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海に生きる女丈夫③


 女丈夫の後ろから赤茶色の巨体が現れた。


 デケェ頭だろう平べったい部分に腹と尾が引きずられてる。

 十対ほどの節ばった脚がバラバラに砂浜を蹴り、これみよがしにハサミをガシャンガシャン閉じて開いてしてやがらぁ。威嚇のつもりか。

 パッと見はどこもかしこも甲冑でも着込んだかのように外殻で覆われてんだ。これの相手はなかなか骨かもしれねぇ。


 その魔物が隣に立つと、女丈夫は赤い殻を撫でながら、


「アンタァ、エビルキャンサーを見るのははじめてかい?」


 こっちが臆しても当然だってぇ生意気なツラを向けてきた。

 かなり信頼してるようだ。となると、てっとり早くヤル気を挫くにはエビルキャンサーとやらを片付けちまえばいいってことか。


 問題は、このケッタイな海の魔物がどの程度の強さなのかってところなんだが……。いまは魔導ギアを着込んでもねぇし回転槍もねぇ。得物は聖剣——金棒の鞘付き——のみ。


 いつでも動けるよう気を払いつつ、どう始末するかの算段を立ててると、


『カニとエビ合体させたみたーい。父ちゃーん! それゼッタイ美味しやつだしっ。お腹の中心から神経真っ二つね。そしたら新鮮なまんまー!』


 離れたところから呑気な声が。

 そういやまだベリルから魔導メガホン取り上げてなかったな。


「チッ。嘗められたもんだねぇ。もういい、やっておしまい!」


 こめかみビキビキさせた女丈夫に嗾けられ、エビルキャンサーなる魔物は荒ぶる。


 直後、ご自慢の爪だかハサミだかを閉じ、突いてきた。

 余裕をもって躱わす。するとガシャリと開き、挟みこもうとしてくる二段構え。

 鬱陶しい。まずはこいつから潰してやるか、と得物を振りあげた。そしたら——


『父ちゃん潰しちゃダメ‼︎ ひっくり返してお腹ブスッてすんのー』


 もっと鬱陶しい声援が。つうかいまのは声援に入んのか?

 くっそ。反撃の機会を逃しちまったじゃねぇか。ベリルのやつ、食い意地で親父を危険さらすたぁとんでもねぇ娘だな。


 デカさでは禿山の亀とタメ張ってる。オマケに攻撃に特化した腕擬きがあり、赤茶の殻もなかなかに固そうだ。

 しゃあねぇ。ちぃと不満は残るが聖剣の試し斬り第一号はコイツで我慢してやろう。


 えてして血の気の多い魔物は、思うように攻められんと自分を相手よりデカくみせて威嚇、そのあと強烈なのをかます単細胞ってのが相場だ。

 きっとこの海の魔物も例外じゃあねぇはず。


 その時分を待ち、何度もいなして躱して攻撃を失敗させつづける。


 やがて海の魔物は痺れを切らす。尾で地面を叩くと背を逸らし、ハサミを持ち上げやがった。

 待ってましたってなもんだ。

 狙いすまし——アゴがどこかはわからんが——目ん玉らしき部分の下に金棒型の鞘を押し当てる。

 と同時に——聖剣を抜く、


「まだ亀の方が手強いぞ」

 

 こう意識した。

 あとはしっかり柄を保ってやりゃあ鞘が抜け——否、放たれる! ゴッツい六角柱がだ。


 結果、エビルキャンサーはさらにのけ反った。

 そうして晒された腹は白くて、


「脆そうだ——なっ!」


 聖剣がやすやすと突き刺さる。

 さらに両手持ちにして、切先で腑を探るように尾まで縦一文字。


 下敷きになっちゃあ堪らんと、後ろへ飛び退く。


「へへっ」


「「「………ッ‼︎」」」


 ややあって、エビルキャンサーはピクリともしなくなり、そのまま砂を舞い上げて倒れ伏した。


 つうかここまで考えんようにしてたけどよ、ベリルのやつ、これを食うつもりなんだよなぁ。やっぱりグッチャグチャにして諦めさせるべきだったんじゃねぇか。


 さておきだ。

 

「まだやるかい?」

「クッ、よくもアタイの可愛い従魔を……」


 可愛いんなら後ろに引っ込めとけばいいもんを。


「オマエたち、このヤロウをやっちまいな!」


 んだよ。やっぱり血ぃ見ねぇと収まりつかんのか。

 こっちは穏便に済ませようと努力したつもりなんだがな。それでもやろうってんなら、以降はもう容赦なしだ。

 俺はヤると腹を括った。そのときだ!


『父ちゃーん、大ジャーンプ‼︎ アーンド……〝バリバリ〟〝ビリビリ〟』


 ——紫電が地面を走り抜ける。


 俺ぁ声に従い咄嗟に跳ねた。跳ねててよかったぜ。


 突っ立ったままでいた賊共はびっくんびっくん痙攣。女丈夫も含め、みんな泡吹いて白目剥いちまった。

 呆気に取られてた村民も巻き添えにして……。


 どっちもまだ生きてるみてぇだが、ひでぇありさまだぜ。


『あれれ〜、おっかしーな。シルエットと骨だけになるはずなのにー。まーいーや。父ちゃんお疲れちゃーん』


 着地してすぐ気づいた。こんな便利な魔法があんなら端っからいまのを使っとけよ、と。


 いいや、やっぱりこの手はダメだな。


「——ひっ! ひぇえええ〜! とと父ちゃん助けてぇえええ〜!」


 魔導メガホン放って、ベリルがベソかきながら逃げてきた。

 追ってるのは誰かって? そんなもんヒスイに決まってる。なら当然すぐ捕まって、


「ベリルちゃん、メッよ。メッ」

「あひゃひゃ、マジ、ママママ、ふひゃん! マジ鮮度が! エビカニさんの鮮度がぁああああ〜! ぬひゃ、ふひゃ、あっひゃっひゃひゃひゃ、こしょこしょ、らぁ、らめぇえええ〜ん!」


 ベリルも白目剥くハメに。



 くすぐりの刑でびくんびくんすること、しばし。

 スクッと起き上がったベリルは一目散に馬車へ道具類を取りにいき、さっそく料理しようと腕まくり。

 まずは「ポチィ」と湯を沸かし、そんなかへドパドパ塩をブチ込む。


「まあまあ。ベリルちゃんったら、よほどエビルキャンサーを食べたかったのですね」

「そりゃあいいんだけどよ」


 どうすんだ、この状況……。

 浜辺には賊共と村の者が仲良く転がって、ひくひく痙攣。

 ベリルは、誰も見てねぇのをいいことにサクサク魔法でメシの支度を進めてく。


 合間に摘み食いでもしたんか、


「むっひょ〜う! 茹でたてヤッバッ。これぞ海のお味だし〜‼︎」


 奇声をあげたのち、


「ふほぉ…………」


 うっとり顔だ。


 こっちは流れに任せて介入しちまった後始末をどうすっかと頭を悩ませてるってぇのに。ったく、いい気なもんだぜ。


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