親方すっし②
実験台とは言ったが、べつにしんどい思いするとか危険があるってことはねぇ。
基本的に魔法が失敗した場合——ここでは意図とは違う魔法になったときも含む——は、成立しない。
なにも起こらず、ただ魔力がそこらへ散るだけだ。
だから不発に対しての危惧はなんもなし。
しかし問題は、
「なんと類い稀なる閃き……。按摩と魔法を組み合わせるだなんて。いったいどのような結果になるでしょう。……困ったものだわ。胸の高鳴りが抑えきれないのだもの。嗚呼、やはりベリルちゃんは天才。紛れもない天才よ!」
「ひひっ。でっしょ〜。せっかくマッサージすんならさー、施術といっしょにしたら、めちゃ効果テキメンぽーいってゆーアイディアなわけー」
そう。ただただ魔法を試されるだけじゃあ済まなそうだってこと。
「あーしも、ポチィって回復魔法できたらって前々から考えててー。マジ便利そーじゃね」
「おいベリル、今回はエドの稽古に付き合うだけだからな。オメェの出番はねぇぞ」
「そんなイジワル言わないでさーあ、軽〜くポチィって、ツンツンって。先っぽだけだし」
言い方……。その酔っ払ったオッサンみてぇな口ぶりやめてくんねぇかな。割と本気で。
ヒスイが監督してればまず滅多なことは起こらねぇたぁ思うが、コイツの魔法はデタラメだからな。一つも安心できん。
「ふふっ。ベリルちゃんのお稽古はまたこんどにしましょうね。それではエド、はじめなさい」
「はい、おくさまセンセー。みなさんおねがいします!」
つうわけで一人目の問診からはじまった。
どのあたりに違和感があるだの、どういった疲れを感じるだの、微に入り細に入り事細かに。
それを逐次エドは覚え書きに記していく。
「では、ヨコになってください」
つづいてうつ伏せになった者の背中から首へ、腰から膝まで指先で探っていく。
「ここ、どうですか?」
「っつつ……。おおそこ、そこぉ効くぜ〜。腰のあたりがイイ感じに解れるっつうか……んほっ」
ソイツは『腰』と言ったが、エドが触れてんのは脚の裏だ。しかもホントに軽く。またそれも記録した。
「おおーう。めちゃ本格的ぃ」
「だな」
まだまだ俺らは身体の作りにおいて知らんことの方が多いんだろう。
見ていて勉強になるぜ。主に俺は、どこを突いたら痛ぇのかを学んでんだがよ。
「足裏とかもツボいっぱいあるってゆーしー」
このベリルの思いつきを待ってたわけじゃあねぇだろうが、エドは足を掴み、クイックイッと足裏に親指を当てる。
すると、された方はゴッツい身体を逸らし、
「——痛っっっっ‼︎」
悶える。
その反応をエドは具体的に書き記す。とにかくペンが走るはしる。
ついこのあいだまでテメェの名前すら満足に書けなかったチビが、汚い字とはいえサラサラと。
こういった繰り返しを経て、凝りや疲れを抜くツボってやつを研究してってるらしい。
「おくさまセンセー。だいたいわかりました」
「そう」
按摩の方針が決まると、こんどはヒスイの指導がはじまる。
「では、回復魔法を患部に直接流してみなさい」
はい、と返事をしたエドは腰に手を当て、目を瞑ることしばし……。
「…………〝回復〟」
魔力自体は弱ぇがサマになってんな。この習得の早さには素直に驚いたぞ。
「どうかしら?」
「へい奥様。少しだけ楽になった気がしやす」
「さわってみたかんじ……、うん。すこしほぐれてます」
「では次よ。按摩と併せて回復魔法をなさい」
エドは袖でサッと額の汗を拭い、凝ってると申告があった腰から離れた部位に四本の指を添わせると、小さな親指を立てた。
ゆっくり丁寧に呼吸を整える。それは相手の息使いを読んでるようにも見えた。
そして、とてもチビとは思えねぇ集中力を発揮して——
「〝指圧〟」
魔法名を呟く。
すると、なんの抵抗もなく指先が沈む。ズブズブと、皮膚が破けちまうんじゃねぇかって深さまで。
