海に生きる女丈夫⑤
あまりに女丈夫が取り乱すもんだから、村の者には外してもらった。
これで怯えが収まるたぁ思えねぇけど、無体なマネ働いた相手に囲まれてるよりはマシだろうってぇ配慮からだ。
だってのに……。
「美味しくないってー? ホントにそーお? お姉さん、めっちゃパツキン青目の北欧系美人さんって感じだし、ゼッタイ美味しーだと思うんだけどな〜。ふひゅひゅっ。じゅるりだし」
ったく。ベリルのやつ悪ふざけしやがって。
「——ひ、ひぃいいいー‼︎ アタアタアタタイッ、肉付きよくないからぁあああ〜。やややめといた方がいいって!」
浜で悶える魚みてぇに、簀巻きにされた女丈夫はジタバタ足掻く。
しかしベリルはイジるのをやめねぇんだ。
「ええ〜そーおー? おっぱいボイーンってめっちゃ柔やわそーじゃーん。縄がパイスラッシュしててボリューミーだし〜。ヘイ、父ちゃーん! ひと齧りいっとく? ——あ痛っ」
「いい加減にしろ」
そういう陰険なマネは好かん。なによりヒスイが機嫌損ねちまうだろうが。
とはいえだ。潮風と日で焼けた肌って感じじゃあねぇな。目鼻立ちだって、ベリルが言うとおり美人んなかでも上位の部類だろう。
険が抜けたいま、こうして見ると荒くれ共をまとめて悪さしてるような玉には見えん。
「ねえ、あなた……」
「おいおいヒスイ。オメェまでヘンな勘違いすんな」
ちっとも話が進まねぇ。
とはいっても、いちいち口割らせんのに手間とるのもバカらしい。ここはベリルの戯言に乗っておくか。
「おう姉ちゃん、運がよかったな。いま俺らぁ満腹になったばかりだ」
「そ、そうかいそうか——」
「だが! ……腹は減るもんだぞ」
「っ‼︎」
「食うか食わんかはテメェ次第だ。わかるよな?」
「ひっ、はひっ」
さぁて、なにから確かめたもんか。
こう俺が頭を捻ってれば、いつもの如くベリルがしゃしゃってくる。
「お姉さん。お名前からど〜ぉぞっ」
「マルガリテッ、ア、アタイの名はマルガリテだよっ」
「ふーん。んでマルガリテちゃんのお住まいはど〜ぉこ?」
「こ、こっから海に出て南に行った、小さな島さぁ」
「ほーほー。で? 海賊になった動機は?」
なんか話がいらん方へ向かってんな。
「——海賊⁉︎ アタイらそんなモンになった覚えはないよっ」
「いやいや現行犯だし。めっちゃ略奪してたじゃーん」
「そりゃ……」
なんぞワケありな様子。
いま、俺んなかでは警鐘がゴンゴン鳴ってる。
この先を聞いちまったらまたぞろ面倒なことになるぞ、と。
どうせベリルが引っかきまわすに決まってるからさっさと立ち去れ、とも。
「アタイらだって、こんなマネしたくなかったさっ。でも子分たち食わすためにしかたなく……」
「てい!」
ベリルはポカリと手刀を脳天へ。
「——っ⁇」
マルガリテはなにされたのかわからんって顔だ。
俺も呆気にとられて話を止める機会を見失っちまった。
「言い訳なんか聞いてねーし。なーに被害者ぶっちゃってんのさ。アンタらは悪者っ。間違えないで! あんま嘗めてっとエッチなイタズラしちゃうかんねっ」
おいおいベリル。動機を話せって言ったのオメェだろ? 村の者らの気持ちを慮るのもわかるがよ、そりゃあ理不尽ってやつだぜ。
だがこれでハッキリした。どうしてコイツらが手際の悪ぃ略奪してたのか、それと無闇に村民を手にかけなかったのにも納得できた。
「たしかマルガリテとかいったな。オメェの口ぶりからすると、つい最近なんかあったんか?」
あーあ、俺のバカ。とうとう聞いちまったぜ。ワケありに違ぇねぇってのによ。
もしこの行いに理由をつけるなら、どうせベリルが聞き出して騒ぐ予感がしたからだ。言っとくが、けっしてこのマルガリテって女丈夫の乳がデカいからって理由じゃあねぇ。
だからベリル、違うっつってんだろ。
おい、ヒスイまでそういう目で旦那を見んな。
ったく、母娘揃ってよぉ。ちったぁ親父を信用できねぇんかい。
