ゲットだし!⑪
次の日、マルガリテはベリルの言い分を聞き入れた。
なにも新鮮な魚介類が目当てってわけじゃあなく、従魔がおらん状況がイヤなんだとよ。
使役できる海の魔物はアイツにとっての槍だ。だとしたら、無力感を覚えちまうのはわからんでもない。
といっても船もなしに海には出られん。
だからしばらくは、俺らのバンブートレント刈りの手伝いだ。
「おいマルガリテ! 置いとくぞ」
「まったくアンタらは足癖が悪いねぇ。蹴ってよこすのを置くっていうのかい」
などと軽口を叩きつつも、刈ったあとに蹴り転がしたバンブーをズルズルと運ぶ。
女の細腕じゃあキツかろうと止めたんだが「お荷物はごめんだよ」と聞きやしない。
ちなみにベリルの魔法については、大鬼種と南方妖精種の娘ならなにをしたって不思議じゃあないっつう認識らしい。
もちろん、見た結果も口外しないと約束してくれた。
マルガリテ曰く『もし消したいヤツができたら話しちまうのもありかねぇ』だとさ。
いいヤツなのか腹黒なのか判別つかねぇところは、どっかの誰かさんとよく似ている。言いつけ聞かずに保護者をハラハラさせるとこなんかもな。
しかし額に汗してバンブー運んでる姿には好感をもてた。こういうところはベリルとは大違いだ。
で、うちの娘はといえば、
「タケノコうっま〜!」
と、タケノコの内側をナイフでくり抜いてパクパク食ってばっかりだ。
いちおう俺らのぶんも用意してくれていて、休憩んときには勧めてくれる。
あとは、天幕んなかで『ポチィ』っと水を溜めておくって役目も果たしてはいる。そのついでにタケノコのアク抜きもやってるんだと。
ここんとこアイツを見かけると、だいたいタケノコを齧ってる。
俺もあの香りとやや苦味の利いた味は嫌いじゃあねぇ。だからって四六時中口にしててぇかと問われたら、迷いなく微妙だと答えるぞ。
だってのにアイツときたら『生のタケノコとかめちゃ貴重だし。ヘルシーだし』などと嬉々として延々食ってやがるんだ。
また肥えちまうぞ。なぁんてイジった日には、口から火ぃ吹く勢いでギャアギャア喧しくされんだろうから言わんでおくけど。
でもベリルはまたデブった。
だってアイツ、朝昼晩のメシも普通に食ってんだもんよ。
それにしても、このバンブートレントって魔物はいいな。
べつに見た目云々の話じゃあなくって、葉っぱの近接戦とタケノコの遠距離に加えて不意を打つ根っこの搦め手、ひととおり攻めの種類が揃ってる点を評価してるんだ。
魔導ギアを着込んでいれば、まず一発で致命傷になんてならねぇ。そこらの革鎧くれぇだと話は変わるんだがな。
そう考えると、若い衆や実戦経験がねぇこれからの者らにはちょうどいい訓練になる。誰かしら信用できる者でもつけておけば滅多なことは起きねぇだろう。
これから傭兵仕事が減ってくことを勘定に入れたら、なおさら必要だと思えてきた。
コイツを禿山に植えるっつうのはベリルのトンチキ発言だと決めつけてたが、案外ありなのかもしれん。
ツラツラ別のこと考えながらでも討伐していける程度には、バンブートレントの攻め手には慣れた。
片手間とまでは言わんけど、背後に安全地帯があればどうってことねぇ。
それは他の連中も同じで、俺らはパカンスカンと小気味いい音を鳴らしてバンブーを切り倒していった。
◇
ベリルだけ船に乗せるわけにもいかん。となると俺も同行せねばならん。
だから、もうしばらくバンブートレント刈りを任せちまっても問題ないか様子を見ることにした。
陽が昇ってから暮れる手前まで伐採はつづくんだが、合間あいまに火ぃ通してから冷えひえに冷ましたタケノコを齧る。汗を流したとき、こいつぁなかなかにいい。
安全地帯のおかげで見張りの当番がなけりゃあ朝までグッスリだし、美味いメシにもありつける。
一つ難点をあげるとすりゃあ酒がねぇことだが、そいつぁ許容範囲としておこう。
晩メシのあと、そろそろ横になろうかって時分……。まだ若ぇ娘どもは話し足りんらしい。
「へぇ。小悪魔オーナーはコメが欲しくって、それだけのためにアタイらに遠くと商いをさせようってのかい」
「そーそー。東方って遠いみたいだけど安心していーし。めっちゃ頑丈で速い船作っちゃるもん」
「そりゃあ豪気と呼ぶべきか、なんというかだねぇ……」
「食い意地張ってるってハッキリ言ってやってもいいんだぞ」
カタチのいい眉を寄せて言い淀むマルガリテに、俺は助言してやった。
するとベリルは、
「まーた父ちゃんってば、あーしが食いしん坊みたく言ってさー。まったくホントに、もー」
プリプリする。
「あーしだって気にしてっからこそ、オヤツはヘルシーなタケノコにしてんだからねっ。ひゃっこいし食べるときカロリー消費しちゃってるし。ゆーて実質ゼロなんだもん!」
「わぁったわぁった。俺ぁなにもオメェがデブったとか言ってねーだろ」
「いま言ったし」
うわ、面倒くせぇ。
タケノコが身体にいい食い物なのか知らんけどよ、食ってる量が問題なんだよな。ほどほどにしときゃあいいもんを、コイツときたら……。
どう諭すか決めあぐねてると、マルガリテは微笑を浮かべ、
「小悪魔オーナーはまだ小さいんだから、たくさん食べたらいいじゃないかぁ。食い物には困らないんだからさっ」
なにかを思い出すように口にした。
「大変だったこととか思い出しちゃった感じ?」
「べつに。そういうんじゃないよ。アタイにとっては、いまも……いい思い出」
「聞いてもいーい?」
ったく、ズケズケと。
「おいベリル。やめろ」
「父ちゃんが決めることじゃなくなーい」
いくらでも察しつけるキッカケはあっただろ。
若ぇマルガリテが跡目を継いでること。危険と隣り合わせな海で商いする暮らしぶりなんかもそうだ。
「フッ。小悪魔オーナーもさ、ワガママ言えるうちに甘えときなぁ」
おいテメェ余計なこと言うな。それはもう充分すぎるほどなんだよ。
傍目に見れば大変なことでも、本人にとっては違うってこともある。
そいつをどう感じたか判断していいのはマルガリテだけで、他の者はお呼びじゃあねぇ類の話だったんだろう。
いつかはそういうふうに想われる親父になりてぇもんだが……、
「マルガリテちゃんのゆーとーりかもー。父ちゃん、あーし明日からもっとワガママ言うよーにすんねっ」
「——絶対やめろ」
俺ぁまだまだその域には達してねぇらしい。




