研究すっし②
左大臣殿から手紙が届いた。もちろん道作りについてだ。
土工の官庁だけでなく殖産や文部などいろんなところから人を視察に送るってんで、調整に手間取ってるらしい。
で、なかなか日時が決まらんから、こっちで施工日を決めちまってくれって内容だった。
こりゃあ都合がいいってんで、バンブーの運搬が終わってしばらく空けた日程を選んだ。遅すぎず早すぎず、これでうちの連中に約束した休みもとらせてやれる。
ちなみに、返事は認めていったん寝かせた。のちに読み返してから送るんだ。これならあとで失敗に気づけるからな。
こんな余裕をもてんのも、ゴーブレが手伝ってくれるようになったおかげ。
負担が重すぎねぇかと聞いてみれば、世話してるチビたちに教えながら学んでくって生活がいたく気にいったんだそうだ。
だから進んで机仕事をこなしてくれてる。ありがてぇ限りだぜ。
これでイエーロも戻ってくりゃあ、そろそろ俺ぁ隠居を考えてもいいのかもしれん。
テメェと女房と娘の食い扶持だけ稼いで、あとはのんびりと暮らす。うむ、悪くねぇ。
なーんて夢想してたら、
「父ちゃーん。バルコにうちの工場とか案内すっし。いっしょきてー」
「それ俺いるか? オメェだけでも事足りんだろ」
「ダーメっ。つーか父ちゃん暇そーじゃーん」
だとよ。
どうやら、隠居できたとしてもベリルが家にいる限りはのんびりなんてできんらしい。
まっ、べつにゴロゴロ寝て過ごしたいってわけでもねぇ。
領主でいるうちは、あちこち顔を見せておくのも大切な仕事。
それにもしこれを怠っちまったら、知らんあいだに妙なモンをこさえられかねんからな。そっちの方が手間だ。
「すぐ支度すっから待ってろ」
「早くねー」
◇
さっそくバルコには仕事部屋を与えた。
仕立て職人のサストロが使ってるのと同じ作業場で、並びにある小部屋のうちの一つだ。
「……ここを、アッシが使っちまってもいいんですかい?」
「もっちろーん。そのうち大工さんたち増えっから、そしたらもっと広い部屋にするかもだけど。いまはここ使っといてー」
小部屋と呼んではいるが、けっこう広い。たいていの道具ならここで作るのに不足はないだろう。
だからバルコは気後れしてんのかもしれねぇ。
「オメェにはそれだけ期待してるってことだ」
「そーそー。まずは模型とかで実験すっし〜。でもその前に、一番関わりそーな人たち紹介しとかなゃ。ひししっ」
ここでなぜか、ベリルはイジワルそうな笑みを浮かべる。
紹介するって、ホーローたちのことだろ? べつに普通の流れだと思うんだが……。
若い衆がいる工場にいくと、
「みんなー。船詳しい人つれてきたしー」
入るなり、ベリルが仕掛けたイタズラの正体が判明した。
「「「待ってました、マルガリテさ〜……ぁ、んんん⁇ …………誰だよ、そのオッサン?」」」
色気づいたホーローたちの表情が、みるみる絶望に染まっていく。これが狙いだったか。
ったく。うちの娘はホントこういう期待を裏切る性格悪ぃマネを好むよな。
「——おい。なんかこのオッサン目ぇ怖いんだけど」
「こ、小悪魔! これどういうことだっ」
「オレのマルガリテさんはどこ⁉︎」
「オマエのじゃねぇ! マルガリテさんはオレとだなっ」
「ええ〜。なんでオッサンそんな睨むんだよー」
この間も、バルコの額にはビキビキ青筋が増えていく。
「トルトゥーガの旦那。ちぃと兄さん方と話す時間をもらっても構わんですかい?」
「にひっ。ごゆっくり〜」
ベリルに手ぇ引かれて、俺は工場の外へ。
閉じた扉の前で待ってると、なかからは、マルガリテにちょっかい出した若い衆に対するバルコの苦言がガミガミぐちぐち延々と……。
「ったく。あらかじめ教えといてやりゃあいいもんを」
「マルガリテちゃんにちょっかい出したら船乗りのオッサンたちがキレるってー?」
「そうだよ。そうすりゃあ粉かけてんの隠しただろうに」
「どーかなー。ホーローたち、カラクリとか考えてて頭よくなってるっぽいけど、基本エッチでアホだし」
「あとあと揉めるよりはマシってか?」
「そんな感じー。あとバルコ見てめっちゃショック受けてるホーローたちの顔、マジ……ぷぷっ、最高だったし」
やっぱりオメェがイジりたかっただけじゃねぇか。いや、連中が面白ぇツラしてたのは認めるがよ。
「ゆーてー、アイツらゼッタイ懲りねーってー」
それも目に浮かぶわ。
この展開、アイツらとマルガリテたちが顔を合わせたときの恒例行事になりそうだぜ。
「んで、オメェはマルガリテを餌にどんな船を作らせるつもりなんだい」
「ふっふっふっ。聞いちゃーう?」
「おう聞かせてくれ」
「ええ〜、どーしよっかなー。マジでスッゲーしー、簡単には教えらんな〜い。どーしてもってゆーんなら〜考えてあげなくもなくないけど〜」
まぁた面倒くせぇのがはじまった。
「どうしても……。ほれ言ったぞ」
「はあー! そんなんどーしてもじゃなくなーい。ぜんっぜんっ違うし。もっとこー、いっぱい心を込めて『知りたい知りたーい』ってしてくんなきゃ、ヤッ」
俺がそんなマネするかってんだ。
と、こんなふうにベリルとしょうもないやり取りしてるあいだに、
「トルトゥーガの旦那。お待たせしました」
若い衆とバルコのお話は済んだらしい。
戻った工場の隅っこには、膝を抱えて指で床を突っついてイジケてるホーローたちがいた。
「ぐすっ。あんなに怒らなくっても……」
「なっ。ホントだぜ……」
うちじゃああんまりコンコンと説教なんかしないもんな。たいていガツンと叱って終いだ。
コイツらはそれに慣れてっから理詰めでネチネチ詰められんのにヘコんでんだろう。
まっ、この程度ならいい経験だ。
「ひひっ。ホーローたちもこれに懲りたら、次からはマルガリテちゃんのおっぱいばっかし見ないよーにねー」
「「「——おいバカ小悪魔!」」」
「バカってゆー方がバカだしー。ねー、バルコ〜」
「……まだ、話し足りなかったようですね」
これじゃあいつまで経っても話が進まんぞ。ったく、ベリルのやつ面白がりやがって。
「おうベリル、もう蒸し返すな。バルコも済んだことだ。いいな」
あとはホーローたちに釘刺して終いだ。
「オメェらも、女に鼻の下ぁ伸ばしてる暇があったら、テメェを伸ばすように精進しやがれい」
「おおーう、さっすが父ちゃん。なんか上手イイこといってるっぽいし。よーし! みんなでマルガリテちゃんが大喜びしちゃうくらい、めっちゃスゴイ船作っちゃおー。ガンバるぞー、えいえいおおーう!」
大喜びすんのはマルガリテじゃなくてオメェだろ、とは言わんでおく。
ようやく話が進みそうだからよ。




