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うちの娘は生まれてすぐ「マジありえなーい」などと喋りはじめ、未知の魔法や高度な算術も使いこなす天才児。でも問題児。  作者: 枝垂みかん
第五章

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親方すっし⑥


 所狭しと並ぶ料理の数々。それらを片っ端から平らげていく。腹が落ち着いたら、こんどは酒だ。

 はじめの三杯目くれぇまで麦酒を飲んで、以降はそれぞれに好みのモンを。


「ワシは蒸留酒を一番デカいカップで頼む。薄めんでいいからな」

「こっちはぶどう酒の樽だ」

「酒壺ごと蜂蜜酒を」

「お姉さーん。さっきの麦のやつちょーだーい。果物とお水もねー」


 どいつもこいつもまるで遠慮がねぇ。ったくよ、ここの在庫より先に俺の財布の方が参っちまいそうだぜ。


 乾杯からしばらくは、うちの連中もいちおう店の格に合わせて大人しくしてたんだが、ちぃとでも酔えば化けの皮なんざぁベロリと剥がれちまう。

 あちこちで飲み比べやらケンカ紛いの大騒ぎ。もちろん物を壊すようなハメの外し方まではせんけど。


 揃いもそろって風情のねぇ連中だぜ。悠々と店の雰囲気を楽しむこともできねぇのかよ。


「はいはーい! トルトゥーガさんちのベリルちゃん、飲みまーす」

「うお! 小悪魔殿がデッケェのいくぞっ」

「小悪魔殿ーっ、いったれいったれー!」


 ベリルは両手でカップを持ち、


「「「小っ悪魔! 小っ悪魔! 小っ悪魔!」」


 逆さまにする勢いでグイグイ飲み干す。


「ぷっ……は〜。ごっそさーん。麦ジュース、飲んだったぞーう!」


 でもって飲み終わると空になったカップをひっくり返してみせる品のなさ。

 だってのに、うちの連中はやいのやいのと大盛りあがりだ。


 イエーロとクロームァは騒がしさなど我関せず。二人の世界作って人目も憚らねぇでやんの。

 夫婦だから煩ぇことは言わんがよ。


 ヒスイはヒスイでサユサを構ってる。

 甲斐甲斐しく食えるモンを与えたり、優しく揺すってキャイキャイさせてやったり。

 赤ん坊ならこんな場所はグズりそうなもんを、ご機嫌でなによりだぜ。


 でだ。俺としてはそろそろブロンセのやつをイジってやりてぇところ。さっきからウズウズしてる。

 ちゃっかりダークエルフのルリが隣に座ってる時点で、もう隠す気はねぇってことでいいんか? いいんだよな? どう見ても仕事上の付き合いって空気感じゃねぇもんな。だったら構わんだろ。


 つうわけで、


「おうおうブロンセ。オメェずいぶんとイイ女を侍らしてんじゃねぇか。ォオン?」


 酔っ払いどもの注意を引きつけてやった。


「ああー! ブロンセってば、ルリちゃんとイチャついてるしー」

「——んだと!」

「ブロンセテメェ!」

「このヤロウ、女できたんか!」


 そっからは酔っ払いの鬼どもによる厳しい尋問によって、ブロンセは馴れ初めからぜんぶ白状させられた。

 それでもルリは寄り添ったまんまで、やっかみや冷やかしが心地よさそうだ。


 だが残念なことに、俺ぁそのヤジに交じれなかった。

 なぜなら、


「……ねえアセーロさん。さきほどのイイ女という発言はどういう意味なのかしら?」


 などと、しょうもないことで妬く女房を宥めていたからだ。

 ヒスイにツンケンされてるあいだずっと、なぜかサユサは俺の膝をヨシヨシと撫でてくる。慰めてるつもりなんだろうか?


 そんな喧騒に——


 ポロロ〜ン♪


 見事なリュートの音色が。

 つづいて、


 タ、タカタン!


 キレのいい太鼓。


 あまりにスンナリと耳へ届いたもんで、出処を追ってしまった。たぶん俺以外もだ。


 で、そこにいたのは——


「リーティオくんと吟遊詩人さーん!」


 久しぶりの顔だった。


 二人は酒場んなか全体へ目をやり軽く一礼。それから口上もなしに一曲はじめる。

 そいつを耳にしたことはねぇはずなのに、聞き馴染みがある気がした。


「おおーう。伴奏のワクワクさせる感じ、キライじゃねーし」


 太鼓のみで聴衆を沸かせ、次第にリュートが細かく律動を刻む。以前にはなかった奏法だ。


 そして旋律はトルトゥーガ竜騎士団の歌へと繋がっていく。


 俺としちゃあ小っ恥ずかしい限りなんだが、生憎うちの連中にはそういった奥ゆかしさはねぇようで、いっしょになって歌ってやがる。


 おいおい、テメェらが濁声張りあげたら、せっかくの詩人の歌が聞こえんだろうに。

 んでベリル。なんでオメェはイスに立って踊ってんだい。

 

「ハイ、ハイ、ハイハイハーイ♪」


 クルクル手ぇ回して、拍子打って、曲を楽しんでんのか邪魔してんのか判別つかん。

 サユサもご機嫌そうにあいあい手拍子してらぁ。


 他の客も迷惑そうにするどころか、実際バカ騒ぎしてる連中が題材の曲だってんで面白がってるようだ。


 でだ。当事者ド真ん中の俺はといえば、本音んところはいますぐ床にゴロゴロ転がって羞恥に悶えてぇほどではある。

 が、慣れた。だってもう二度目だ。キリッとツラを保つ余裕さで聞き切ってやったさ。カップ片手にゆったりと酒を煽るくれぇの落ち着きでな。


「ぶっらぼーう! リーティオくんイイ感じー! 吟遊詩人さんイイ声ー!」

「やっぱりリーティオより、本職のリュート弾きが歌った方がいいな」

「まったくだぜ」

「おう、もう一曲やってくれー!」


 そっから他の客も巻き込んで『もう一曲』の大合唱。パン、パン、と手拍子を挟み、ベリルがさらに煽りをくれると——


 小刻みなリュート。

 それに倍する打音。


「うおーう! ロックみたーい!」


 興奮してるのはベリルだけ。


 奏でる二人はさっきまでの物語を表すような表情から一転。トゲトゲしくもギラついた目つきを、テメェの世界に没頭するが如く床へ。


 客らは知らんノリについていけてねぇ。


「ヘーイ、イェイ、イェイ、イェーイ!」


 ただベリルだけがグーを振りあげ、ぴょんぴょん跳ねる。

 そのさまにリーティオと詩人はニタリと笑みを浮かべ——甲高く叫ぶ。二人して喉を震わせる。

 それはなぜか心地いい。違う音と音とが不思議なところで交じりあって、こっちまで高揚させるんだ。


 自然とカップを握る手には汗が湧き、胸の奥から込みあがってくモンを抑えるため酒を口に含んだ。


 そして俺ぁ————


「「立ちあっ、がっ、れっ! 立ちむっ、かっ、えっ! 勇者ァアアア〜♪ トルトゥーガァアアア〜♪」」


「ブッ——フゥヴゥゥゥゥゥゥゥ‼︎」


 盛大に吹き出した。ゲッホゲホッ、ついでに咽せた。

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