ゲットだし!①
ベリルはいますぐにでも出発したそうにウズウズしている。
「察しのよくない連中なんでねぇ、話する時間をもらえないかい」
しかし当然、目ぇ覚ましたばかりの賊たちに事の経緯を説明せねばならん。
大丈夫だとは思うが、いちおう抗うことの無意味さを知らしめておくか。
脅かすのは趣味じゃねぇとか余裕こいた挙句、海の上で反乱なんかされちまった日にゃあ堪らんからな。
「言っとくが——」
「この期に及んで逆らったりなんかしないさ。旦那の腕はよく知ってるつもりだよ」
「いいや、女房の方だ」
「そのあたりも言含めておくから」
「そうじゃねぇ。オメェ、ダークエルフって種は知ってるか?」
「…………え——あの上玉……そうなのかい⁉︎ てことは、あのおチビも見た目どおりの歳じゃ……」
なんぞ勘違いしてるが、まぁいいや。
「くれぐれもヘンな気ぃ起こさねぇでくれ。これはオメェさんらのために言ってんだ。わかるよな?」
カクカク頷いて、マルガリテは駆け足で子分のところへ向かっていった。
◇
どう話したのかは知らん。だけど思ってたより素直にマルガリテの配下は出航の支度に取りかかった。
その手際は見事で、見ていて気持ちがいいくれぇだった。
で、準備が整ったら——いざ出航。
馬車は荷ごと村に預けてきた。
見送る村民たちはあまりの展開についていけず、揃ってポカンだ。すまんが経緯は村長から聞いてくれ。
そして、いまは俺らは波に揺られてる。
はじめは甲板を駆けまわってたベリルだが、さっそく飽きちまったらしく「ねーねーオジサーン」と、船員たちに絡んでらぁ。
「この船ってなんて名前なーん?」
「名前? そんなもんねぇよ」
「ふーん。なら今日から小悪魔号ねー。エスポワールか木馬でもいーけどー」
「なんでチビが決めるんだ?」
「だってあーしオーナーだもーん。そんなん当然じゃーん」
そいつは「姐さ〜ん」と困った顔をみせる。
「まったく。情けない声だすんじゃないよ。言っただろ、アタイらはトルトゥーガの旦那の軍門に降ったのさっ。あと、その娘さんをチビなんて呼ぶんじゃないよ! またトルトゥーガの奥様に白目剥かされたいのかい」
「ハハッ、ごめんですぜ」
「うむうむ。あーしのことは小悪魔オーナーでいーし。ホントは船長がいーんだけど、それはマルガリテちゃんに譲ってあげる」
「そりゃどうも。ほれほれオマエら! ボサッとしてないで、アタイらの島へ船を向けなっ」
「「「へい、姐さん!」」」
ほぉう。ヘタな軍隊よりまとまりがあると見受けた。
「船の戦は経験ねぇが、察するに、オメェら海の上だとかなりの猛者なんだろ?」
「ああそうさ。ホント、丘なんかにあがらなきゃよかったよ」
海の上でなら誰にも負けない。そんな自負に満ちた顔をマルガリテは返してきた。
「ねーママ、ママ。帆に魔法で風当てるとかできない感じー?」
「どうでしょう? 試してみてもいいけれど、もし折れてしまったら大変よ。ママは塩水のなかを泳ぐなんてイヤだわ」
「そっかー。海を凍らせて歩くとか定番なんだけどなー」
「そうねえ。でも座っていても運んでくれるのだから、わざわざ急ぐ必要はないのではなくて」
「ほーん。ママってのんびり屋さーん」
ベリル、俺はオメェがせっかちすぎるだけだと思うがな。
海面を見りゃあ、ザブザブ波をたてて進んでくじゃねぇか。潮風だって心地いい。強い陽射しがなきゃあ寒いと感じるほどだ。
そうやって俺ぁ船の上って環境を楽しんでるっつうのに、またベリルはしょうもないことでマルガリテの手を煩わせる。
「つーか財宝探したりしないーん?」
「お宝なんかどこにあるんだい」
「ええー、やんないのー。ボロっちぃ地図とか頼りに大冒険みたいなー。海賊なんだし、そんくらい普通じゃーん」
「…………。あのさぁ小悪魔オーナー、なんども言ってるけどアタイら海賊じゃないからねぇ」
「そーお。あーし的には『小悪魔海賊団けっせーい!』くらいのノリなんだけど。ダメなん?」
「どことも商売できなくなっちまうよぉ」
「ふーむ。なら小悪魔武装商船団で」
「残念だけど、一隻じゃあ商船団は名乗れないねぇ」
「そこらへんは任しといてー。バンブーがイイ感じのやつならスッゴイ船いっぱい作れるし。お米貿易はじめちゃうんだもーん。タイタニオどのにもスポンサーになってもらうし〜」
勝手なことばっかり言ってんな。
「おうベリル。あんまテキトー言ってると、相手をガッカリさせちまうぞ」
「まーまー見てなってー。あーしに勝算ありだし」
ったく。聞きやしない。
しっかしとんだ道草くってんな。
領地のゴーブレには『帰りは遅れる』と伝えてあるが、寄り道に寄り道を重ねて、さらにはもう一回王都へ寄ってかなきゃあならん。
——出航から三日目の昼。
「あれだよ!」
マルガリテが指差す方に、もっさり緑色に埋め尽くされた島が見えた。
「ベリルちゃん。ママはどうしたらいいのかしら? もう少し船を寄せてもらえたら、規模の大きな魔法で島ごと灰にできるけれど」
「——ダメダメーッ。あれは切って持って帰るんだってばー」
「あらそう」
おいおい。つうことはなにか、あれぜんぶ島に上陸して伐採しろってか?
「ぜんぶじゃなくっていーし。今回はどんなもんか試せるくらいあればいっかなー」
「待っておくれよ! あの魔物共を退治してくれるんじゃないのかい?」
「んっとねー、あーしが知ってる竹なら、あれぜんぶ土の下で繋がってるし」
ベリルの言うとおりだとしたら、所狭しと島を覆う緑色のトレントが一匹の魔物ってことになっちまう。
「とてもじゃねぇが、手が足りねぇぞ」
「もー、さっきから言ってんじゃーん。今回はお試しにちょこっとだけ伐ってくってさー。枯らすのはまたこんど」
つづけて、別の不満げヅラにもベリルは言含める。
「マルガリテちゃんもそんくらい待っててー。モノには順序ってもんがあるし。タイタニオどのとお話してからじゃねーと、いろいろ進めらんないからさ〜」
順序ねぇ。いったいなにを企んでるんだか。
「……了解っ。オマエら、上陸だよ!」
船は徐々に、バンブートレントが鬱蒼と生い茂る小島へと近づいていった。