女房からの冷たい視線と娘からの訳知り顔によって苛まれるあいだに、
「実は……」
と、マルガリテらの身の上話がはじまった。
こっから南西に進んだ海に、コイツらの住まいがある小島はポッカリ浮かんでるそうだ。
そこを根城に南へ北へと船を向け、荷運びや商いで生計を立ててたらしい。
聞いてる限り、商売敵と海でやり合ったり多少のゴタはあったそうだが、まずまずな暮らしぶりって印象。
だがある日、島に深刻な問題が起こる。
「小さな島だから背の高い木なんてなくってさぁ」
っつう理由で、たまたま島に流れ着いた幹が葉っぱみてぇな色した木を植えちまったってぇ話だ。
これまでは木材や薪なんかは他所から買ってたらしく、そのカネが浮くって考えたとのこと。あと、海を渡ってきた植物だから塩にも強いと期待したらしい。
「まさか、あんなことになるなんて……」
もうだいたい先が読めた。
悲惨な結末に同情してる一方で、俺の頭んなかには違うことが浮かぶ。
いま語られた、瞬く間に島を緑色のに覆い尽くした元凶。その正体に当たりがついちまったんだ。
どうやらベリルも同じらしく、神妙な面持ちを保ちきれてねぇ。口の端がフニフニしてやがる。
「ねーねー父ちゃーん」
「ああ……。マルガリテ、そのケッタイな木には節がなかったかい? やたら成長が早くて、中身は空っぽみてぇな特徴は?」
「——なんか知ってるのかい‼︎」
「ひひっ。ビンゴだし」
とうとうベリルは笑みを隠すことすらしなくなった。ニッタニタだ。
おいおい控えとけって。コイツら、土地を魔物に乗っ取られたんだぞ。ちったぁ慮ってやりゃあいいもんを。
「——なにがおかしいのさ‼︎ こっちは泥水すする思いで必死に生きてんだよ。おチビちゃん、まさかアタイらが好きこのんで賊紛いのマネしてたとでも思ってるのかい。こうでもしなきゃ手下を食わすこともできない惨めさ……、丘でのうのうと暮らす者には想像もつかないんだろうねぇ!」
憤るのもしかたねぇわな。
俺だって食うや否やになれば、なんだってする。気持ちはわからなくもねぇ。
コイツの口ぶりからすると、残されたのは船と僅かな荷だけ。水や食料諸々を頭数の必要最低限を確保すんのにも相当な苦労があったのは察せる。
だが、ベリルは言い草が気に食わんらしい。
マルガリテのツラを覗きこみ、
「アンタさー。それ、海賊された村の人たちに向かって言えんの? なんならいまからみんなの前で同じセリフ言ってみる? エッチなイタズラ程度じゃ済まないと思うけど」
冷たく言い放った。さっきまでの浮かれっぷりはどこへやらだ。
しばらく睨みあいはつづいて、バツの悪さからかマルガリテは目をそらす。
「…………チッ。アタイらにどうしろってのさ」
舌打ちにぶら下げられたボヤきには、どうにもならねぇ不条理に対する諦めと苛立ちが多分に混じってる。俺にはそう聞こえた。
「うーん。あーし的にはごめんなさいさせたいとこなんだけどー……。ねー父ちゃーん」
ベリルの問いは『通例どおりならどうケジメつけんのか?』だ。
「この漁村はタイタニオ殿の飛び地だろ。だったらタイタニオ殿にコイツらを突きだすのが筋だろうな」
「したらどーなっちゃうん?」
「賊の末路なんざ決まってらぁ。使えそうな者は売り飛ばされるか、数も多いし見せしめの娯楽にされちまうんじゃねぇか」
「うーわ、マジやばーん」
それ、さっきまで取って食うやら脅かしてたヤツのセリフかよ。
「うむ。しゃーないから助けてあげよー」
「…………え⁇」
よっぽど意外だったのか、パッチリな目ぇまん丸にしてらぁ。
しっかしベリルのやつ、いったいどういう風の吹きまわしだ?
「ひひっ。バンブー退治だぜーい。ぜんぶ切って木材にしちゃうんだもーん。あっ、竹だし竹材? まっ、なんでもいーや〜」
ああ、そんなこったろうと思ったぜ。
助けるもなんも、オメェはバンブートレントが狙いなんだろ。恩着せがましくしやがってからに。