だってのにやられてる方は、
「お、んほぉおおお……! そこそこ、き、きっくぅぅ……」
心地良さそうにしてらぁ。
「この絵面マジ需要ねー」
ベリルには、いま新作の魔法が作られようとしてるとこに立ち会ってるってぇ自覚が一切ねぇらしい。
だがしかし『指圧』の効果は本物みてぇで、
「——スゲェですぜ! 腰の回りの張りも疲れもいっぺんに取れちまいやしたっ」
こう興奮気味に応えたんだ。
エドはといえば、ホッとした顔を見せるのも束の間。またすぐにペンを握る。
「成功のようね。あと二人はいけるかしら。エド、よくて?」
「はい! でもさきに、ほかのみなさんをミてもいいですか?」
「ええ。そうしてあげなさい」
そっから道作りに従事した連中は順番にうつ伏せになって、身体を確かめられてった。
どこをどう按摩するのか決めたら、他のチビたちにもわかるよう覚え書きして、また新作魔法の練り上げに戻る。
「こう言っちゃあなんだが、ガキとは思えん集中力だな」
「あれじゃーん。好きこそものの上手だし、みたいな」
ベリルの言わんとしていることは、なんとなくわかる気がする。
滴る玉の汗をそのままに真剣なツラで施術していくエドは、心から満ち足りてるように見えた。
しかし残念ながらガキの体力と魔力。
いつまでも保つはずもなく、ヒスイが言ったとおり三人目を終えたと同時に魔力切れを起こしてパタリ。
残った者らは、他のチビたちが按摩を担った。スースー寝息立ててるエドが用意した覚え書きに従って。
「ヒスイ。ここまでやらせんのは、ちぃと厳しすぎやしないか?」
本人の意思だってのは承知してても、ついつい苦言を呈しちまう。
それと当初の、回復魔法を教えるってぇ趣旨からはズレちまってるしな。
いつのまにやらヒスイの趣味に走ってねぇかと気がかりでもある。
「この子たちには生き抜くチカラが必要です。その一助となればと思いまして」
「なにかべつの狙いがあるってか?」
「まだベリルちゃんの閃きを確かめているところなのですが」
「つづけてくれ」
ベリルの閃きって聞いた時点で、俺は構えちまう。
娘の人格を疑ってるってわけじゃあねぇが、何事もテメェの物差しでしか測れんからな。ヒスイやベリルの魔法の才で考えてんなら、止めとかねぇと。
「どうも幼い子の方が魔力量が増えやすい傾向があるようでして」
「おい、まさかその条件っつうのは……」
「ご想像のとおりかと」
まだ俺ぁなにも言ってねぇが、そういうことなんだろう。
つまり、ちんまいころからギリギリいっぱいまで魔力を使っていくと、魔力の量自体が増えていく。しかも幼年の方が成長の割合がデカい。こんなところだろう。
「めっちゃありそーな話だし。つーか定番じゃーん。あーしも寝つけないときそーしてたし」
コイツの寝つきの早さにはそんな理由があったんか。
六年越しに知った事実に、俺は納得と驚きを同時に覚えた。
「通常の魔力切れでしたら、まず健康を害すこともありませんので」
「あとあとー、小っちゃい子の方が発想が自由だし」
「つまり新作魔法を練り上げるまでが、容易ってことか」
「そゆことー」
まだ心配は尽きん。が、そもそもチビたちはベリルがわざわざ手を差し伸べた相手だ。滅多なマネはせんだろう。
按摩を終えたチビたちは、駄賃代わりの菓子を貰ってホッコリヅラしてらぁ。
でも、そのあともキッチリ仕事はこなしてた。
「あっ。字、まちがえちゃった」
「よこぼう引いて、なおしたら」
「そっか。ありがと」
「んーん」
のちほどエドに見せるために、拙い字ではあるが、できる限り丁寧に聞き取った感想を紙に残してってる。
コイツらには、いったいどんな将来が待ってるんだろうな……。
ぜひとも救えなかった者のぶんまで満足いく生き方をしてほしいもんだぜ。
一つだけ言えんのは、魔力が増えていけば人生の可能性は増える。そいつぁきっと、いいことなんだろう。




