ゲットだし!⑫
バンブートレント刈りは順調だ。このぶんなら俺が数日外しても問題ねぇだろう。
つうことで、いまは船に揺られている。
「マルガリテちゃんが『ゲットだぜい』すんの、めっちゃ楽しみ〜」
ベリルが『従魔にするところを見たい』ってんで、俺ぁその付き添いだ。
だからってお客さんしてるつもりはねぇ。漁村につきゃあ積んできたバンブーの荷下ろしを手伝って、俺でも邪魔にならん甲板作業などにも参加させてもらった。
しっかし船ってのは面白ぇもんだな。旗よりもデッケェ布で潮風を拾って、そのチカラでもって海を走ってくんだからよぉ。しかも帆の向きを変えることで風上へも進めちまう。
いやはや、本職が船を扱う姿は見ていて飽きねぇぜ。
だがベリルは、船を満喫する俺とは真逆のようで、
「ねーねーマルガリテちゃーん。ポケ◯ンまーだー」
もう飽きちまったらしい。
「そりゃなんだぃ。こんな陸地の近くじゃ、船に寄ってくるような魔物なんてでないよ。それにせっかく従魔にするんなら、強いコにしたいからねぇ」
「片っ端からテイムしてっちゃダメなーん」
種族の魔法か。ちっと興味あるな。
魔力を元にした技能を一緒くたにして『魔法』と呼ぶが、大きく三つに分けられる。
一つは魔法名を唱えるだけで発動できる一般的な魔法。
もう一つはヒスイの得手とするところの、古代魔法。
こいつを使うには長い詠唱が欠かせず、さらに莫大な魔力も要る。だが威力は折り紙つきで、軽く地形や景色を変えちまうほど。
残るは、種族によって得手不得手があったり、そもそも血統によって習得できる者が限られる類の魔法。
俺ら大鬼種が魔力で身体に働きかけるやつも、それだ。
ちなみにヒスイが改良してうちの連中に仕込んだのは、一つめの魔法名が必要な魔法とのイイとこ取り。かなり特殊な例だ。
あとベリルの妙ちくりん魔法も、大別すると種族由来の魔法に含まれるんだそうだ。
魔法名も魔力の量も発現する結果さえ毎度バラバラ。だから『判別不能』って枠にしちまうのが普通なんだが、あくまでどれかに括るとしたらって場合の話で。
ここまでが俺が知ってる魔法についての一般常識。
つってもぜんぶヒスイの受け売りで、俺ぁ教えられるまで知らんかったから、一般的な話ってのには疑問符がつくけどな。
で、件のマルガリテが十八番とする従魔化は、生まれに由来するレアな魔法だ。
となると当然、他所者には言えん秘密もある。それが得手や奥の手ならなおさらだ。
「ベリル、魔法には門外不出にしてることが多くあるんだ」
「気ぃ使ってもらってすまないねぇ。けど構わないさっ」
「構わないってー」
「ならいいんだがよ。差し支えなけりゃあ俺にも聞かせてくれ」
「ああ。アタイみたいに魚介種の血が濃くないと、海の魔物は従わないからねぇ。とくに隠すことでもないのさぁ」
いまいちピンとこなかったが、どうやら波長ってもんがあるらしい。相性みてぇなモンで、そいつがかみ合わんと上手く従属できんとのこと。
もっと突っ込んだ話、魔力で縛りつけて従えるときに波長が合わん相手の魔力はそもそも受け付けんのだそうだ。
そして一番重要なのが、
「マジとびこむん? 海へ?」
だ。
直に触れんと従魔にはできねぇっこと。
「そりゃあとんでもない魔力でもあれば海水を伝ってけるだろうけどさぁ、とてもじゃないけどアタイにはムリだよ」
「ママならいけっかな?」
「波長が合わんって前提を忘れてんぞ」
「そっかー」
ベリルにしては考えが浅いな。
どうせまた、エビルキャンサー食い放題とか想像して頭んなか曇らせてたんだろ。
「何匹も従魔にできないのも、魔力が足りないのが理由さぁ」
「なるほどねー。そのへんはママに相談してみればー。もしかしたら恐怖のカニ軍団とか作れってかもよー」
「ハハッ。どんな教育されるか、そっちの方がアタイには恐ろしく思えちまうよぉ」
話に軽口も交ざりはじめたところで、
「——姐さん! 大物ですぜ!」
索敵に立ってた者が声を張り上げた。
「クラーケンかぃ」
マルガリテは口んなかで言葉を転がし、ペロリと舌舐めずり。
「いいかいオマエら! 新しい雇い主に、アタイらの、海の戦いってモンを見せつけるんだよ! なるべく高く買ってもらえるようにねぇ」
「「「応ッ‼︎」」」
気合いの入った返事のあと、それぞれの意思が繋がってるかのような見事な連携をとる。
船乗りたちが、いや船が、まるで一個の生き物みてぇに動く。
どうやら俺の出番はねぇらしい。
目指すは、遠目にも尖り帽子が海面から覗いてるデケェ魔物だ。他にもウネウネした足らしきモンがいくつも見えた。
「タコ? イカ? でも足の先がヒトデ?」
ベリルはその異様に首を傾げてる。
「ありゃあ船喰らいの骨無しだよぅ」
「ほーほー。なんかボスキャラっぽーい」
「ああ、四つ脚の海獣と津波起こしの海龍と並ぶ、海洋の大物さぁ」
「おおーう! マルガリテちゃん、さっそくコンプしちゃおーぜーい」
話聞いてなかったんか、コイツ。
「まったくムチャを言う雇い主だねぇ。船喰らいは丘には上がれないけど、この際、贅沢は言わないであげなきゃねぇ」
「おいマルガリテ、大丈夫なのか?」
「電撃に不覚は取ったけどさぁ、アタイら海の上なら誰にも負けないよっ。それにクラーケンは、アタイらにとってはやりやすいカモなのさっ」
黙って見てな。そう啖呵を切り、マルガリテは手下を率いて船の先へ。
操船に残る者もいるが、ほぼ出せる戦力を差し向けるようだ。
そのまんま船は突っ込むかに見えた。がしかし、クラーケンの手前で急に進路を変え、船の横っ腹を晒す。
俺は咄嗟に転がってかねぇようベリルを押さえた。チッ。戦闘中とはいえ荒っぽいな。
そのあいだにマルガリテたちは——
「うっほほーい! 飛んだしとんだし」
そう。次々とクラーケンのツラを駆け上がり、尖り帽子に飛び乗ったんだ。で、すぐさま腰のモンを抜く。
なにが狙いかはわかる。船から注意を逸らすため。だからって身体張りすぎだろ。一歩間違えば、海んなかへ真っ逆さまだぜ。
ウネウネなんてトロくせぇモンじゃあねぇ。ヒトの幅なんかよりも遥かに太ってぇ脚が鞭みてぇにビュンビュンしなって、マルガリテたちを絡めとりにきてる。
そいつを躱してはチクチク突いて切って。
弱らせるつもりだろうが、とてもじゃねぇけどクラーケンのデカブツに効いてるように見えねぇぞ。いったいどうするつもりだ?
いつでも動けるよう万が一の事態を頭の片隅に置き、俺ぁ海の戦いの推移を見守った。




