね」
どうせスゲェ魔法でも教えてやるんだろ。それなら徹底的にイエーロを鍛えてくれそうだもんな。
「違いますよ。求婚の許しです。もちろんイエーロくんがイヤがるのなら断ってもらっても構いません。けれどあの娘たち、もし側室へ立候補できるとなれば……。うふふふふっ」
おいおい。んなもんエサにしたら、あの連中はなにをイエーロに仕込んでくるか知れたもんじゃねぇぞ。
「クロームァがどう言うか、そっちもあんだろが」
「あら、あのコとならもう話は終えてますよ。本人も納得済みです。そもそも子爵夫人が一人だけという方がおかしいのですから」
それをオメェが言うのかい。
つうか事後承諾っつうやり口がベリルそっくりじゃねぇかよ。
いいや逆だ。いまハッキリわかったぜ。
しれっとテメェのことは棚に上げちまう図太さ、いつの間にか外堀を埋めちまう狡猾さ、愉快犯的なところなんかも、どれもこれもヒスイ譲りなんだってな。
ったく。なぁにが『私では甘やかしてしまいますもの』だ。一番キツい条件を息子につきつけやがってからに。
これもヒスイなりの愛情なんだろうけどよ、ちぃとばかし歪んじゃあいねぇかい。




